44日前 宝石より民を ③
夕刻。
王城前に人が集まり始めた。
最初は十人にも満たなかった。
門前で兵へ何かを聞き、答えを得られず、そのまま残った。
そこへ別の者が加わった。
さらに増えた。
仕事帰りの職人や市場から来た商人、それに女や老人、若者まで加わっていった。
武器を持っている者はいない。
城門の前へ押しかけようとするでもなく、少し離れたところに集まっている。
それでも人数が増えれば、警備側は無視できない。
ハインも表側へ回された。
「下がってください!」
兵が声を上げる。
「門を塞がないでください!」
「王様に聞きたいだけだ!」
誰かが返した。
「説明してくれ!」
「何で宝玉を渡せないんだ!」
「本当に戦争するのか!」
声は一つずつだった。
やがて重なる。
怒号というほどではない。
だが、城の中まで届く。
王城の窓からも人だかりが見えた。
オルフェンが執務室へ入ってきた。
「増えています」
レオンハルトは窓辺に立っていた。
「見えてる」
「現時点では暴力行為なし。武器所持も確認されていません」
「兵を増やしたな」
「門を守る最低限です」
「追い払うな」
「まだ命じておりません」
外から声が届く。
全部は聞き取れない。
一つの声だけが、妙にはっきり聞こえた。
「宝玉と俺たち、どっちが大事なんだ!」
レオンハルトは窓から離れた。
オルフェンは何も言わない。
しばらくしてセシリアも入ってきた。
「聞こえています」
「ああ」
「怖いのでしょうね」
レオンハルトが見る。
「王を?」
「戦争を」
セシリアは窓の方へ目をやった。
「徴兵されるかもしれない。夫や息子が兵になるかもしれない。店を閉めるかもしれない。畑を捨てるかもしれない」
「まだ何も決まってない」
「だから怖いのです」
レオンハルトは黙る。
何が起きるか分からない。
それは王城も同じだった。
ただ、王城には市民より多くの情報がある。
過去に滅びた国のことも、十日という短さも、そこで死んだ人々のことも知っている。帝国側の事情も、王冠に残された可能性も、安全を保証できないという答えも。そして、帝国が受け入れを約束したのは、王家や重臣を含めても国民のおよそ半数までだということも。
外にいる人間には、そのほとんどがない。
外にいる人間には、そのほとんどがない。
「説明文を増やしますか」
オルフェンが聞いた。
レオンハルトは首を振った。
「また紙か」
「紙なら全国へ送れます」
「読めない奴もいる」
「代読させればよい」
「言いたいことは分かる」
レオンハルトは机の上に置かれた報告を見た。
昨日の掲示。
間違ったことは一つも書いていない。
それでも届かなかった。
「外の人間を散らしますか」
オルフェンが聞く。
「兵で?」
「必要であれば」
「必要ない」
「このまま人数が増えれば、門の機能に支障が出ます」
「なら場所を空けさせろ。帰せとは言ってない」
オルフェンがレオンハルトを見る。
「陛下」
レオンハルトは外の声を聞いていた。
自分が断った。
なら、自分が話すしかない。
「明日、俺が出る」
セシリアの表情が変わる。
オルフェンもすぐには答えなかった。
「民の前へ、ですか」
「ああ」
「相当な人数になります」
「来たい奴は来ればいい」
「警備と準備が必要です」
「やれ」
「何をお話しになります」
レオンハルトは即答しなかった。
過去の国だけ話せば、自分には都合がいい。
帝国が安全を保証できなかったことだけ話すのも同じだ。
それでは、今日広がっている噂と大して変わらない。
「全部だ」
「どこまでを」
「宝玉を渡した国で何が起きたか」
オルフェンが黙って聞く。
「宝玉が原因だと証明できてないことも言う」
「はい」
「帝国が灰化を止めるために集めてることも」
「はい」
「王冠を完成させれば、大陸を救える可能性があることも」
セシリアがレオンハルトを見る。
「帝国が民を受け入れると言ったことも」
「ああ」
「ただし、王家や重臣を含めても、およそ半数までだということも」
「ああ」
「それを言えば、宝玉を渡すべきだという者も出ます」
「出るだろうな」
「それでも?」
「そこを隠したら、俺も同じだ」
オルフェンが眼鏡を外した。
「安全が確認できないため、この国では試せないと判断したことも」
「ああ」
「戦争の可能性も」
レオンハルトは少し間を置いた。
「聞かれたら逃げない」
「戦争になれば民が死ぬ、と問われます」
「ああ」
「それでも拒否したと」
「ああ」
オルフェンは眼鏡をかけ直した。
「では、原稿を」
「いらん」
「要ります」
「読まない」
「読まなくても作ります」
「何のために」
「陛下が余計なことを言わないか確認するためです」
「信用ないな」
「ございます」
「今の流れで言うことか」
「信用しているから確認するのです」
セシリアが口元を押さえた。
「笑うな」
「笑っておりません」
「笑ってる」
「少しだけです」
外ではまだ声が続いていた。
「明日だ」
レオンハルトが言う。
「広場を使う」
オルフェンが頷く。
「国王本人が説明すると告知します」
「警備は必要以上に増やすな」
「必要な分は増やします」
「武器を向けるな」
「暴力がなければ」
「それでいい」
オルフェンはすでに頭の中で人員を数えている顔だった。
扉へ向かい、途中で止まる。
「陛下」
「何だ」
「明日は、王としてお話しください」
レオンハルトが眉を寄せる。
「王だが」
「存じております」
それだけ言って、オルフェンは出ていった。
◇
日が落ちる頃には、王城前の人々にも知らせが伝えられた。
明日。
王城前広場。
国王レオンハルト本人が、帝国の宝玉要求と拒否について説明する。
集まっていた人々の間で声が広がった。
「王様が?」
「本人が出るのか?」
「本当に?」
「何時だ」
「昼前だって」
誰かが帰り始めた。
別の誰かは、まだ城を見ている。
その夜には市場へ伝わった。
職人街へ。
酒場へ。
ギルドへ。
ミレイが新しく届いた告知を壁へ張った。
冒険者たちが集まる。
「王様が直接出るってよ」
「珍しいな」
「行くのか?」
「行くだろ」
別の冒険者が言った。
「明日の昼前、ここ誰もいなくなるんじゃないか」
「依頼は?」
「午前だけ止める」
ミレイが受付から答えた。
フィンが振り返る。
「ミレイさんも行くんですか?」
「行くよ」
「受付は?」
「だから止めるって言ったでしょ」
ガルドが笑う。
「ギルド閉めるのか」
「昼前だけ。どうせみんな見に行くんだから、ここにいても誰も来ないよ」
「依頼人が来たら?」
「王様の話が終わってから来てもらう」
「強いな」
「明日戦争になるかもしれない理由を本人が話すんでしょ。そっちの方が先」
フィンも告知を見る。
「じゃあ、みんなで行くんですね」
「たぶん王都中そんな感じになるんじゃない?」
ノアは少し離れたところで黙っていた。
フィンはもう一度告知を見た。
国王本人が直接説明する。
戦争になるかもしれない。
山間村で会った人たちも。
王都の家族も。
ギルドの仲間も関係する。
「ちゃんと話してくれる人だといいですね」
フィンが言った。
ノアは返事をしなかった。
「ノアさん?」
「聞こえてる」
「なら返事してくださいよ」
「明日聞けば分かる」
「まあ、そうですけど」
フィンは再び告知へ目を戻した。
ノアも同じ紙を見ていた。
今夜は、それ以上何も言わなかった。




