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第十四話 「 角翼の零戦 」 昭和十七年 八月

次いでラバウルに届けられたのは、どこか複雑な事情を孕んだ機体であった。

栄二一型エンジンを搭載し、翼の先の丸みは切り落とされ、角ばっている。


中野「……これが、噂の三二型ですか。」

  「空母『龍驤(りゅうじょう)』の方々が、航続距離が足りんと受け取りを渋ったという・・・」


そう、この機体は仮にも「零式艦上戦闘機」なのである。


FV「まあ、空母にとっちゃ航続距離は命だからなぁ。」

  「ただ、うちら基地航空隊にはそこまで支障はないでしょ。」

  「それに、ロールの速さは大きな武器になるはずやし。」


FVが機体を眺めながら補足する。この三二型は、航続距離の短縮を嫌われ、

地上基地であるラバウルへと回されてきた「おこぼれ」であった。


井上「ゼロ戦となれば・・・飛行隊長ですね。」

島田「司令、飛行隊長はどちらに・・・?」

司令「あいつなら、もう誘導路だろう。」

  「試験飛行を頼んでおいた。零戦の腕は、語るまでもないからな。」


この285隊において、「零戦乗り」と言われてまず思いつくのは一人だった。

滑走路の端についた彼女は、推力を上げ離陸する。


岩井「・・・なるほど、こんな感じか。」


上昇後は、様々な機動を試した。

急上昇、急降下、そして「燕返し」や「捻りこみ」といった実戦的なものまで。

地上で見守る隊員たちの目には、明らかにこれまでよりも動きが「鋭く」映った。


グリム「ゼロ戦はロールが弱点だったけど、それが克服されましたね!」

FV「みたいっすねぇ!これがいらねぇとか、もったいねぇなぁ・・・」

井上「我々も是非使いたいところですが、まずは1小隊分しかないですもんね・・・」

司令「追加で調達したいところではあるが、他の基地航空隊も使うからな・・・」

  「すまないが、調達の約束はできない。」


着陸後、風防を開けた岩井のもとへ、グリムや中野たちが駆け寄る。


グリム「雪奈大尉、どうでした!?やっぱり二一型より凄いんですか!」

岩井「速度、そして横への反応は極めて良好だ。」

  「特に高速域での舵の効きは、二一型を凌駕している。・・・だが。」


岩井は一度言葉を切り、翼端を見つめた。


岩井「単純な旋回性能や、低速での粘りは二一型の方が上だ。」

  「私のように、二一型の感覚が身体に染み付いている者にとっては、」

  「空戦の肝心な局面でこの感覚のズレが命取りになりかねない。」

  「今の私には、二一型が最適だな。」


岩井はそのまま、中野に向き直った。


岩井「そうだな・・・桜少尉、使ってみるか?」

中野「えっ・・・私なんかでいいんですか!?」

岩井「桜少尉みたいな堅実的な戦い方をするなら、こっちの方が都合がいい。」

  「まだ若いし、すぐ慣れると思うぞ。」

中野「ありがとうございます!ご期待に沿えるよう、頑張ります!」


それから数日後。哨戒任務の際、不調を起こした中野隊の僚機に代わり、

予備の三二型に、岩井が乗り込むことになった。


中野「あの・・・雪奈大尉。二一型じゃないんですね・・・」

岩井「なに、言ったはずだ。私の感覚が崩れるのが嫌だ、とな。」

  「乗りこなせないとは言っていない。」


心配そうに覗き込む中野に、岩井は平然と答えた。

敵機を補足した岩井は、その日の遭遇戦で神速の機動を見せた。

敵機の銃火を紙一重でかわし、角型の翼を鋭く翻して敵の背後を突く。


岩井「処理完了。・・・もっと行けそうだったが、逃げられたな。」

中野「昔から思ってるんですが、雪奈大尉って何でも乗れますよね・・・」

岩井「そんなことはない。ただ、こいつは零戦であることに変わりないからな。」


無線から流れる岩井の声に、中野は畏敬の念を抱かずにはいられなかった。

岩井はたまに三二型を借りては「やはり私は二一型がいい」と零す。

ただ、その背中を見送る隊員たちは確信していた。

『この人は、何に乗せても敵を墜とすのだ』と。

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