第二十五話 「 岩井の休暇 」 昭和十七年 十一月
第三部隊が哨戒に出る頃。相も変わらず、岩井は今日も飛んでいた。
哨戒飛行、ポートモレスビーから来る豪軍の迎撃、新人達への教練。
FV「・・・大尉。なんかここ毎日、ゼロ乗ってる大尉を見るんすけど。」
岩井「それが仕事だからな。・・・どうした?」
グリム「えっと・・・休みって、ちゃんと取ってます?」
岩井「ああ。一日八時間、推奨時間以上取っているよ。安心しな。」
周りの隊員たちは思っていたが、気にする素振りは見られない。
それもあってか、司令に呼び出されてしまった。
司令「岩井大尉。前回の休暇は、いつだったか覚えているか?」
岩井「・・・覚えていないな。」
司令「・・・10日前だ。頼むから休んでくれ。」
岩井「別に疲れてなんかいないんだが・・・体もこの通りだ。」
確かに岩井の言うとおり、肌にはしっかりとツヤがある。
ただこんな返しに、司令の頭には、怒りなどという感情は既になかった。
あったとすれば・・・呆れである。
司令「そういう問題ではない・・・とにかく、明日は休め。」
岩井「・・・了解。」
しぶしぶ了解した岩井だったが、何をしようか迷う様子。
岩井の足は自然と、自身の機体へと進んでいた。
そして、目の前まで来て、とある重大なことに気づいた。
岩井「・・・飛ぶのは、禁止だったな。」
「さて、どうしたものか。」
整備点検をしようにも、慣れているのが裏目に出た。
昨日の帰投後の段階で、既に全ての工程を終わらせてしまっていたのだ。
岩井「・・・掃除でもするか。多少は時間が潰れるだろう。」
そうして、自室へとたどり着いた。
飛行隊長特権、個室である。但し置かれているのは、ベッド、収納棚、机と椅子。
ただのそれだけだった。
岩井「・・・埃ですら、これだけとはな。」
この部屋の壁には、ある貼り紙が貼られている。
「海軍五省」。海軍士官の生き方を示した、標語である。
そんな標語を掲げる者が、日頃の掃除を忘れることなど、あるわけがなかった。
岩井「さて・・・何をしようか。」
あまりにやることが思いつかずにいると、後ろから声をかける者がいた。
岩井の弟子を自称している、こんかわだった。
ただし、岩井自身は認めた記憶はない。だが・・・否定もしていない。
こんかわ「部隊長に言われてきたのですが・・・大尉殿、何をしてるんです?」
岩井「何もしていない。・・・これが『暇』というやつか。」
「まさか、前線で暇なんて言う日が来るとは思わなかったよ。」
表情は、何一つ変わっていない。
冗談じみた言い方なのか、本音なのか。誰にも分からなかった。
こんかわ「なるほど・・・でしたら、私に戦術を教えてください!」
岩井「・・・FV中尉に言われたのか?」
こんかわ「いえ!『大尉殿のところに行けば?』と言われただけなので、」
「せっかくだから大尉殿に教わろうかと!」
「・・・一航戦にも、大尉殿はいませんでしたから。」
それは、こんかわのかねてからの本望。「岩井に直接教えてもらう」ことだった。
教育隊で岩井の名を聞き、必死に頑張って一航戦に配属を果たした。
だがその頃岩井は、鳳翔にとどまり、教導隊で教官をしていたのだ。
岩井「・・・そうか。まあ、軽く教えようかな。」
零戦の特性、複数相手の方法、弾薬の節約方法。
岩井の講義は、厳しく、優しく。そして分かりやすいものだった。
岩井「よし、最後に実機を使っての確認だ。」
こんかわ「了解です!」
実機を使っての確認。こんかわが操縦席に乗り込み、岩井が指示を出す。
その様子を、戻ってきた第三部隊が眺めていた。
但し彼らは、岩井の内情など知る由もない。基地には、夕日が差し込んでいた。




