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片思いしていた元同級生がうちの本屋でバイトを始めたんだが!?〜彼女は毎日のようにリビングまで上がり込んでくるし、距離感おかしくない?〜  作者: 早野冬哉
第三章

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30.蜘蛛が出た

「優花。レジ任せていい? 棚出ししてくる」


「うん! 分かったー」


 笑顔で親指を立てる優花。相変わらず一つ一つの仕草がかわいくて仕方がない彼女に見送られ、僕は「経営・啓発・趣味」コーナーに向かう。


 横向きに置いて表紙を見せる本と、縦向きに並べて背表紙だけを見せる本を選びながら本棚に本を並べていく。


「いや、これこっちだな」


 並べていた本を数冊まとめて取り出し、別の本を置こうとした──その時。本棚の奥で、小さくて黒い何かが蠢いた。


 えっ……? まさか……。


 その可能性を考えた途端、背筋に悪寒が走る。喉が急激に渇いていく。僕は目を見張り、恐る恐るスマホのライトで本棚の奥を照らした。


 ……やっぱりか。苦手なんだよなぁ……。


 スマホのライトによって映し出されたのは、生理的に無理としかいいようのないグロテスクな怪物──百円玉サイズの蜘蛛だった。


 母さんを呼んで取ってもらおう。そう思い一歩後退った──その瞬間、蜘蛛が本棚から僕の顔目掛けて大ジャンプしてきた。


「うわっ!?」


 僕は今までの人生で最高の反応速度を叩きだし、左に跳ぶ。なんとか蜘蛛は避けられたが、僕はドサッと尻もちをついてしまった。


 痛ぁ……。


 反動で手に持っていたスマホは落としたが、本はなんとか落とさずに済んだ。


「透どうしたのっ!? 大丈夫!?」


 僕の驚いた声と尻もちをついた音に驚いた優花が、血相を変えて走ってくる。その鈴を転がすようなきれいな声も、心なしか焦りを含んでいた。


 は、恥ずかしい……!


「あ、いや……それなんだけど……」


 僕は、蜘蛛にビビって尻もちをつくという情けない姿を見られた羞恥心に震える指先で、床にいる蜘蛛を指差した。


「……へっ? 蜘蛛?」


 僕の顔と蜘蛛を交互に見る優花。サラサラの黒髪を揺らしてきょとんとした表情を浮かべる優花に、僕は苦笑いするしかなかった。


「へぇー! 透って蜘蛛苦手だったのっ?」


「うん……だって蜘蛛の見た目とか動きって、塩と砂糖を間違えたフライドポテトを食べるのよりも気持ち悪いし……」


「ふっ……! またすごい喩えするねっ! そんなに嫌いなんだ」


「うん……」


 肩を揺らしてクスクスと笑う優花。彼女はポケットティッシュを取り出して、事もなげに蜘蛛を摘み上げる。


「ゆ、優花は蜘蛛平気なんだね……」


「うん! わたしは虫基本的に大丈夫だよっ!」


 そう言って胸を張る優花の誇らしげな表情は、見ているこっちまで元気が出てくる。それに、すました猫みたいでかわいい。頭を撫でてみたくなる。


 ……って、ダメだからな僕!


「だからね透。また蜘蛛が出たらわたしに任せて──あ!」


 尻もちをついたままの僕を見下ろす優花の口元が、ニヤリと歪んだ。


 えっ……まさか……!


 嫌な予感がして、僕は優花が持っている蜘蛛入りティッシュを凝視する。間も無く、ティッシュを持つ優花の手が動き出した。


「えいっ!」


「ひっ……!」


 蜘蛛入りティッシュを僕の顔に近づけてくる優花。僕は情け無い悲鳴を上げて必死に手足を動かし、尻を引きずって後退る。


「あははっ! 冗談だって! 透はホントに蜘蛛苦手なんだねー」


「そ、そうだけど……そもそも顔に蜘蛛近づけられたら誰だって逃げるでしょ……」


「あっ、それもそっか」


 僕がジト目を向けると、優花は目からウロコとばかりに感心した顔をした。


 それから数秒。お互いに見つめ合っていた僕たちは、どちらともなく笑い出す。


「「ふっ……!」」


「あははっ! 何やってるのわたしたち。子供みたい!」


「そう、だねっ」


 僕たちの笑い声が店内に響く。何物にも代えがたい温もりが、胸の中からこみ上げてきた。


***


「いやぁー笑ったねー!」


 太陽のように眩しい笑顔を浮かべた優花が、手を差し伸べてくる。僕は迷いなく優花の手を握った。そして手の柔らかさを感じながら、優花に引っ張られるようにして起き上がる。


「ありがとう……」


 僕は優花に礼した後、屈んでスマホを拾う。そうして顔を上げると、優花の視線は僕が持っている本のタイトル──正確には「将来の夢」へと向いていた。


「そういえば、透って何の仕事に就きたいのっ?」


「あー、僕はここかな。一応、大学で経営学んで、桐山書店の収入だけでも暮らしていけるくらいにはしたいと思ってる……」


「そうなんだー!」


「えっと、優花は何になりたいかとかもう決まってるの?」


 そう聞くと優花は目を伏せた。将来の夢を言うかどうか迷っているようだ。


「あー、言いたくないなら言わなくていいけど……」


 気を遣ってみたが無用だったらしい。優花は首を横に振り、顔を上げて微笑んだ。


「わたしはね、カウンセラーになりたいんだー」


「そう……なんだ……」


 背中側で両手の指を絡めた優花は、遠くを見る目をする。僕はどこまで踏み込んで聞いていいのか分からず、とりあえず手に持っていた本を本棚に置く。


 間も無く優花は肩にかかる髪を弄りはじめ、ゆっくりと口をひらいた。


「これも透の影響なんだよっ?」


「えっ?」


 どういうこと……!?


 ほんのりと頬を赤らめた優花の言葉に、耳を疑った。


「なんで、そこに僕が出てくるの……?」


 優花に将来相談なんてされたことはないし、そもそも高校の時はそこまで関係が深くなかった。だから優花の将来に影響を与えるなんておこがましいこと、していないはずなのに……。


 戸惑った目で優花を見ると、彼女は昔の嬉しかったことを思い出すように目を細めた。


「それはねっ! わたしがカウンセラーになりたいって思ったのは透に助けられたからだからだよ!」


「えっと……それって中学の時の?」


「うんっ! わたしあの時、透に助けてもらってホントに嬉しかったんだよ? だから、他のいじめとか人間関係に困ってる人を今度はわたしが助けてあげたいって思ったの」


「いや……あれはたまたまだって。成り行きだし、僕じゃなくても別の人が近くを通ったらきっと優花を助けてたよ」


「ううん。そんなことないよ! 透だったからわたしは救われたのっ!」


 これだけは譲れないと言いたげに、優花は距離を詰めてくる。互いの息遣いが感じられるこの狂った距離感は、何度体験してもドキドキしてしまう。


「ゆ、優花がそう言うならそれでいいけど……」


「うんっ! よろしい!」


 おどけた声を弾ませてそう言うと、優花はピョンと後ろに跳ねて正常な距離感に戻る。


「でも優花がカウンセラーになったら、人気出そうだね」


「お世辞はいいよー!」


 口ではそう言いつつも、まんざらでもなさそうに口元をニヤけさせる優花。髪の毛の先を弄っていた彼女の手は、あからさまに動きが速くなっていた。


***


 プルルルっと桐山家の固定電話が鳴る。桐山明美は料理の手を止め、受話器を取った。


「はい。桐山です」


「そちらは個人経営店の桐山書店様でお間違えないでしょうか」


「はい。失礼ですがどちら様でしょう?」


「申し遅れました。わたくし、ローカルテレビ局所属の北谷と申します」


「ローカルテレビ局、ですか?」


 話を聞くうちに、最初は怪訝そうに首を傾げていた明美は表情を明るくしていった。

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