第十七話 「 勝利の賛歌 」 昭和十七年 九月
ポートモレスビーの空を焼き尽くした決戦の熱気が、ラバウルの夜に溶けていく。
食堂からは、これまでになく盛大な笑い声と、食器の触れ合う音が溢れ出していた。
FV「さあさあ、今夜は思いっきり飲め飲め!」
さと「部隊長、もうその辺にしておかないと、明日動けなくなりますよ?(笑)」
「・・・まあ今日ばかりは私も、乾杯と行きましょうかね。」
どこから調達したのか。FVが大瓶の酒を抱え、文字通り顔を赤くして叫んでいた。
その隣で武勇伝を聞きながら、さとは静かに酒を嗜んでいる。
グリム「あはは!FVさん、それ自伝にでもしたらどうです?(笑)」
FV「いいっすねぇ!後で部屋にでも戻って書きますわ!(笑)」
グリムが、明るく笑いながら二人の輪に加わる。
その背後では、今はもう亡き者を思いながら酒を酌み交わす二人がいた。
おちょ「・・・あと一歩、だったんだけどね。」
ぺい「先陣としては完璧でしたぞ。・・・拙者も援護が遅れ申した。申し訳ない。」
「なんにせよ、あの数相手に1機ずつの損失で済みましたな。」
おちょ「そうだね。・・・あいつらの分まで、楽しもうか。」
-献杯。カチンという湯飲みの音が、静かに鳴る。
そんな第一部隊の列の片隅で、一人だけが泣いていた。
中野「ごめんなさい・・・守れなくて、間に合わなくて・・・」
彼女にとっては、勝利の喜びよりも、喪失の悲しみの方が大きかった。
そして左の列、第二部隊の新人はというと・・・温度差が激しかった。
エリンギ「・・・肉、美味しい。ただ、そろそろ眠気が・・・」
「・・・部隊長、お腹いっぱいになったら、寝てもいいですか?」
FV「あん?お前眠り上戸か。もったいねぇなぁ・・・別にいいけどさ。」
「お前の戦果も大きいんだから、もう少し楽しんでも・・・いいんだぜ?」
こんかわ「そうですよエリンギ少尉!大勝利の夜ですよ!? 」
「最後まで起きて、みんなと喜びを分かち合うんです!」
エリンギが、自分の皿に取り分けた食事を平らげながら呟く。
こんかわが熱っぽく語りかけるが、当人は既に、うつらうつらと舟を漕ぎ始めていた。
一方右の列では、第三部隊が安堵の声を上げていた。
井上「初の防空任務、どうなることかとは思ったが・・・杞憂でよかったな。」
島田「少し慣れてきたとはいえ、グリム中尉やFV少尉ほどの腕はないですからね。」
「お二人が不在の中、敵が来なかったことは幸いでした。」
歓喜、安堵、それぞれの声が響き渡る中に、司令も混ざりだす。
司令「この作戦の成功は、南方における一歩に過ぎない。」
「だが、勝利は勝利だ!今夜ばかりは、飲ませてもらおう!!!」
食堂の熱気が、最高潮に達する。
そこには、本作戦に参加した、全ての搭乗員が揃っていた。
・・・たった一人を除いて。
岩井「場所は・・・ここにしようか。」
月明かりに照らされた基地の裏手、海を見下ろす高台。岩井は、そこにいた。
そこには、真新しい盛り土がいくつも並んでいる。
・・・墓標。骨も残さず散っていった者たちの、この世に生きた最後の証。
報告に上がった戦果と名前を、木札に書き記し、立てていく。
岩井「・・・すまない。私がもっと早く敵を処理していれば、」
「お前たちも今頃、あの宴の中にいたはずなのにな。」
聞こえるのは、風のせせらぎ。そして、波音と虫の声。・・・それぐらいだった。
相変わらず表情一つ変えないまま、独り作業を続ける。
懐から一合升を取り出し、墓標の一つひとつに酒を注いでいく。
岩井「・・・だが、安心しろ。ポートモレスビーは、ひとまず無力化された。」
「お前たちのおかげだ。感謝する。」
岩井は最後の一杯を自らの口に含み、夜の海に向かって静かに黙祷を捧げた。
それは、戦場に赴いた岩井の日常の一部でもあった。
すると、後ろから声がした。
グリム「・・・雪奈大尉。やはり、ここでしたか。」
振り返ると、いつの間にかグリムとFVが、酒の入った瓶を手に立っていた。
二人とも、少し寂しげに笑っている。
岩井「・・・一次会は終わったのか。」
FV「ええ。皆、大尉がいないと締まらへんって言うてます。」
「・・・それに、こいつらのことも、うちらで弔わせてください。」
「―仲間ですから。」
グリム「それに、ここを知ってるのは僕たちぐらいですからね。」
岩井「・・・そうか。ならば、付き合え。」
「今夜だけは、彼らと共に、勝利の余韻に浸るとしよう。」
月光が照らすラバウルの丘。そこには、確かに存在していた。
賑やかな宴の喧騒とは対照的な、静かで、それでいて鋼よりも硬い絆が。




