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魔女と巫女の物語  作者: 藤崎珠里
後日談
56/56

  魔女と巫女と、人間たちの物語

 遅くなりました! 九月中には投稿する予定だったのに……どうしてこうなった。

 これで、後日談も完結です。


 今回の話、本編のプロローグを読み返してから読んだほうがいいかもしれません。忘れていない方や、忘れてるけど読み返さなくていいや、という方は、この話だけでもいいと思います。


 ……うぅ、最後の話だというのに、クロードとエデ、そしてノギスが出てこなかった。主要キャラだったはずなんですが。恋愛(?)のキーワード、はずしたほうがいいですかね? セリアもちょっぴりしか出ていません……。


 では、長々とすみませんでした。後日談エピローグをどうぞ。

『ごめんなさい』


『ありがとうございます』


『……魔女様がどうか幸せになれますように』


 そう言って、微笑んだ人たち。

 自分はあの人たちを、救えなかった。


     * * *


 懐かしい夢を見た。

 ルーシェルは寝台から体を起こして、小さくあくびをした。窓の外の様子を見ると、いつも起きる時間より少し早いようだとわかる。

 隣の寝台に視線を移すと、そこで眠っているはずのセリアの姿がなかった。


(……あれ? 今日、何かあったかな)


 セリアは普段、ルーシェルが店を開く時間まで眠っている。なぜ今日は、こんな早い時間に起きているのだろうか。

 首をかしげながら、ルーシェルは部屋を出た。


「あ、ルーちゃん。ごめんね、起こしちゃった?」


 足音でルーシェルが起きたのがわかったのか、隣の部屋からセリアが顔を覗かせる。


「ううん、セリアのせいじゃないよ。何かしてたの?」

「髪飾りがなくなっちゃって……どこにあるか知らない?」

「……ちゃんと部屋の片付けしないからだよ」


 呆れて言うと、セリアは「ごめんなさーい」と謝りながら舌を出した。反省しているとは思えない。

 扉の隙間から、部屋の中にものが散乱しているのが見えた。髪飾りを探していたから、というのもあるだろうが、ほとんどが日頃片付けないでほっといているものだろう。

 セリアが持っている髪飾りはいくつかあるが、彼女が気に入っているものだとしたら心当たりはある。


「一昨日、エデの家につけていったよね? そのときに置いてきちゃったんじゃない?」

「ああー……」


 理由に思い当たったのか、セリアは苦い顔をした。

 一昨日セリアは、強くもないのに酒を浴びるように飲んだ。ルーシェルたちがいくら止めても、酒を飲むのをやめなかったのだ。そのせいで昨日は、一日中寝込んでいた。


「うん、そうかもしれないわ。ディーちゃんち行ってくる!」


 そう言うや否や、セリアは部屋を出て階段を駆け下りていった。残されたルーシェルは、開け放された扉の向こうを見て深くため息をついた。予想以上に汚い。


(朝ごはん食べる前に、片付けよう……)


     * * *


 ルーシェルがセリアと会ってから、五年と少しが経っていた。人間になったルーシェルは、少女とは言えない外見になった。セリアも十八歳になり、もう少しで少女と言えなくなるだろう。


(何だか、片付けができない子になっちゃったなあ)


 昔はもっとちゃんとしていたと思うのだが、記憶違いだろうか。片付け以外のことはちゃんとしているので、記憶違いということはないと思うが。

 まったく、と心の中でぼやきながら片づけを進める。

 最近セリアはアーサーと恋人になったようで、よく二人で出かけるようになった。今日もきっと、アーサーと出かけるのだろう。


(まあ、恋人って言ったらセリアは否定するけど……)


 二人でいるとあんな幸せそうな雰囲気を出しているのに、どう信じろと言うのだろうか。

 違うわよ、と言ったセリアの顔を思い出して、ルーシェルは頬を緩めた。心底嫌そうな顔をしていたが、それが本心ではないとわかっている。言葉には、嫌そうな響きなど全く宿っていなかったのだから。


 片付けを終えたルーシェルは、メリアの家に行く準備を始めた。準備とは言っても、腰痛に効く薬を棚から出すだけだ。

 一階に下りて棚の戸を開け、メリア用に作っておいた薬を取り出す。小さな壺に入っていてもきつい臭いがして、ルーシェルは思わず顔をしかめた。少し慣れてきたものの、完全に慣れるには時間がかかりそうだ。

 机に置いてあったかばんに壺を入れ、家を出る。きちんと鍵を閉めることも忘れない。扉にかかっている『閉店中』という看板をちらりと見てから、ルーシェルは歩き出した。


 人間になったからには何か仕事をしなければ、と考えたルーシェルが始めたのは、薬屋だった。二階を増築してそこを生活用に、一階を店として使っている。

 薬屋を始めたのは、封印される前に『調合』の魔法で薬を作っていたことを思い出したからだ。魔法が使えないのであの頃のような効き目の高い薬は作れないが、それなりのものは作れるようになった。

 ミオやノエルに手伝いを頼みたくなることもあるが、ぐっと我慢して一人で作っている。


(魔女に力を借りるなんて、ずるいもんね。……魔女だった僕が言う台詞じゃないけど)


 だが、魔女に力を借りては、薬屋を営んでいる他の人に迷惑がかかるだろう。魔女の薬と人間の薬、どちらの効き目が高いかと訊かれたら、迷わずに魔女の薬と答える。作るのにそれほど手間もかからないから、安価にもなるのだ。効き目が高いうえに安価なら、誰もがそちらを選ぶだろう。

 多くの人を救うには、ミオたちに手伝ってもらったほうがいいとわかっている。それでも、自分の力で人を救いたいのだ。


(自己満足、だけどね)


 メリアの家に着き、ルーシェルはコンコン、と扉を叩いた。


「メリアさん、いますか?」

「ルーシェルかい? ……ちょっと待ってね」


 すぐに扉が開いて、メリアが出てきた。少し待つぐらい全然いいのに、どうして「ちょっと待ってね」といつも言うのだろうか。しかも少しも待たないのだから、言う必要はないと思う。


「うっ、相変わらずの臭いだ」


 顔をしかめて、メリアは鼻をつまむ。

 壺に入れた上、かばんにも入れているのに、やはり臭うらしい。すれ違う人が皆顔をしかめるので、わかっていたことだったが。


「ごめんなさい。臭わないように頑張ってるんですけど……」

「ルーシェルが頑張ってるのはわかってるさ。最初に比べて、随分よくなったしね」


 確かに最初の頃は、どんなものに入れてあっても吐きそうになるような臭いだった。それを考えれば進歩したな、と前向きに考えることにする。


「さあ、入っておくれ。お茶でいいよね?」

「あ、もうちょっとでお客さまが薬を取りにくる予定なんです。だから今日は、これで帰ります」

「そうかい……」


 残念そうな顔をするメリアに、申し訳ない気持ちになった。

 普段は薬を渡しにきたら、メリアと一緒にお茶を飲むことにしている。本当なら今日もそうしたかったが、客が薬を取りにくるのだ。予定の時間までに、店を開けてなくてはならない。


「はいこれ、薬です」

「いつも悪いねぇ。ルーシェル以外の薬も試してみるんだけど、よくならなくって」


 ルーシェルから薬を受け取り、メリアは腰をさすった。


「そんな、僕の薬も他の人のと変わりません」

「いやいや。行ける範囲の薬屋には行ってみたけど、ルーシェルのが一番だったよ」

「……ありがとうございます」


 褒められると嬉しいが、照れ臭くなる。仏頂面でお礼を言うと、メリアに笑われた。

 そこまで笑わなくてもいいのに。そっぽを向くと、笑いながら謝れた。


「すまないね。ルーシェルの顔があんまりにもおかしかったから……ぷっ」

「メリアさーん」


 恨めしげな声を出すと、ますます笑われる。何をしても笑われる気がするのだが、どうしようか。


「あ、そうだ。梨があるんだけど、いくつか持っていかないかい?」

「いつももらってばっかりですし……。メリアさんが自分で食べてください」

「私は、ルーシェルたちに食べてもらったほうが嬉しいんだけどねぇ」

「いや、でも」


 結局押し切られ、五つの梨をもらうことになった。どうしていつも、こうなってしまうのだろうか。薬を渡しにくる度に、何かをもらってしまう。次こそは、と思うものの、いつの間にかもらうことになっているのだ。

 この人には敵わないな、と思いながら、ルーシェルは梨を受け取った。わざわざ袋に入れてくれている。


「重いかい?」

「いえ、大丈夫です」


 そう答えてしまってから気づいた。重いと言えば、梨を少なくしてもらえたかもしれない。

 だが今更言っても遅いので、ルーシェルは諦めて帰ることにした。


「じゃあ、また来ますね。ありがとうございました」

「こっちこそありがとうだよ。今度はゆっくりしてっておくれ」


 はい、と答えて、家に向かって歩き出す。

 梨は昼食の後に食べよう。セリアはきっとアーサーとどこかで食べるだろうから、皮をむくのは一つでいい。

 もしエデやクロードが来たら一つあげようかな、と考えながら足を進める。


 家に着いたルーシェルは、『閉店中』の看板を裏返した。裏にはもちろん、『開店中』の文字。装飾など何もない、ただ木の板に文字を書いているだけの看板だ。こんなものでいいのか最初は不安だったが、セリアに「薬屋さんっぽいんじゃない?」と言われてからは自信を持つようになった。


(これはこれで、立派な看板だもんね)


 家の中に入り薬棚の整理をしていると、少しして誰かが扉を叩いた。


「すみません、頼んでいた薬を取りにきました」


 やってきたのは、熱を冷ます薬を注文していた客だろう。予定通りの時間だったので、慌てることもなく「はーい」と言いながら扉を開ける。

 扉を開いた先には、ルーシェルと同じ年頃の女性。確かこの人は、サーヤという名前だったはずだ。ルーシェルが封印される前、最後に来た人間と似た顔立ちをしている。


(ああ、だからあんな夢を見たんだ)


 あの人間の最期を思い出そうとしたルーシェルは、思わず目を見開いた。


(……思い、出せない?)


 しっかりと目に焼き付けたはずなのに。今まで消えていった人間たちの最期は、誰一人として忘れたことがなかったはずなのに。

 思えば、今日の夢も人間たちの顔はおぼろげだった。最後に来た人間は、本当にサーヤと似た顔立ちだっただろうか。


「ルーシェルさん?」


 怪訝そうな顔で見られ、はっと我に返る。客の前で考え事などしてはならない。

 しっかりしなくては、とルーシェルはサーヤに向けて笑顔を浮かべ、店に招き入れた。薬を取ろうとして、ふと気づき首をかしげる。


「あれ、そういえば……私、名前教えてましたか?」


 客の前では、自分のことを『僕』ではなく『私』と言うようにしていた。少し気恥ずかしくて言うのをためらってしまうが、我慢して言っている。

 サーヤはふふっと微笑んだ。


「私、ミオちゃんに言われてこの店に来たんですよ」

「ミオに?」


 はい、とうなずかれる。


(……時の流れって、すごいなあ)


 しみじみと思ってしまった。

 あのミオに友達ができるなんて、想像もできなかったことだ。友達と確定したわけではないが、『ミオちゃん』という呼び名と親しげな口調から、おそらく正解だろうとわかる。

 だが一応、尋ねてみることにした。


「サーヤさんは、ミオの友達ですか?」

「友達……に、なれたらいいなあと思うんですが。ミオちゃんは気難しいし、年の差もあるし……しばらく後になりそうです」


 しょんぼりとサーヤはうつむく。


「え? サーヤさんって何歳なんですか? 私と同じくらいに見えるんですが……」

「ちょっとルーシェルさん、女の子にそんなこと訊いちゃいけませんよ」


 サーヤはむくれながらそう言った。女の子、と自分で言うのだから、ルーシェルよりも年下だと思うのだが。

 とりあえず、これから客に歳を訊くのはやめよう、と思った。どうして気にするのかわからないが、そういうものなのだろう。

 おそらく、ルーシェルがその気持ちをわからないのは、魔女には歳を取るという概念がなかったからだ。現在は人間になっているが、まだ歳を取っているという実感はわかない。

 それに歳を取っても、ルーシェルはルーシェルなのだ。何を気にする必要があるのか。


(人間は、そういう考え方ができないのかな?)


 ひとまずサーヤの機嫌を直すため、ルーシェルは「すみません」と謝った。


「ご注文の薬は、熱冷ましですよね?」


 熱冷ましの薬を頼んだということは、身内か知り合いが熱を出しているのだろう。その人のためにも、これ以上長話をしてはいけない、とサーヤに確認をする。

 うなずいた彼女に、ルーシェルは小さな箱を渡した。


「この中に入っているものを飲んでください。あ、水……お湯のほうがいいかな? と一緒に流し込むような感じで。できれば、何かを食べた後に飲んだほうがいいと思います」

「ありがとうございます。ええっと、食べさせるものは何でもいいんですよね?」

「はい。できるだけたくさん食べたほうがいいですけど、食べられなさそうだったら無理に食べなくてもいいです」


 そう伝えると、サーヤはもう一度「ありがとうございます」と笑う。




 ――その笑顔が、あの人間の笑顔とかぶって見えて。




「サーヤさんは……今、幸せですか?」


 気づけば、そんなことを口にしていた。

 彼女はぱちぱちと目を瞬かせた後、はにかんだ。


「実はこの前、結婚したばかりなんです。新婚ほやほやですっ」

「ほ、ほやほや?」


「私が一目惚れして猛アタックしたんですよー。三ヶ月経って、やっと結婚してもいいって言ってくれたので、気が変わらないうちに、とこの前速攻で結婚式を挙げましたっ。いやー、そこまでの道のりは険しかったんですよね。何しろ私が一目惚れするくらいなので、相当格好いい人なんです。彼狙いの女たちが……そう、甘いものに群がる(あり)のようにいて。色々やられました。今でも色々あるんですけど、負け犬の行動にしか思えなくてー」


 どこで息を吸っているのかわからない。呆れながらも感心して、頬を染めて話すサーヤを見る。

 長い間しゃべり続けた彼女は、ほうっ、と深い息をついた。


「何だかごめんなさい、一方的に話してしまって」

「いえ……本当に好きなんだなあ、と何だかこっちまで幸せになりました」


 サーヤは「あら」と恥ずかしそうに口を押さえた。


「私の気持ちって、やっぱりだだ漏れですか?」

「だだだだ漏れでしょうね」


 噛みそうになった。

 真面目な顔で答えると、またしょんぼりとされる。


「ですよねぇ。エンシオにもよく言われるんです。直したいんですが、できなくて……いい案はありませんか?」

「僕に言われても……あ」


 つい『僕』と言ってしまった。先ほどのサーヤと同じように口を押さえ、彼女の様子を窺う。こんなことを気にするような人ではないと思うが、変な顔をされないか不安だった。

 サーヤはきょとんと首をかしげていた。


「……ああ、そういうことですか」


 ぽん、と手を打つ。


「別に気にしなくていいですよ? ミオちゃんから、ルーシェルさんのことは聞いてますから。普通に話していただいても結構ですし」

「え、お客様にそんなこと」

「じゃあ言い方を変えます。普通に話してくださいね」


 反論を許してくれそうもない雰囲気に、ルーシェルはため息をついた。

 人間になって、薬屋を始めて。それでもやはり、セリアたち以外の人間たちに深く関わろうとはしてこなかった。

 自分でもよくわからないが、駄目なのだ。客と接するときも、常に一線を引いてしまう。今のように、長話をすることさえなかった。

 丁寧な言葉と、『私』。これを変えてしまうと、引いていたはずの一線を越えてしまう気がする。


「それから、私のことはサーヤと呼んでくださいな。ルーシェルちゃん、と私は呼びますから」

「……もうルーシェルちゃん、って呼ばれる歳じゃないですよ」

「女の子はいつまでも女の子なんですっ! たとえ百歳の人だって、私は女の子扱いできますよ!」


 百歳なんてとっくに超えてます、とは言えるはずもなかった。予想以上の勢いに少し怯みながら、ルーシェルは考える。

 いつまでも今のままではいられない。

 きっとルーシェルは、自分でも気づかないうちに、元魔女だからという理由で自分自身を甘やかしてきた。元魔女だから、人間と関わらなくてもいい。逆に言えば今は人間なのだから、人間と関わらなくてはいけないということになるのに。


(馬鹿、だなあ)


 そこまで考えて、自分の馬鹿さに呆れた。

 魔女を差別しているのは、魔女であったルーシェル自身。クロードがミオをつれてきたとき、ルーシェルはそう思った。

 そう思っておいて、未だにルーシェルは魔女を差別しているのだ。元魔女だから、なんて理由にならない。今人間だから、どうするか、だ。


 人間との間に一線を引く必要などない。

 つまりは、それを越えることに恐れる必要もないのだ。


「わかった。サーヤって呼べばいいんだね?」


 わずかに目を見張った彼女は、ふわりと微笑んだ。


「はい。こんなにあっさりうなずいてくれるなんて思っていませんでしたよ」

「……もう一度訊くよ。本当にいいんだね?」


 ふと思いついて、そんなふうに言ってみる。

 この言葉は、ルーシェルがあの人間に言った言葉。どうして今サーヤに言いたくなったのかは、ルーシェル自身もわかって()()()()()



「はい、魔女様。……って、あれ? ご、ごめんなさい! ルーシェルちゃんって言うつもりだったんですが……何で? ルーシェルちゃんのことを魔女だなんて、その、そんなふうに思ってるわけじゃなくて。ほ、本当ですよ?」

「ぷっ」


 あたふたと話すサーヤに、ルーシェルは思わず吹き出した。

 なぜ自分が、サーヤにあのときと同じ言葉を言いたくなったのか。その理由が何となくわかってしまって。

 笑いは、止まらなくなった。


「ルーシェルちゃん? な、何で笑うんですか! ここで笑われるのは、何だか怖いんですが!」

「くっ……ごめんごめん、あはは。別に怒ってないよ。ただ、君が幸せになれてよかったな、って思って」

「え?」


 よくわからない、と言いたげな顔をしていたサーヤは、はっと姿勢を正して咳払いをした。


「そういうことならお話しましょう。私とエンシオの出会いから、今に至るまで詳しく……!」

「いやいや、違うから」


 なぜ話がそこに飛んだのだろうか。

 首を横に振ると、サーヤは残念そうに唇を尖らせた。


「じゃあ、どうしていきなりそんなことを言うんです?」

「……さあ。サーヤには、たぶん言ってもわからないよ」

「何ですかー、それ」


 サーヤのじとっとした視線から逃れるため、顔を背ける。

 説明しても、彼女は理解できないだろう。ルーシェルだって、絶対にそうだとは言い切れないのだから。


『……来世では、君が幸せに生きられますように』


 そう言ったことを、今の今まで忘れていた。

 来世では、とは、生まれ変わったら、ということで。

 死んだら人は生まれ変わる、と聞いたことがあったから、あのときの自分はそう言ったのだ。けれど生まれ変わりなど、信じているわけではない。正確には、信じていなかった、だが。

 信じないわけにはいかないだろう。『魔女様』なんて単語が、彼女の口から出てきたのだから。


 ルーシェルが元魔女だと知っている人間は、セリアとエデとクロード、そしてアーサーだけ。ルーシェルのことをばらすとは考えられない。アデライードとノエル、ミオも、ばらさないだろう。

 だから、サーヤが『魔女様』と言うのはおかしいのだ。実際、そう言ってしまったことにサーヤ自身が戸惑っていた。


(あの人間の生まれ変わり、かあ)


 来世では、幸せに。

 ルーシェルの願いは、叶えられていたようだ。


「そんなことよりサーヤ、早く帰ったら? 誰か熱が出てるんじゃないの?」

「あ、そうでした。弟の熱がなかなか下がらなくって……すっかり忘れてましたよ」


 うふふ、と笑ってごまかそうとしているが、忘れていいことではないだろう。


「もう……。早く帰って、薬を飲ませてあげなよ」

「はーい。じゃあ、また明日来ますねー」

「え」


 また明日? と疑問に思ったときにはもう、サーヤは店を出ていっていた。

 薬は渡したし、何も用はないはずだが、明日もまた来るのだろうか。友人、になったということなのだろうか。

 色々な疑問が頭をぐるぐるしたが、整理する暇もなく店の扉が叩かれた。


「は、はい!」


 こんなにすぐ次の客が来ることなどなかった。慌てて扉を開けると、そこには少年がいた。出会った頃のセリアと、同じ年頃だろうか。

 口をぎゅっと結んだ少年は、じっとルーシェルの顔を見てきた。


「……もしかして君、噂を聞いて来た子?」

「っ!」


 驚いたような、苦しそうな表情に、自分の言ったことがあっていると確信する。

 噂、というのは、ルーシェルが流したものだった。正確には、ノエルとアデライードだが。二人に頼んだのは、あまりルーシェルとの関わりが知られていないからだ。

 噂を流すのと同時に、ある薬を作ることも頼んだ。魔女に力を借りたくない、と思うものの、こればかりはルーシェルにはできないのだ。

 ルーシェルは、そっとため息をついた。


(こんな子供まで、か)


 ため息が聞こえたのか、黙りこんでいた少年が口を開く。


「……苦しまずに死ねる薬があるって、ほんとですか」

「本当、だよ」


 その薬を買いにきたの? と尋ねると、気まずげにうつむかれた。

 苦しまずに死ねる薬。遠い昔、ルーシェルが人間に渡していたもの。

 ノエルたちに頼んだ薬は、それだった。人間であるルーシェルには、決して作れない薬で。それでも、どうしても店に置いておきたかったのだ。

 少年が顔を上げる。


「いくらで、売ってもらえますか」

「その薬だけは、お金じゃ売れないんだ」


 途端に泣きそうになる少年に、ルーシェルはかがんで目線を合わせた。


「君は、本当に死にたいの? どうして?」

「……ぼくは、だれにも必要とされてないから」

「あはは、そうみたいだね」


 わざと笑うと、少年は傷ついた表情をする。心が痛んだが、間違ったことは言っていないはずだ。


「だって、自分でそう思ってるんでしょ? 自分を必要としない人なんて、誰かから必要とされるはずないよ」

「で、でも」

「でも? 僕が言ってることは間違ってないよね?」


 そう言いながら、ルーシェルはこの少年に薬を渡すべきか考えていた。

 昔ならこんなことは考えずに、望まれるまま薬を渡していた。できることがそれだけだと思っていたからだ。救いたいと思うのなら、それは間違いだったのに。


「……薬をあげてもいいよ」


 少しも渡す気はないが、ルーシェルは言った。

 少年は期待に輝いた目でこちらを見てくる。よく表情が変わる子だ、と思って、そうしているのは自分か、と内心苦笑する。


 今朝見た、懐かしい夢。

 あの人たちを、ルーシェルは救えなかった。


(……死なせたくない)


 この少年まで、死なせたくないのだ。

 おそらくこれは、自己満足なのだろう。あの人たちのために、あの人たちのような人を救う、など。そうすることで、償いをした気になってしまうだけだ。


 それでもいい、とルーシェルは思う。結果的に多くの人を救うことになれば、自己満足でも何でもいい。

 その思いは、今日サーヤに会ったことで強くなった。

 もしかしたら、どうやったって少年の気持ちを変えることはできないかもしれない。それでも、救うための努力はいくらでもする。もうやることがない、どうしようもない、と思ってしまったときには、潔く薬を渡したほうがいいのだろう。

 だが、そう思うまで。決して、諦めたくないのだ。それはきっと、ルーシェルが幸せというものを知ったからだ。



「ねえ、君の名前は何て言うの?」


 だから、ルーシェルは。


「え、っと。ジルです」

「そっか、ジル君。薬を渡す前に、聞いてほしい話があるんだ」


 首をかしげるジルに、にっこりと微笑む。

 聞いて、気持ちが変わらなくたっていい。他のことで、ジルの気持ちを変えるまでだ。ルーシェルはただ、彼に聞いてほしいだけ。









「……昔々、あるところに、一人の魔女がいました」



 ――魔女と巫女と、人間たちの物語を。






 自分で読んで、展開速いかな? と思いましたが……この小説は最初の頃、展開がものすごく速かった気がするので。たぶんこれで大丈夫! となりました。


 クロードとエデは、出てきていませんが変わらず過ごしています。アーサーはセリアとらぶらぶしてますねー。ミオは、もう少しで『幻影』の術をかけての生活を始めると思います。ノギスは、ミオのところで元気にやっています。二日に一回ほど、ルーシェルの店に入り浸り……。ノエルは、アデライードと世界をふらふらしています。ルーシェルに会いたくなったら来ます。会いたくなる頻度が高いので、しょっちゅう来ます。

 龍神さまは……きっと、時々セリアに会いに来てますね。元気です。


 と、思いつく限りの主要キャラのその後を書いたところで。

 前書きにも書きましたが、この話で後日談も完結です。

 本編が完結した頃は番外編も書きたいと思っていたのですが……これ以上だらだら続けるのも嫌なので、申し訳ありませんが番外編はなしにしたいと思います。

 いえ、書きたい話はあるので、もしかしてたまーに投稿するかもしれませんけど……。でもたぶん、もうこの小説は更新しないと思います。



 この小説を読んでくださった、全ての方に心からの感謝を。

 本当にありがとうございました!

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