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第十八話 「 鋼の翼と紙の束 」 昭和十七年 九月

「ポートモレスビー打撃」という歴史的勝利の熱狂から一夜明け、

285隊を待っていたのは、空戦よりも厄介な「書類」という名の強敵であった。

司令部の一室は、戦場とはまた異なる緊迫感に包まれている。

エンジンの咆哮なんぞ聞こえない、静かな会議室。

そこには万年筆が紙を走る音と、司令の溜息が響いていた。


司令「・・・はぁ。また上から『弾薬の消費量が規定を超えている』と小言が来た。」

  「これだけの戦果を挙げているというのに、あの方々は数字しか見んのか・・・」

岩井「それは・・・先に届く書類が悪い。」

  「戦果や戦闘詳報より、「補充の要求」が先に届くんだろ?」

司令「・・・分かっている。その通りだ。」

  「だがそれを先に見てくれれば、お前達に小言が来ることは無いのだぞ・・・?」


部隊発足時より少し後退したような気がする、生え際をさすりながら。

司令は、山積みの書類に目を通していた。

横の机では、岩井が「戦闘詳報」と対峙している。


FV「司令、第二部隊の書類できやした!」

司令「ご苦労。確認するから少し待ってくれ。」

FV「うっす!」


するとそこに、FVがやって来た。書き終えた戦果報告書を提出に来たのだ。

だがそれを見た司令は、目を細める。その書類たちは・・・完璧とは言えなかった。


司令「大方の書類は問題ない。だが、困ったものがいくつかある。」

FV「自分っすか?」


その問いに、首を横に振って答える。


司令「古谷少尉。これが駄目というなら、すべて却下といっていいほどの出来だ。」

FV「へ?あー、傭兵時代はこれ書かないと、戦果報酬無かったっすからねぇ。」

司令「多少、字は雑かもしれないが・・・読める範囲だ。簡潔にまとめているしな。」

  「問題は・・・この二人だ。」


そう言って見せられたのは、腕利きの新人二人だった。


司令「まずは紺川少尉だ。・・・内容の大半が岩井大尉の事ではないか。」

  「個人の戦果報告書だぞ?自分のことを書かないでどうする・・・」

FV「あー、ホンマっすねぇ・・・大尉が好きなんは分かるけどさぁ・・・」

司令「もう一人は・・・機体の動作報告書になっている。」

FV「・・・やっぱエリンギですかい。腕はいいんですけどねぇ。」

  「はぁ・・・出直してきますわ。ホンマあいつら・・・」


個性的な部下に不満をたれつつ、宿舎へと戻るFV。

その様子を、同じ立場のグリムが同情の目で見つめていた。


それからしばらくして、グリムたちも書き終えてきた。


グリム「よし、見直し終わり!皆はどう?」

ぺい「出来ましたぞ。・・・おちょ殿?何を苦戦しておられる。」

おちょ「文だと長くなるから、図を書いてみたんだけど・・・」

   「ちょっと凝りすぎちゃって。ちょっと待って!」


黙々と書き続けている中野の邪魔にならないように、静かに確認を進めていく。


司令「平沼中尉、問題なし。そして、二人にはすまないが聞きたいことがある。」

グリム「・・・はい?」

ぺい「どうされましたか、司令殿。何か間違えたでござろうか・・・」


司令は申し訳なさそうな顔をして、ぺいの報告書を見せる。

その字は、育ちが一目で分かるほどの、筆で書いたかのような達筆だった。


司令「・・・本当にすまないが、解読を頼む。」

ぺい「これは・・・失礼致しました。次はもう少し丁寧に書かねば・・・」

グリム「違う違う・・・ぺいさんはいつもの癖で流れるように書きすぎだよ。(笑)」

   「もっとこう・・・雑でいいんだってば。」

ぺい「むむむ、御父上にはこの書体で躾けられましたからな・・・」


思わぬところで躓いたぺい。ただ、内容自体は全く問題がなかったために処理は進む。

そうこうしている間にも、彼女は未だに書き続けていた。


グリム「・・・桜少尉、大丈夫?」

中野「はい!ご心配ありがとうございます!」

  「・・・あの人の記録を残せるのは、今は私だけですから。」


寂しそうに呟く。手元で代筆されている報告書は、至極丁寧で、とても長い。

ただし、その報告書の主は・・・もう、この世にはいない。

一方、司令の隣にいる人物も手が止まっていた。


司令「・・・岩井大尉。どうした。」

岩井「前半部は書けたよ。・・・問題はこっちだ。」

  「司令。『そこにいたから撃った』じゃ駄目なのか?」


岩井の手元にあったのは、戦闘詳報。

把握した内容を書けばいい「前半部」は、すらすらと書くことができた。

彼我の移動経路、どこから戦端が切られたか、そして・・・どれほどの犠牲が出たか。

困ったことはただ一つ。「岩井自身の戦果」である。


司令「無茶を言うな。お前の戦果は、伝説やおとぎ話じゃないんだぞ?」

グリム「・・・せめて数は覚えてます?」

岩井「邪魔だったから消し飛ばした。・・・それしか覚えていないな。」

中野「・・・そもそも、敵を数で見ていなさそうですもんね・・・」

岩井「数なんか比べたら、弱気になるだけだろ。」

  「大事なのは数じゃない。何を消すかだ。」

司令「・・・それだと、お前の戦果が書けないんだがな。」


窮地を救うために戦う。・・・それが仇となった。

岩井の戦果を正確に記録できたものは、誰もいない。そんな余裕はないからだ。

そして・・・岩井自身も、戦果を数えない人間だった。


ぺい「司令殿、いかがいたしましょうか。」

司令「はぁ・・・仕方がない、最終手段だ。」

おちょ「最終手段・・・ですか。」

司令「・・・消去法だ。誰でもない戦果を、岩井大尉の推定戦果とする。」


それは、なるべくならば取りたくない方法だった。

こうした努力により、何とか戦闘詳報が完成。

そして数日後には、南方作戦司令部から、称賛の声が届いたという。


司令「これでやっと、あいつらが報われたな。」


そう口にしながら、今日も司令は書類に印を押していった。

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