43日前 王であるということ ③
城門近くで、ハインは群衆を見ていた。
昨日話した男が人の間から近づいてくる。
「兵隊さん」
「はい」
男は少し気まずそうだった。
「昨日は悪かった」
「何がです」
「宝石のために戦うのかって」
ハインは一瞬考えた。
「詳しく知らなかったのは本当です」
男が頷く。
「俺も、何も知らなかった」
二人とも広場を見る。
「娘、四つだったな」
「はい」
「うちのは七つだ」
「そうですか」
男はしばらく黙っていた。
「戦争なんか知らずに済めばいいな」
ハインも壇上を見る。
「ああ」
兵士らしい言い方を探すのをやめた。
「そうですね」
男は少し頭を下げた。
ハインも同じように返した。
それだけだった。
◇
広場の人々が少しずつ動き始めても、レオンハルトはまだ前にいた。
オルフェンが横へ来る。
「予想以上でしたな」
「何が」
「陛下の交友関係が」
「知らん」
「荷車まで押していたそうですが」
「はまってたからな」
「王の仕事でしょうか」
「その時はレオンだった」
「便利ですな、その使い分け」
レオンハルトがオルフェンを見る。
「お前に言われたくない」
その時。
「レオン!」
人の中から声が飛んだ。
足が止まる。
誰が呼んだのかは分からない。
「信じるからな!」
別の声。
「勝手に一人で決めんなよ!」
レオンハルトは少しだけ眉を寄せた。
「王だから決めることもある!」
「じゃあ話せる時は話せ!」
「分かった!」
オルフェンが横で小さく息を吐いた。
「演説としては随分崩れましたな」
「原稿読んでないからな」
「存じております」
レオンハルトはもう一度、人々を見る。
「聞いてくれて、助かった」
それだけ言った。
飾った言葉はなかった。
それでも広場から声が返った。
「こっちもだ!」
誰の声かは分からなかった。
レオンハルトは少しだけ頭を下げた。
◇
王城から離れた通り。
フィンはノアの前に立っていた。
ミレイが右。
ガルドが左。
ノアは三人を順番に見る。
「何だよ」
「何だよ、じゃないです」
フィンが言った。
「いつからですか」
「何が」
「今それやったら本当に怒りますよ」
「もう怒ってるだろ」
「いつから知ってたんですか!」
ノアは少し考えた。
「最初から」
フィンが固まる。
ミレイが聞いた。
「最初って?」
「俺がレオンと知り合った頃から」
ガルドの眉が上がる。
「数年?」
「ああ」
「数年?」
ミレイも繰り返した。
「そう」
三人が黙る。
ノアが半歩下がった。
「待て。これ俺が悪い流れか?」
「悪いです」
フィン。
「悪いね」
ミレイ。
「悪いな」
ガルド。
「何で全員同じなんだよ」
フィンが詰め寄る。
「私、王様の目の前で王様の話してましたよね?」
「してたな」
「レオンさんならって何回言いました?」
「何回か」
「何で言わないんですか!」
「言えるわけないだろ!」
ミレイが腕を組む。
「私、あの人に普通に酒代請求してたんだけど」
「払ってただろ」
「そういう問題じゃない」
ガルドが言う。
「俺は肩叩いたことあるぞ」
「だから何だよ」
「王様の肩だぞ」
「昨日までは気にしてなかっただろ」
「今日から気になるんだよ」
フィンが頭を抱えた。
「次に会った時どうすればいいんですか」
ノアが首を傾げる。
「普通にすれば?」
「できるわけないでしょう!」
「昨日まで普通だったろ」
「昨日までは王様だって知らなかったんです!」
「今日も中身は同じだ」
フィンは言い返そうとして、止まった。
少し考える。
「……それは、そうですけど」
ガルドが笑う。
ミレイも頷いた。
「まあ、レオンだもんね」
フィンだけがまだ納得しきれない顔をしている。
「でも陛下って呼ばないと駄目じゃないですか?」
ノアが言う。
「本人に聞け」
「それで怒られたらノアさんのせいですからね」
「何でだよ」
四人は人の流れに混ざって歩き出した。
少し前を行く男が、隣の者へ言っていた。
「王様だったんだな」
「みたいだな」
「俺、あいつに酒奢ったことあるぞ」
「返してもらえ」
「王に?」
「レオンにだよ」
二人はそのまま歩いていった。
フィンが少しだけ笑う。
王城の方を振り返る。
もう壇上のレオンハルトは見えなかった。
それでも。
昨日までより、ずっと近くにいる気がした。




