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60日前 ギルドの夜②

夜のギルドは、昼とは別の場所のようだった。


依頼を受けに来る者は減り、代わりに帰ってきた冒険者が増える。


鎧を脱ぎ、剣を壁へ立てかける者。酒を頼む者や、報酬袋の中身を卓へぶちまけて数える者もいる。


笑い声の隣で誰かが愚痴り、そのさらに向こうでは喧嘩まで始まっていた。


併設された酒場から、焼いた肉と酒の匂いが漂っていた。


レオンが入ると、奥から大きな声が飛んだ。


「遅えぞ、レオン!」


声の主は、ガルドという四十二歳の大柄な男だった。


肩幅はレオンよりさらに広く、短く刈った黒髪には白いものが混じっている。左眉の上には古い傷。


壁際には、彼のものらしい大きな丸盾と片手斧が立てかけてあった。


「夕食を食っていた」


レオンが言う。


「家で?」


「ああ」


「真面目だなあ!」


何が面白いのか、ガルドは笑った。


その隣ではノアがすでに飲んでいた。


「こいつ今日、ちゃんと家帰ったらしいぞ」


「何で知ってる」


「さっき言った」


「言う必要あったか」


「話題がなかった」


レオンは空いている椅子へ座った。


フィンもいた。


「レオンさん、遅いです」


「お前は何故いる」


「誘われたからです」


「足は?」


「宴会には使いません」


「歩いて来ただろう」


「細かい!」


ミレイも受付を終え、端の席に座っていた。


昼間、西街道の護衛依頼について話していたティオもいる。


「お前、護衛は?」


フィンが訊く。


「明日の朝出発」


「じゃあ今日飲んで大丈夫なんですか」


「一杯だけ」


卓の向こうからガルドが笑う。


「若い奴の“一杯だけ”ほど信用できねえものはないぞ」


「ガルドさんに言われたくないです」


「俺は最初から五杯飲むって言う」


「もっと駄目じゃないですか」


料理が運ばれてきた。


焼いた豚肉に豆、大皿いっぱいの揚げ芋、黒パンと酢漬けの野菜。それぞれの前には、大きな木の杯も置かれた。


フィンは黒パンを見た。


一瞬だけ止まる。


ノアが気づく。


「どうした」


「何でもないです」


「この前の――」


「言ったら蹴ります」


「足痛いんだろ」


「左で蹴ります」


ノアは黙った。


ガルドが豪快に笑った。


「何だ。もう仲いいじゃねえか」


「別に仲良くないです」


フィンが言う。


「ノアさんがうるさいだけです」


「初日からこれなら十分だ」


ガルドは酒を一口飲む。


「で」


フィンを見る。


「聞いたぞ」


嫌な予感。


「何をです?」


「牙鼠」


フィンがノアを見る。


ノアは肉を食べている。


「俺じゃない」


「じゃあ誰ですか!」


「ギルドだぞ」


ガルドが言う。


「新人が初討伐行けば、だいたい翌日には全員知ってる」


フィンは顔を覆った。


「最悪……」


「一匹斬ったんだって?」


ガルドが訊く。


フィンは少しだけ指の隙間から顔を出す。


「……はい」


「で、もう一匹に食われかけた」


再び隠れる。


「そこまで!」


周囲が笑う。


「誰ですか話したの!」


「だから誰でも知ってるって」


ティオが笑っている。


「一匹倒して油断したんだろ」


「うるさいです!」


「あるある」


「ティオさんにも?」


「俺はない」


卓のあちこちから声が上がった。


「嘘つけ!」


「あるだろ!」


「こいつ初依頼で――」


「やめろ!」


今度はティオの顔色が変わった。


フィンがすぐ食いつく。


「何です?」


「何でもない」


「聞きたいです」


「聞くな」


ガルドが嬉しそうに口を開く。


「こいつな、初めての採取依頼で――」


「ガルドさん!」


「薬草を二十束持って帰ってきた」


「普通じゃないですか」


「全部雑草だった」


フィンが止まる。


ティオは卓へ額をつけた。


「……似てたんだよ」


「全部?」


「似てた」


「二十束全部?」


「うるさい」


フィンが笑い出した。


「私よりひどいじゃないですか!」


「死にかけた奴に言われたくねえ!」


「私は牙鼠一匹倒しました!」


「俺は二十束集めた!」


「雑草でしょう!」


「量は勝ってる!」


「何の勝負ですか!」


ギルドの卓が笑いに包まれた。


ガルドはフィンを見る。


「最初なんざそんなもんだ」


「ガルドさんにもあるんです?」


「あるぞ」


即答だった。


フィンが少し意外そうな顔をする。


「何ですか?」


「初めて魔物を殺した日の夜、飯が食えなかった」


笑い声が少しだけ止まった。


ガルドは気にせず肉を取る。


「目ぇ閉じると、やった時の感触が戻ってくるんだよ」


フィンの表情が変わった。


剣に残った抵抗。


骨へ当たった硬さ。


血。


「……分かります」


「だろ」


別の卓から男が声を上げた。


「俺は吐いたぞ!」


誰かが、


「お前は今でも飲みすぎると吐くだろ!」


と言う。


「それは別だ!」


また笑いが起きる。


ガルドはフィンへ杯を向けた。


「初めて殺して、その日に普通に飯食える奴の方が少ない」


フィンは自分の皿を見る。


「私、村でパン食べました」


ノアが吹き出す。


「しかも文句言った」


「ノアさん!」


「じゃあ大丈夫だな」


ガルドが笑う。


フィンも、少し遅れて笑った。


「……はい」


◇


その後は、誰が一番ひどい新人だったかという話になった。


正確には、ノアが話題を変えようとして失敗した。


「まあ新人なんてそんなもんだろ」


と彼が言った瞬間。


ミレイが杯を置いた。


「あなたもね」


ノアが止まる。


「何が」


「初依頼」


「覚えてない」


「私は覚えてる」


「他人の昔話を覚えてるの、趣味悪いぞ」


「仕事だから」


フィンが身を乗り出した。


「何したんですか?」


「何も」


「罠」


ミレイが言った。


ノアがミレイを見る。


「おい」


「罠?」


フィンの目が輝く。


「初めて一人で罠を設置したのよ」


「へえ」


「上手にできたわ」


ノアが少しだけ胸を張った。


「そうそう」


ミレイは続ける。


「帰りに自分で踏んだ」


フィンが机を叩いた。


「嘘!」


ギルド中から笑いが爆発した。


「笑うな!」


ノアが珍しく声を上げる。


「足を吊られて木から逆さまになったのよ」


「ミレイ!」


「どれくらい?」


フィンが訊く。


「二時間」


「二時間!?」


「誰も通らなくてね」


ノアが両手で顔を覆った。


「何でそんな昔の話覚えてるんだよ……」


ガルドが腹を抱えている。


「お前、それ今の新人に教えてやれよ!」


「教えるか!」


フィンは涙を拭く。


「ノアさんにもそんな時代あったんですね」


「誰にでもある」


「今度失敗したら思い出します」


「忘れろ」


「無理です」


「レオン!」


ノアが助けを求める。


レオンは静かに酒を飲んでいた。


「何だ」


「お前も何か言え」


「自分で踏むな」


また笑いが起きた。


ノアが睨む。


「じゃあお前は?」


レオンの杯が止まる。


「俺?」


「そうだよ」


フィンも振り返る。


「レオンさんの初失敗!」


「ない」


全員が言った。


「嘘つけ」


レオンが眉を寄せた。


「何故揃う」


ミレイが少し考える。


「初めてギルドに来た頃じゃないけど」


「言わなくていい」


「あるわよ」


フィンがさらに近づく。


「聞きたいです」


「聞かなくていい」


ガルドが笑う。


「俺も覚えてるぞ」


「お前まで」


「三人で護衛行った時だろ?」


レオンが黙った。


フィンが訊く。


「何したんです?」


ガルドは酒を飲む。


「依頼そのものは終わったんだ」


「はい」


「帰りに別の冒険者が倒れてるの見つけた」


「怪我?」


「かなりな」


ガルドの声が少しだけ落ち着く。


「依頼期限ギリギリだった。戻れば報酬は出る。そいつ担いで戻れば間に合わねえ」


フィンはレオンを見る。


もう予想できる。


「担いだんですか」


「ああ」


レオンが答えた。


「報酬は?」


「全部なくなった」


ノアが言った。


「しかも俺たちまで巻き添え」


フィンが目を丸くする。


「怒らなかったんですか?」


「怒った」


ノアは即答した。


「めちゃくちゃ怒った」


「何て?」


「覚えてない」


「俺は覚えてるぞ」


ガルドが言う。


ノアが嫌な顔をする。


「言うな」


「『人助けするなら自分の報酬だけ捨てろ!』」


フィンが笑う。


ノアがレオンを指す。


「正論だろ!」


「そうだな」


「認めんのかよ!」


レオンは少しだけ笑った。


「悪かった」


「今さら遅い!」


ガルドが卓を叩いて笑う。


ミレイも口元を押さえている。


フィンはレオンを見る。


「昔からそんな感じなんですね」


「どんな感じだ」


「勝手に助ける」


「勝手にではない」


「フィン」


ミレイが言った。


「今もあんまり変わってないわよ」


「そうですよね」


「何故お前まで納得する」


フィンは答えなかった。


ただ笑っていた。


◇


酒が回り始めると、話題はさらにどうでもよくなった。


誰が一番酒に弱いか。


誰が一番寝相が悪いか。


ガルドが昔好きだった酒場の娘。


ティオが振られた話。


本人は否定していたが、誰も信じなかった。


「だから違うって!」


「何が違うの?」


フィンが訊く。


「俺から断った」


ミレイが言う。


「店の前で一時間待ってたのに?」


「何で知ってるんですか!」


「この町、狭いのよ」


ガルドが笑う。


「若いっていいなあ!」


「ガルドさんは独身なんですか?」


フィンが訊いた。


「俺か?」


「はい」


「一回結婚した」


「一回?」


「別れた」


「あ……すみません」


「何で謝る」


ガルドは普通に肉を食べる。


「今でもたまに飯食うぞ」


「仲悪くないんですか?」


「夫婦は無理だった。友達なら平気だった」


フィンは首を傾げる。


「難しいですね」


「大人は難しいんだよ」


ノアが言った。


「ノアさん独身でしょう」


「独身にも大人はいる」


「説得力ないです」


「何でだよ」


その時、向かいの席の冒険者がフィンを見た。


「で、お前は?」


「私?」


「最近ずっとレオンと一緒じゃねえか」


フィンは嫌な予感がした。


「だから?」


「好きなの?」


飲んでいた果実酒が気管へ入った。


「ごほっ!」


盛大にむせる。


「何言ってるんですか!」


「違うのか」


「違います!」


レオンは面倒そうに肉を食べている。


「俺を巻き込むな」


「先輩です!」


フィンは言った。


「すごく強いし、色々教えてもらってますけど、そういうのじゃないです!」


ティオがにやにやしている。


「必死」


「ティオさん黙って!」


「それに」


フィンはさらに言った。


「レオンさん、結婚してますし!」


卓が静かになった。


レオンがゆっくりフィンを見る。


フィンも気づいた。


「あ」


ガルドが言う。


「お前、結婚してんの?」


ミレイまでレオンを見る。


「初耳」


レオンはフィンから視線を外した。


「いる」


ざわつく。


「マジか!」


「何で黙ってた!」


「聞かれなかった」


「普通言うだろ!」


「何故だ」


フィンが小さくなる。


「……すみません」


「もういい」


昨日、先に口を滑らせたノアは、今回は黙って酒を飲んでいた。


ガルドがフィンを見る。


「お前、いつ知ったんだ」


「昨日です」


「最近じゃねえか」


「私も驚きました」


ミレイが少し眉を上げる。


「結婚指輪は?」


「しない」


「冒険の邪魔になるから?」


「ああ」


それ自体は嘘ではない。


指輪は剣を握る時に邪魔になる。


「どんな女?」


ガルドが訊く。


「普通だ」


ノアが酒を吹きそうになった。


レオンが見る。


ノアは必死に飲み込んだ。


「何だ」


「何でもない」


ガルドはさらに訊く。


「美人?」


「本人に聞け」


フィンがすぐ言う。


「昨日もそれ言いました!」


「答えは変わらん」


「会わせてくださいよ」


「嫌だ」


「何で!」


ミレイが笑う。


「意外と秘密主義なのね」


「昔からだ」


ノアが言った。


「ノアは会ったことあるのか?」


ガルドが訊く。


「ない」


ノアは即答した。


「じゃあ何も知らねえじゃん」


「そうだよ」


ノアは杯を口へ運んだ。


フィンがレオンを見る。


「奥さん、怖い人なんですか?」


「何故そうなる」


「ノアさんが昨日、この話は掘ると危ないって」


レオンがゆっくりノアを見る。


ノアは視線を逸らす。


「俺は一般論を言った」


「昨日も一般論って言ってましたよね」


「便利なんだよ、一般論」


「余計なことを言うな」


レオンが言った。


「はい」


今度は妙に素直だった。


ガルドが笑う。


「尻に敷かれてんな?」


「違う」


「その答え方は敷かれてる奴だ」


「違う」


「子どもは?」


レオンが少しだけ止まった。


「いる」


今度はさらに騒がしくなった。


「子どもまで!?」


フィンが声を上げる。


レオンが顔をしかめる。


「何故そこまで驚く」


「全然そんな感じしないから!」


「どういう感じだ」


「何ていうか……」


フィンは考える。


「一人で静かに暮らしてそう」


ノアが笑い出した。


レオンは無視した。


「何人?」


ミレイが訊く。


「二人」


「男?女?」


「両方」


「年は?」


「そこまで話す必要はないだろう」


「急に警戒するわね」


「家族の話だ」


それ以上は聞くな、という線だった。


ミレイは察して、


「分かったわ」


とだけ言った。


ガルドはまだ楽しそうだ。


「レオンの子かあ」


「何だ」


「怖そうだな」


フィンが頷く。


「無口そう」


ティオも言う。


「朝から剣振ってそう」


レオンの動きが少し止まる。


ノアが気づいた。


「いるな」


「何が」


「朝から剣振る方」


レオンが睨む。


「お前は黙れ」


「当たりか!」


ガルドが笑う。


フィンが身を乗り出す。


「本当に?」


「知らん」


「父親なのに?」


「話を終わらせろ」


「恥ずかしがってる」


ミレイが言った。


「違う」


「珍しいもの見たわね」


レオンは酒を一口飲んだ。


それ以上何も答えなかった。


◇


三杯目を注文しようとしたフィンの手を、レオンが止めた。


「駄目だ」


「何でです?」


「飲みすぎだ」


「まだ二杯です」


「お前には十分だ」


「平気です」


顔が赤い。


声も少し大きい。


「全然平気です」


「顔が赤い」


「暑いだけです」


ノアが周囲を見る。


「この店、寒いぞ」


「ノアさんは黙っててください」


「さっきから俺そればっか言われてない?」


フィンは杯を取ろうとする。


レオンが届かない位置へずらす。


「子どもじゃないんですよ」


「知ってる」


「十八です」


「知ってる」


「飲めます」


「飲めるのと、飲んでいい量は別だ」


フィンが止まった。


「それ、足と同じ言い方じゃないですか」


「便利だからな」


「ずるい」


ミレイが水の入った杯を置いた。


「これ飲みなさい」


フィンが見る。


「お酒じゃない」


「見れば分かるわよ」


「嫌です」


「じゃあ明日、二日酔いで動けなくなる?」


フィンは少し考え、水を飲んだ。


ノアが笑う。


「素直」


「うるさいです」


少しして。


話題が途切れたところで、ガルドが壁の依頼掲示板を見た。


「しかし最近、護衛ばっかだな」


ミレイが答える。


「昼にもその話してたわ」


「前こんな多くなかっただろ」


「増えてる」


ティオが言う。


「明日俺が行く西街道も、先月までは護衛二人だったらしいですよ」


「今四人か」


「はい」


「北だけじゃないんだよな」


別の冒険者が言った。


「南の森でも獣が出てるってよ」


「餌がないんじゃねえか?」


「今年雨少なかったろ」


「山の奥でデカい魔物でも動いたんじゃないの」


「灰化じゃねえの?」


誰かが言った。


一瞬。


何人かが黙った。


だがガルドは杯を置き、


「分からんうちから何でも灰化にすんな」


と言った。


「昔、東の村で猪が大量に出た時も同じこと言ってた奴いたぞ」


「結局なんだったんだ?」


「山火事」


「ああ」


「森焼けて降りてきただけ」


「じゃあ今回も?」


「知らん」


ガルドは肉を取る。


「知らんから、依頼に出た奴が見てくるんだろ」


それで話は終わった。


誰かが別の話を始める。


今度の報酬。


剣の修理代。


宿代。


酒。


レオンは何も言わなかった。


昼間、フィンが並べていた依頼書を思い出す。増えていた護衛依頼。王都近郊の畑、北部の麦、南東の森。


それでも、今夜ここで答えを出す必要はない。


まだ調べる段階だ。


「レオンさん」


フィンの声。


見る。


少し眠そうだった。


「何だ」


「私」


「うん」


「次は絶対、一人で牙鼠倒しますから」


「一人でやるな」


「できます」


「できるかどうかじゃない」


「レオンさん、一人でも強いじゃないですか」


「俺も一人では動かん」


フィンが首を傾げる。


「そうなんですか?」


「ああ」


ノアが横から口を挟む。


「俺がいるからな」


「ああ」


レオンは普通に答えた。


ノアが止まる。


「……今の、もう一回言って」


「嫌だ」


「何でだよ!」


周りが笑う。


フィンも笑った。


その後、少しだけ黙った。


「レオンさん」


「何だ」


「私、弱いですよね」


「ああ」


即答だった。


フィンの顔が曇る。


「もうちょっと考えてくださいよ」


「何を」


「言い方」


「今は弱い」


フィンは杯の水を見る。


「でも」


レオンが続けた。


「一日目よりは強い」


フィンが顔を上げた。


「本当ですか?」


「ああ」


「どれくらい?」


「少し」


「少し……」


「少しずつでいい」


フィンはしばらくレオンを見ていた。


やがて、小さく笑う。


「じゃあ明日は?」


「朝起きて、普通に歩けるか確かめろ」


「それだけ?」


「痛みがなければ、軽い依頼からだ」


フィンの顔が明るくなる。


「討伐?」


「軽い依頼と言った」


「牙鼠一匹なら軽いですよね?」


「別のにしろ」


「何で!」


「お前、牙鼠に執着しすぎだ」


「次はちゃんとやれるところ見せたいんです!」


「誰に」


フィンは少し考えた。


「……自分に?」


「なら急ぐな」


「難しいこと言いますね」


「普通だ」


「レオンさんの普通は信用できません」


「それ、俺の台詞だ」


フィンが笑った。


◇


しばらくして。


「寝たな」


ノアが言った。


「寝てません……」


卓に突っ伏したまま、フィンが答える。


「寝てるじゃん」


「起きてます……」


「名前は?」


「フィン……」


「起きてるな」


「何の確認だ、それは」


レオンが言った。


ミレイがため息をつく。


「二杯でこれか」


「弱いな」


ガルドが言う。


「若いんだからこんなもんだろ」


「誰か送っていけ」


レオンが言った。


ミレイがフィンを見る。


「私が送っていくわ」


「頼む」


「あなたが連れていけば?」


ノアが言う。


「俺は帰る」


「嫁さん?」


「ああ」


ガルドがまた笑う。


「ほんとにいたんだなあ」


「何故まだ疑ってる」


「お前が家庭持ってる姿が想像できねえ」


「想像しなくていい」


レオンは立ち上がった。


壁際の外套を取る。


ノアも残っていた酒を飲み干した。


「俺も帰る」


「お前どこ住んでるんだっけ」


「その辺」


「その辺って何だ」


「王都」


「広いな」


二人はギルドを出た。


夜の空気は冷たかった。


昼間まで騒がしかった通りも、店の半分ほどは戸を閉めている。


背後からはまだギルドの笑い声が聞こえていた。


しばらく歩き、人通りのない細い路地へ入る。


ノアが周囲を一度だけ見た。


誰もいない。


「明日どうする?」


「朝は城だ」


「昼は?」


「まだ分からん」


「暇?」


レオンが足を止めた。


ノアも止まる。


「何?」


「お前ら最近、俺を暇人扱いしすぎだ」


ノアは笑った。


「だって昼間よくギルドいるじゃん」


「午前中は仕事してる」


「王様って大変だな」


「急に言うことが変わったな」


「さすがにここで暇って言ったら怒られそうだから」


「もう言っただろう」


「聞かなかったことにしてくれ」


「無理だ」


二人はまた歩き出した。


少しして、ノアが振り返る。


ギルドの灯りがまだ見える。


「フィン、次は何選ぶんだろうな」


「さあな」


「牙鼠選びそう」


「止める」


「即答かよ」


「他にも依頼はいくらでもある」


ノアが笑った。


「まあ、また揉めるな」


「ああ」


二人はそのまま夜の王都を歩いていった。


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