第二十二話 「 グリムの奔走 」 昭和十七年 十月
ラバウル基地の連絡将校・士官たちが集う幕僚会議。
そこは、陸海軍の意地とプライドが複雑に絡み合う、空とは違う「戦場」だ。
・・・そう、グリムは思っていた。
グリム「司令はお忙しいですし、雪奈大尉が行ったら多分、その・・・」
岩井「・・・慣れたことだ。別に行っても構わないよ。どうせあの人もいるし。」
司令「・・・すまない。この書類さえ終わっていれば、行けたんだが。」
「何せ期限が数日以内でな。他には副官がいるが、うちは俺だけだからな・・・」
グリム「・・・お疲れ様です。では、僕が行ってきますね!」
司令「ああ、頼んだぞ。」
岩井「あの人に会ったら、よろしく伝えてくれ。また空で逢おう、とな。」
グリムが会議室に足を踏み入れると、そこには予想外の光景が広がっていた。
高級そうな緑茶の香りに包まれた空間で、異なる制服を着た男たちが語り合っている。
そしてその一角には、深く記憶に残っている二人もいた。
アムネシア「よっ、グリムじゃねぇか!元気にしてたか?」
「俺と隊長も、相変わらずだぜ!」
加藤「・・・これ、アムネシア。場を考えろ。高ぶる気持ちは分かるがな。」
「グリム、久方ぶりだな。席はここを使え。」
グリム「・・・ありがとうございます!お久しぶりです!」
豪快な声を上げたのは、元上官で中隊長の、アムネシア少佐。
その腕前も、性格の激しさも、折り紙付きの人物だ。
これを静かに、重みのある声で嗜めたのは、この場の誰もが認める男。
言わずと知れた、陸軍飛行第64戦隊の戦隊長。加藤建夫中佐だった。
加藤「ところでグリム。山内司令殿はどこだ。」
グリム「えっと、それがですね・・・」
グリムは事情を話した。司令があまりに多忙なこと、岩井への配慮。等々。
その話を、加藤は黙って、アムネシアはころころと表情を変えながら聞いていた。
アムネシア「司令部が佐官一人だけって・・・そんなことありかよ!」
加藤「・・・全てが初めての試みの部隊だ。山内司令殿も胃が辛かろう。」
「事務官すらいないとは、思わなかったがな。」
「岩井さんのことだが、来なくて正解だ。」
そういうと、加藤は目線をずらす。その先には、一人の佐官がいた。
佐官「貴殿がグリム中尉か。・・・女の隊長というのは、色々と大変そうだな。」
「今日代理で来たのも、大方『女性の日』というやつなのだろう?」
陸海軍の仲は、大正の頃には、明治の頃よりも格段に良くなっていた。
でなければ、「第二八五陸海軍混成航空団」などという部隊は存在しない。
ただ・・・女性士官への偏見は、色濃く残ったままだった。
佐官「本当に女を隊長にしても、大丈夫なのか心配だよ・・・」
グリムは、こぶしを固く握りしめた。
隣では、アムネシアが今にも手を出そうとしている。
だがそんな二人よりも先に、彼が口を開いた。
加藤「・・・よく考えてもみろ。誰が今、ラバウルの空を護っているんだ。」
「佐官ならそれぐらい察しろ。岩井大尉なら、おそらく空だろうよ。」
「馬鹿なことを言う暇があれば、岩井大尉のように飛んできたらどうなんだ。」
「・・・あの人は、休まないぞ。止めない限りな。」
その言葉には、静かな怒りが溢れていた。
佐官「・・・すまなかった。」
加藤「そろそろ時間だな。一同、今後の作戦を決めようじゃないか。」
加藤の一言で、会議は始まった。
各部隊の任務や、南方作戦全体の確認。兵站に関する支援体制まで。
グリムも最年少・最低階級ながら、必死に意見を出した。
途中激しい議論も飛び交ったが、会議の終わりは、実に円満なものだった。
アムネシア「じゃあな、グリム!また会おうぜ!」
グリム「・・・ええ!」
少々ぎこちなく返すグリム。そのまま帰路に着こうとしたところ、後ろから声がした。
加藤「・・・戦争が始まってからの面子で、顔を見れるのは、もうお前ぐらいだ。」
「・・・グリム、また逢おう。・・・達者でな。」
「・・・同じ事を、岩井さんにも伝えておいてくれ。」
そう言い残して、加藤たちはその場を後にした。
グリム「・・・ふぅ。やっぱりあそこは疲れるなー。」
その日の夕暮れ。報告を終えたグリムが司令部棟に戻ると、岩井が待っていた。
岩井「苦労をかけたな、グリム中尉。アムさんは、また何か言っていたか?」
グリム「はい。『一升瓶を抱えて待ってろ』との伝言です。」
岩井「アムさんも懲りないなぁ。この前加藤さんに説教されたばかりだろ。」
グリム「・・・まあ、どうせ来ますよ。加藤隊長も。」
岩井「・・・出来れば、飲みつぶれる前に来てほしいところだな。」
「それで、加藤さんの事だ。どうせ何か伝言があるんだろ?」
グリム「『また逢おう』との事です。」
岩井「・・・まったく、難儀な人だな。・・・お互い。」
そう言って岩井は、中野が丁寧に淹れた茶を啜った。
『また逢おう』。その真の意味は、グリムにはまだ理解できなかった。




