第二話 「 岩井雪奈という人 」 昭和十七年 四月
飛行場の宿舎裏。簡易炊事場の脇に、若い飛行兵たちが集まっていた。
夜の湿った風が、煙草の煙を地面すれすれに流していく。
新人1「・・・しかしよ、あの飛行隊長って女なんだろ?」
新人2「それでもって・・・元一航戦の、撃墜王らしいぞ。」
新人3「マジか・・・撃墜王って・・・本当にそんなに強いのか?」
新人2「・・・強いだけじゃねえ。冷徹で部下を使い潰すって噂だぞ・・・」
その声色には、恐怖が滲んでいる。
得体の知れないものを、即座に信頼しろと言っても・・・すぐには頷けなかった。
グリム「・・・噂話は楽しいかい?」
新人たち「「「・・・部隊長。」」」
それは、低く・・・されど明るい声だった。
振り返った若い兵たちを、一人ひとり、静かに見つめていた。
グリム「女だからどうとか、撃墜王だからどうとか。そういうのはどうでもいい。」
「雪奈大尉は、ちゃんと飛べる人。空で判断できる指揮官だよ。」
「噂だけで人を見ちゃだめ。ちゃんと実物を見ないとね。」
新人2「でも・・・使い潰すっていうのは・・・」
中野「・・・違います。」
物腰の低い、若い女性の声が割り込んだ。その声の主は・・・中野桜。新米少尉だ。
中野「雪奈大尉には、基礎を教育隊で教わりました。」
「確かに厳しいですが・・・ちゃんと見てくれますよ。」
「決して、見捨てる人ではありません。」
新人1「中野少尉が、そこまで言うのでしたら・・・」
新人2「間違いないですよね・・・」
二人の言葉で、場の空気が変わる。
ここに異動してから、最初に声をかけてくれた。
そして、目線を合わせて教えてくれたのが、中野だった。
そんな中野が、ここまで言っている。ならば、きっと。間違いではないのだろう。
おちょ「あ、いたいた。グリムさん探したよ・・・」
ぺい「この西園寺、御手洗にしては長いと思い、探し申したが・・・」
「・・・これはいったい、どういう状況ですかな?」
グリム「あー、ごめんごめん!戻っている間に、つい見つけちゃって。」
そうこうしていると、グリムを心配に思って探していた、二人の中尉に出会う。
西園寺三平・・・通称「ぺい」と、「おちょ」こと小杉吉彦だ。
ぺい「なるほど、察し申した。岩井殿・・・飛行隊長殿のことでござるか。」
グリム「うん。初対面だと2択だったんだけど・・・尾ひれがある方だったよ。」
おちょ「・・・まあ、そうだよねー。あの人、なんていうか・・・普通じゃないし。」
「・・・悪い人じゃないのは、分かるんだけどね。」
少し苦い顔をしながら、おちょ達は言葉を返す。
新人1「・・・そうなんですか。」
グリム「・・・そうだよ。」
若い兵たちは顔を見合わせ、グリムは軽く頷いた。
グリム「だから、味方なら頼もしいよ。・・・敵には回したくないけどね。」
冗談めかした口調だったが、目は冗談ではなかった。
そして、その噂の張本人は・・・FV・司令と共に、司令部棟の執務室にいた。
FV「軍隊は、やっぱり性に合わないっすねぇ。」
司令「傭兵稼業の方が自由だったか。」
司令は手元の書類を置き、FVの目を見ながら話を聞く。
その立派な机には、印の押された書類と、押されていない書類が山になっていた。
FV「自由っていうか、面倒な形式が無かったっす。階級だの規則だのなんだの。」
司令「だが、ここに来てくれたじゃないか。」
FV「そりゃぁ・・・そこの人が拾ってくれたんでね。」
岩井「はて、なんのことやら。」
腕を組んで立ち壁に寄りかかりながら、とぼけたように返す。
その口癖の裏では、多くの者たちが助けられていた。
FV「またまたぁ。大尉には恩がありますからね。精一杯やらせてもらいますわ。」
司令「恩、か。・・・深くは問うまい。いい上司に会えてよかったな。」
FV「そっすね。ここなら、やっていけますわ。」
「軍人になるってのは嫌いなんすけど、ここは嫌いじゃないっすから。」
男二人が、静かに口角を上げる。
ただし一人だけ、相変わらず無表情の岩井だった。
岩井「私なんかよりも、司令の方が余程いい上司だと思うがな。」
「だいたい、私の居場所は空しかないし。」
それは冗談でも虚勢でもなかった。事実を述べるような声だった。
司令「はぁ・・・難儀な奴だ。ならそれを守るのが、俺の仕事だな。」
「俺の武器は、銃でも刀でもない。『筆』だ。こっちは任せてくれたまえ。」
岩井「ああ、よろしく頼むよ。」
その顔は、少し笑顔に見えたという。




