↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/61

37日前同日 勝利②

帝国側の指揮官にも、中央の後退は見えていた。


「前列が下がっています!」


「分かっている」


「王が中央へ!」


「それも分かっている」


若い将校が戦場を見る。


王国軍の中央だけ、進む速さが違う。


「予備を中央へ送りますか」


上位指揮官はすぐには答えなかった。


昨日、それをやった。


王を止めるために兵を寄せ、その間に別の場所が薄くなった。


今日は、その別の場所が一つではない。


森。


丘。


下流。


正面。


「中央へ送れば、下流は?」


「薄くなります」


「下流へ送れば」


若い将校が言葉を止めた。


「王が来ます」


指揮官は王国軍を見た。


「……そういうことだ」


王を倒せないから負けるのではない。


王がいる場所へ兵を集めれば別が開く。


放っておけば、その一点を破られる。


しかも今日は、破られた場所へ王国兵が迷わず入ってくる。


「前衛を下げる」


若い将校が顔を上げた。


「撤退ですか」


「このままなら撤退では済まなくなる」


「まだ予備があります」


「だから今退く」


指揮官の声は冷静だった。


「残っているうちに使う」


角笛が鳴った。


◇


長い音が戦場へ響いた。


帝国軍が動く。


前列を後ろへ。


後列を前へ。


負傷兵を先に。


盾を向けたまま、組織的に退く。


王国兵にも分かった。


帝国軍が、戦うためではなく戻るために動いている。


「逃げてるぞ!」


若い兵が叫ぶ。


「違う! まだ崩れてない!」


隊長が怒鳴る。


その言葉通り、帝国後衛が正面へ盾を並べた。


西の農道には倒れた荷車が残り、丘からは矢が飛ぶ。


下流から戻る兵と、橋へ向かう兵。


前へ出ていた部隊が深かった分だけ、戻る道も長い。


そこへ王国軍が迫る。


レオンハルトが剣を上げた。


「追うぞ!」


兵たちの顔が上がる。


昨日まで、追われる側だった。


「列を崩すな! 前だけ見て走るな!」


一拍置き、レオンハルトが叫んだ。


「ついて来い!」


初めてだった。


レオンハルトが兵たちへ、そう求めたのは。


返事は一つではなかった。


「おおおおおお!」


王国軍が前へ出た。


帝国後衛が受け止める。


盾が鳴った。


だが今度は、レオンハルト一人が先へ飛び出すことはなかった。


王国の盾が槍を受け、その隙からレオンハルトの剣が入る。


彼が一角を押せば、兵たちがそこを広げる。


「右から回れ!」


帝国軍が右へ向く。


「左、押せ!」


王国兵が反対からぶつかる。


後衛の列が割れた。


「下がれ!」


帝国兵が走る。


王国兵がその背中を追う。


一人が笑いながら叫んだ。


「昨日まで逆だったぞ!」


隣が息を切らしながら返す。


「だから追え!」


「言われなくても!」


疲れている。


傷もある。


それでも足は止まらなかった。


前には国王がいる。


横には仲間がいる。


その先に、国境が見え始めていた。


◇


橋が見えた。


帝国軍がそこへ殺到している。


下流の浅瀬でも、兵が対岸へ戻り始めていた。


「国境だ!」


「押し返せ!」


王国兵の声がさらに大きくなる。


帝国側の後衛が、橋の手前で最後の列を作った。


ここだけは崩れなかった。


新しい兵が多い。


盾が揃い、その間から槍が伸びる。


レオンハルトが速度を落とした。


後ろの兵も止まる。


守備隊の指揮官が追いついた。


「陛下。ここは硬いです」


「ああ」


「止めますか」


レオンハルトは盾列の向こうを見る。


負傷者。


弓兵。


前衛。


帝国兵が次々と橋を渡り、国境の外へ戻っている。


ここで止まっても、今日の戦いは勝ちと言える。


だが、まだ王国領に帝国の盾が残っている。


「……いや」


レオンハルトが剣を握り直した。


「ここをどかす」


「陛下」


「今日だけは、最後まで押す」


王国兵がその背中を見る。


「聞いたか!」


誰かが叫んだ。


「最後までだ!」


歓声が上がる。


「橋までだ!」


「帝国を追い出せ!」


帝国側から声が飛んだ。


「レオンハルトを前へ出すな!」


王国兵の中から笑い声が起きる。


「まだ言ってるぞ!」


「二日ずっと止まってねえだろ!」


別の兵が叫んだ。


「陛下! またお願いします!」


レオンハルトが一瞬だけ振り返る。


「お前らも来い」


「はい!」


今度は笑い声ではなく、咆哮になった。


王国軍が最後の盾列へぶつかる。


最初の衝突で兵が倒れた。


帝国の槍はまだ鋭い。


一斉に伸びた穂先の一つをレオンハルトが払い、別の一本を王国兵の盾が受ける。


「陛下、今です!」


レオンハルトが踏み込む。


揺れた盾の一角へ王国兵が肩を重ね、槍を押し込む。


帝国兵が横から塞ごうとした。


「右は任せてください!」


「左、詰めろ!」


レオンハルトが叫ぶ。


「一人で押すな! 列ごと行け!」


王国の盾が並んだまま前へ出る。


槍と盾を重ねたまま、一歩、さらに一歩と帝国の列を橋へ押していく。


「戻せ!」


帝国側の隊長が怒鳴る。


戻らない。


「押せます!」


「なら押し切れ!」


「おおおおお!」


王国兵が一斉に力を掛けた。


帝国の盾列が大きく揺れ、その一角へ王国の槍が集中する。


列が裂けた。


「崩れたぞ!」


歓声が上がる。


帝国側の隊長が橋の向こうを見る。


負傷者も、前衛も、ほとんど渡り終えていた。


「撤退!」


最後の盾兵たちが橋へ走る。


王国兵も追った。


レオンハルトも数歩進む。


橋の入口まで。


そこで止まった。


「止まれ!」


勢いのついた兵たちはまだ走ろうとする。


「止まれ!」


二度目の声で、近くの兵が足を止めた。


命令が後ろへ伝わる。


「追うな!」


「国境までだ!」


兵たちが次々に止まった。


橋の向こうでは帝国兵が走っている。


対岸には新しい盾が並び始めていた。


まだ帝国軍はいる。


まだ戦える兵もいる。


だが。


王国側には、もういない。


王国領から、帝国軍が消えた。


◇


誰もすぐには声を出さなかった。


荒い呼吸。


負傷者のうめき。


川の音。


対岸で帝国兵が隊列を組み直す音。


それだけだった。


若い兵が橋を見る。


次に、自分の足元を見る。


そこは昨日、帝国軍が立っていた場所だった。


「……戻った」


隣の男が聞く。


「何が」


「国境だ」


声が震えた。


「俺たち、国境まで戻った」


周囲の兵が顔を上げる。


後ろを見れば、朝に捨てた畑がある。


その向こうには丘がある。


もっと向こうには、自分たちが下がってきた道がある。


全部、自分たちの後ろに戻っていた。


一人の兵がレオンハルトへ声を掛けた。


「陛下」


「何だ」


男は一度口を開き、閉じた。


「……勝ったんですか」


レオンハルトは橋の向こうを見る。


帝国軍は退いている。


旗も下がっていく。


しばらく見届けてから、兵たちへ向き直った。


「ああ」


はっきり言った。


「勝った」


静寂が壊れた。


「勝ったぞ!」


盾が空へ突き上げられる。


「帝国を追い返した!」


「俺たちが!」


「勝ったぞおおおおお!」


声が一気に広がった。


槍が空へ上がり、盾を剣で叩く音が鳴る。


何人もの兵が隣へ抱きついた。


「生きてる!」


「当たり前だろ!」


「帰れるぞ!」


泣きながら笑う男がいる。


膝から崩れ、地面を叩く者もいる。


叔父の畑を気にしていた兵が、泥だらけの手で顔を拭った。


「戻れるじゃねえか」


隣の兵が笑う。


「まだ畑ぐちゃぐちゃだぞ」


「直しゃいい!」


「そうだな!」


二人とも笑った。


守備隊の指揮官は兵たちを整列させようとして、やめた。


今日は止める必要がなかった。


レオンハルトも何も言わず、泣き、笑い、抱き合う兵たちを見ていた。


一人の若い兵が駆け寄り、途中で我に返って止まる。


「陛下!」


「何だ」


男は何か言おうとしたが、言葉が出なかった。


結局、深く頭を下げる。


「……ありがとうございました!」


レオンハルトが眉を寄せた。


「俺じゃない」


男が顔を上げる。


「お前らが押した」


周囲の兵も聞いていた。


「俺一人じゃ、ここまで戻せない」


一瞬だけ静かになる。


レオンハルトは兵たちを見回した。


「よくやった」


今度は、さっきより大きな歓声が上がった。


「うおおおおおお!」


「陛下!」


「レオンハルト陛下!」


レオンハルトは困ったように少しだけ顔をしかめる。


それを見た兵が笑った。


「陛下、こういうの苦手なんだな!」


「聞こえてるぞ」


「すみません!」


さらに笑いが起きた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。