20.いとこ
「やっと帰れる……」
毎週ディスカッションとかキツ過ぎる……。
大学の講義室を後にし、僕は玄関へと向かう。その途中。
「透!」
女性の鋭い声が、僕の名前を呼んだ。
「乃亜? どうしたの?」
振り返るとそこには、僕と同い年のいとこ──桐山乃亜が腕を組んで立っていた。
「今日アンタの家行くから、一緒に帰るわよ」
「いいけど……またお父さんの本を取りに来るってこと?」
「そうよ! そんな分かりきったこと聞かないで! それ以外にアンタなんかの家に行く理由なんてないわ」
「ごめん……」
「フンッ! 分かったならさっさと行くわよ」
相変わらず乃亜は僕のこと嫌ってるなぁ……。
乃亜はすまし顔で、金髪の髪を手で払って靡かせる。一緒に、前髪に付けた三本のヘアピンや、側頭部に付けた紐リボンも揺れた。
それから僕と乃亜は一言の会話もなく町を歩く。乃亜は数歩先を歩き、僕の家に着くまで横並びになることはなかった。
「いらっしゃいませー!」
乃亜が店の扉を開けると同時に、中から優花の声が聞こえた。その瞬間、ずっとピリピリしていた乃亜がたじろぐ。
「はっ!? ちょ、え……誰?」
乃亜が、まだ店の外にいる僕に視線を向けてくる。
「バイトだけど」
「バイト? 聞いてないんだけど!」
「だって乃亜、店とは無関係でしょ?」
「そうだけど……」
乃亜が口ごもったタイミングで、優花が僕の存在に気付いた。
「あれっ、透? この子と知り合いなの? っていうか一緒に帰ってきて……ってええっ!?」
「いや違う! 乃亜はいとこ」
乃亜が僕の彼女だとでも勘違いしていそうな優花に、僕は慌てて説明した。
「へっ? いとこ?」
「うん」
「なんだぁー……よかったぁー」
「ん? よかったって──」
「あー今のはっ! 今のは『そうなんだ』って言おうとして間違えたの!」
顔を赤くして必死に否定してくる優花に、僕は目を丸くした。
「そう……なんだ……」
えっ……? この誤魔化し方ってラブコメなら好き──いや違う! リアルとフィクションは違うっていつも言い聞かせてるでしょ! 優花が僕のことを好きだなんて、そんなわけない。
「えっ……何この状況。怖いんですけど……透アンタ、この子に何かしたんじゃないでしょうね?」
「え? なんで?」
聞き返すと、乃亜は僕と優花の間に立ちふさがり、僕を睨みつけてきた。
「だっておかしいじゃない! アンタみたいなモブオタがこんなかわいい子とイチャイチャして、裏があるに決まってるわ!」
「い、イチャイチャなんて──」
優花とイチャイチャしていたと言われ、たじろぐ僕。その間に乃亜は優花の肩を掴み、優しい声をかける。
「あんた大丈夫? こいつに脅されたりとかしてない?」
「ええっと……わたしは大丈夫だよっ?」
乃亜の勢いに圧倒されて、優花の声のトーンが下がる。それがまた「脅されて言わされてる感」を演出してしまい──。
「そうね。こいつの前じゃ話せないわよね……ちょっと来て」
そう言って乃亜は優花の手を取り、階段の方へ歩き出す。
「えっ!? わたしは本当に大丈──」
「いいから来て! あんたはアタシが助けてあげるから」
「あの、だからわたしは……」
聞く耳を持たない乃亜に連れていかれる優花と、目が合う。
「どうしよう透?」
優花の焦点が定まらない目が、言外に助けを求めてきた。けれど乃亜は中学になった頃からずっと僕を嫌っている。その頃から乃亜には、僕の言葉なんて聞いてさえもらえなかった。
だから僕は「がんばって」という意味を込めて、苦笑いを返すことしかできなかった。
*** 桐山乃亜視点 ***
ここならいいか。
アタシはバイトだという女の子と一緒に透の家の脱衣所に駆け込む。それから後ろ手に鍵をかけた。
「アタシは桐山乃亜。まずはあんたの名前を聞いてもいい?」
「……鳳優花」
「じゃあ優花。単刀直入に聞くわ。あんた、透のやつに何て言われて脅されてるの?」
「だからわたしは脅されてなんかないって! 透はそんな人じゃないよ!」
あいつがいなくても話さないなんて……この子はそこまで透に怯えてるのね。アタシが、絶対に助けてあげるわ!
アタシは決意を固め、子供をあやすように優しい声で優花に語りかける。
「大丈夫よ。アタシは優花の味方だから。透の親族として、あいつに落とし前はつけさせるから。だから本当のことを話して?」
「乃亜さん。わたしは本当に透に何もされてないんだよ! どうしたら信じてくれるのっ?」
強情ね。あいつがこんな、女のアタシから見たってすっごくかわいい優花から好かれるはずないじゃない。ありえないわ。
「そんなはずないじゃない。だったらどうしてあんたみたいなかわいい子が透なんかを好きになるのよ?」
「それは……」
優花は言い淀み、目を伏せる。
「ほら言えないでしょう? やっぱりあんたは脅されて──」
「だって、透と一緒に居ると楽しいんだよ?」
「はっ? 今なんて?」
この子何言って……あんなモブオタと一緒に居てどこが楽しいっていうのよ……?
「透の喩え話聞いたことあるっ? 普通なら絶対思いつかないような喩えばかりで面白いの。それに高校デビューで無理してたわたしの素の姿を最初に受け入れてくれたのは透だし」
「あの変な喩えのどこが──」
「それに透は優しいし、人に教えるのが上手だし、本に対して真っすぐに向き合ってる時の表情はちょっとかっこいいんだよ……だからわたし、高校の時も透と話せる時間が一番楽しみだったんだ。それに今だって、透と一緒にバイトするのはすっごく楽しいの! 透がおすすめしてくれる本だって面白くて、共通の話題が増えた時はうれしかったなぁー」
そう語る優花の顔は、まさに恋する乙女のそれだった。
この子、本気なの……? こんなにかわいかったら男なんて選び放題でしょ? それなのにマジであんなやつが好きなの?
「だからね、わたしは透のことが大好──」
「ストップストーップ! もういいから! もう分かったから落ち着いて! あんた自分で何言ってるか分かってないでしょ!」
「へっ? あっ……」
なんか、これ以上はアタシが聞いちゃダメな気がする。
横を向き、鳥のヘアピンを弄って顔を隠す優花を見て、アタシはため息を吐いた。
「ハァ……悪かったわよ。あんたは本当に好きで透と一緒に居るのね」
「う、うん……」
「じゃあもう行っていいわよ」
「うん。でも乃亜……さんも、わたしを心配してくれたんだよね? ありがとう。またねっ!」
ヤバっ! マジ天使じゃん……。
優花が去り際に見せた、女優やアイドルを含めたアタシが今まで見た中で最高の笑顔に、胸がドキドキした。
……ムカつく。なんであんなモブオタにこんな美少女彼女ができて、アタシにはイケメン彼氏の一人もいないのよ。おかしいじゃない!
*** 桐山透視点 ***
「優花、大丈夫だった?」
「うん! 乃亜さん、ちゃんと分かってくれたよ」
「そう……それで何話したの?」
僕がそう聞いた途端、優花は勢いよく顔を逸らした。
「ひ、秘密! 女の子同士の話は詮索しちゃだめだよっ!」




