↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/60

57日前 森から来たもの①

昼前のギルド裏。


フィンが走った。


端まで行く。


止まる。


振り返る。


今度は少し速く戻ってくる。


レオンは腕を組んで見ていた。


「もう一度」


「まだやるんですか?」


「やれ」


「全然痛くないですって」


「ならできる」


「それ、理由になってます?」


横でノアが笑う。


「諦めろ。こうなったレオンは面倒だ」


「ノアさん止めてくださいよ」


「俺に止められると思う?」


「思いません」


「正しい」


フィンはため息をつき、もう一度走った。


右足。


左足。


速度を落とさず切り返す。


今回は、右足へ体重を乗せても動きが崩れない。


戻ってくる。


レオンはしゃがんだ。


「足」


「はい」


革靴を脱ぐ。


以前傷めた踵を見る。


腫れはない。


傷口も閉じている。


指で周囲を押す。


「痛むか」


「全然」


少し強く押す。


「痛むか」


「痛くないです」


フィンが口を尖らせる。


「信用なさすぎません?」


「怪我人の『大丈夫』は信用しない」


「もう怪我人じゃありません」


「それを見てる」


ノアが言った。


「この数日で一番必死だな」


「だって、配達とか採取とか軽い仕事ばっかりだったんですよ」


フィンはすぐ立ち上がった。


「じゃあ今日から討伐もいいですよね?」


レオンは答えない。


「レオンさん?」


「内容を見る」


「ええ……」


「復帰初日から一人では行かせない」


「一人で行くとは言ってません」


フィンは少し間を置き、


「牙鼠なら一匹くらい――」


言いかけて止まる。


レオンが見る。


ノアも見る。


フィンは目を逸らした。


「……言ってません」


「今言いかけただろ」


「気のせいです」


後ろから大きな笑い声がした。


「元気そうじゃねえか」


ガルドだった。


片手に丸盾。


背には斧。


その隣にはティオがいる。


二人とも旅装だった。


ティオの肩には埃がついている。


フィンが振り向く。


「帰ってたんですか」


「今朝な」


ティオが言う。


「西街道の護衛。無事終了」


「何か出ました?」


「何も」


フィンが少し拍子抜けした顔をする。


「じゃあ四人もいらなかったんじゃ」


ティオが鼻で笑った。


「何も出なかったから言えるんだよ」


ガルドがティオの肩を叩く。


「少しは分かってきたじゃねえか」


「二年やってますからね」


「まだ二年だろ」


「その言い方やめてもらえません?」


ノアが聞く。


「何も出なかったのに、妙だったんだろ」


ティオの表情が少し変わった。


「鹿」


「鹿?」


「街道の近くに何頭もいた」


ノアが目を細める。


「荷車が通っても、すぐ森へ逃げない。少し離れて見てるだけだった」


「場所は?」


「西街道の中ほど。林が深くなる辺り」


ガルドが言う。


「猪の足跡も多かった」


「魔物は?」


「姿は見てねえ。ただ痕はあった」


ノアが聞く。


「何の」


「小型だ。爪跡と糞。種類までは分からん」


ティオが肩をすくめる。


「一緒にいた奴が、この辺でこんなに見るのは珍しいって」


フィンが言う。


「でも襲われなかったんですよね」


「ああ」


ガルドは答えた。


「それが一番いいんだよ、護衛ってのは」


その時だった。


「レオン」


受付側からミレイの声が飛んだ。


「ちょっと来て」


◇


受付台の上に、一枚の依頼書が置かれていた。


紙は新しくない。


何度か折られ、端に泥がついている。


ミレイが指で叩く。


「今朝届いた」


レオンが読む。


山間部の村。


王都から片道二日ほど。


家畜被害。


夜間の魔物目撃。


村人一名軽傷。


畑への獣の侵入。


「討伐依頼?」


フィンが横から覗き込む。


「そう書いてある」


ミレイは言った。


「でも変なのよ」


「何が?」


ノアが聞く。


ミレイは別の紙を出した。


「同じ辺りから、一か月前にも依頼が来てる」


内容は小型魔物一体の駆除。


それだけ。


さらにもう一枚、近くの村から届いた依頼があった。


今度は畑荒らしで、猪の出没、山羊の被害、夜の鳴き声が記されている。


「似た話が増えてる」


ミレイは腕を組んだ。


「一つ一つなら珍しくない。でも、種類が違うのよ」


レオンが依頼書を見る。


「家畜被害の相手は?」


「分からない」


「足跡は」


「村からの使いが言うには、複数」


「大きさも?」


「違うって」


ノアが紙を取る。


「一種類の群れじゃない?」


「たぶんね」


ガルドも覗く。


「面倒な匂いがするな」


フィンがすぐ言った。


「私、行けます」


レオンが見る。


「まだ決めてない」


「足は治りました」


「聞いてない」


「でも」


「内容を見てからだ」


フィンが黙る。


ミレイが言った。


「討伐復帰一発目には少し重いと思う」


「でもレオンさんとノアさんがいるなら」


「それに俺もいる」


ガルドが言う。


フィンが見る。


「ガルドさんも?」


「暇だ」


ミレイが即座に言う。


「嘘。明日の採取護衛断ったでしょう」


「細けえな」


「受付だからね」


ノアが笑う。


ガルドはフィンを見る。


「復帰一発目で山の魔物。運がいいな」


フィンが警戒する。


「悪いですよね?」


「気づいたか」


「最近分かってきました」


レオンは依頼書をもう一度読む。


「近隣の地図は」


ミレイが出す。


「これ」


レオンは広げた。


一か月前の依頼、今回の村、近隣二村、少し離れた街道、さらに別方向の森林地帯。


完全に同じ場所ではない。むしろ散らばっている。


地図の上には、麦、井戸、枯れ木、獣、魔物という別々の情報が並んでいた。


レオンは紙を閉じた。


「片道二日だったな」


「そう」


ミレイが答える。


「受ける?」


「その前に一度戻る」


フィンが言う。


「どこへ?」


「用事だ」


ノアが横で笑った。


「忙しいんだよ、レオンは」


「何の用事です?」


「色々」


「またそれ」


レオンは依頼書の写しを受け取った。


「昼過ぎに戻る」


◇


王城の執務室。


オルフェンは依頼書の写しを読んでいた。


最後まで目を通す。


もう一度最初へ戻る。


「今度は山ですか」


「山だ」


「市場の次は山」


「仕事だ」


オルフェンが眼鏡越しに見る。


「どちらの?」


「両方だ」


「でしょうね」


紙を机へ置く。


レオンハルトは地図の前に立った。


「北部の麦」


指を置く。


「王都近郊の井戸」


別の場所。


「別の森で見た枯れ木」


さらに移す。


「街道へ出てきた獣」


「そして今回の山間部」


オルフェンが地図を見る。


「広すぎます」


「ああ」


「一つの原因だと考えるには」


「分かってる」


「まだ言っていません」


「顔で分かる」


オルフェンは小さく息を吐く。


「似てはいます」


「だろう」


「ですが、似ていることと、同じ原因であることは別です」


「それも分かってる」


「灰化という言葉を先に置けば、すべてを灰化に見立て始めます」


レオンハルトは地図を見る。


「だから見に行く」


「冒険者として?」


「それもある」


「国王として?」


「それもある」


オルフェンは黙った。


少しして、


「何泊です」


「二日で着く。調査に一日。戻り二日」


「五日」


「最短でな」


「また増える言い方を」


「減るかもしれん」


「今まで減ったことが?」


「……あまりない」


「正直で結構です」


オルフェンは別の紙を取った。


「では、その間の決裁をこちらへ回してください」


「急ぎだけでいい」


「全部急ぎになります」


「なら全部見ろ」


「そう言うと思いました」


レオンハルトが笑う。


オルフェンは笑わない。


「一つだけ」


「何だ」


「調査するために、調査対象へ突っ込まないでください」


「何の話だ」


「陛下の話です」


「分かってる」


「本当に?」


「……分かってる」


◇


その夜。


食卓で、レオンハルトは明朝から数日城を空けると伝えた。


リゼットが先に反応する。


「またレオンさんですか」


「ああ」


エリオットが聞く。


「今度は何を倒すんですか」


「まだ分からん」


「討伐なのに?」


「調査もある」


エリオットは少し不満そうだった。


「じゃあ戦わないかもしれないんですか」


「その方がいい」


「でも冒険者なら」


「戦わず終わるなら、それが一番だ」


エリオットは少し考える。


まだ完全には納得していない顔だった。


リゼットが言う。


「今度はお風呂の時間まで計算して帰ってきてくださいね」


レオンハルトが娘を見る。


「お前まで言うのか」


「実績がありますから」


セシリアが紅茶を置く。


「何日ですか」


「五日前後」


「前後」


「長くなる可能性はある」


「では、予定より遅れる場合は伝令を」


「ああ」


「必ず」


「ああ」


「返事が軽いですね」


「分かってる」


「その言葉、最近信用できなくなってきました」


リゼットが笑う。


「母上、それも実績ですか?」


セシリアが少しだけ笑った。


「ええ」


レオンハルトだけが納得していなかった。


◇


翌朝。


王都の門を出た時、フィンは明らかに機嫌が良かった。


歩幅も大きい。


荷物も自分で持っている。


昼前。


レオンが横を見る。


「足は」


「痛くないです」


「庇ってないな」


「だから大丈夫ですって」


ノアが笑う。


「親みたいだな」


「違う」


ガルドが言う。


「子ども二人いるんだろ?」


フィンが顔を上げる。


「そうだった!」


レオンが二人を見る。


「余計な話をするな」


ガルドが楽しそうに笑う。


「何歳なんだ?」


「言わん」


「男と女だったよな?」


「それ以上聞くな」


フィンが横から言う。


「奥さん大変そうですね」


「何故そうなる」


ノアが口を挟む。


「そこは俺も同意する」


レオンが見る。


「お前まで何なんだ」


ノアは笑うだけだった。


そのまま一日目の道は穏やかだった。


昼を過ぎるまでは。


◇


森沿いの街道で、ノアが手を上げた。


全員が止まる。


「何だ」


レオンが聞く。


ノアは道端へしゃがむ。


土。


足跡。


「鹿」


「何頭?」


「少なくとも五」


フィンが見る。


「多いですか?」


「この場所ならな」


ガルドも周囲を見る。


「狩りでもされたか?」


ノアは首を振る。


「なら散る」


少し先を見る。


別の跡。


「猪もいる」


フィンがしゃがむ。


「同じ方向?」


「ああ」


道の外。


森側から街道近くへ。


さらに、人の生活圏へ近づく方向へ続いている。


ノアが立つ。


「変だな」


「何が」


「種類が混じってる」


鹿。


猪。


小動物。


少し離れた泥には、小型魔物らしい爪跡もあった。


レオンが森を見る。


緑は多い。


一見すれば普通の森だ。


だが。


奥。


葉のない木が一本。


さらに向こうにも。


白っぽい枝。


フィンが言う。


「レオンさん」


「ああ」


二人とも、牙鼠を追った森で見た白く乾いた枝を思い出していた。


ガルドが見る。


「何かあったか?」


レオンは答える。


「前にも似た木を見た」


「同じ場所か?」


「いや。別の森だ」


ガルドが森を見る。


「離れた場所でも同じか」


「だから見たい」


ノアは足跡をもう一度確認した。


「先へ行くか」


「ああ」


レオンは答えた。


◇


その夜は、小さな宿場に泊まった。


食事は豆と野菜の煮込み。


少しだけ干し肉。


フィンは二杯目の煮込みを食べていた。


ガルドが見る。


「よく食うな」


「この数日、軽い仕事ばっかりだったんです。今日はちゃんと歩いたから必要なんです」


「理屈は立派だな」


「ガルドさんよりは少ないです」


ガルドの前には空の皿が三枚あった。


「俺は身体がでかい」


「便利ですね、その理由」


ノアが笑う。


レオンは宿の主人と話していた。


「最近、夜に獣を見るか」


主人が顎を掻く。


「見るねえ」


「どんな」


「鹿。狐。猪」


「前から?」


「鹿くらいならな」


主人は鍋を混ぜながら言う。


「でも最近は道まで出る」


「人を避けない?」


「昔よりはな」


主人が肩をすくめる。


「雨が少ないからだろ」


「水場は?」


「細くなってるって聞くな」


「ここも?」


「井戸はまだ平気だ」


奥から妻らしい女性が口を挟む。


「でも洗い場の小川は浅くなったよ」


主人が言う。


「今年はそういう年なんだろ」


それ以上の意味はない。


ただ天気の話をするような口調だった。


レオンは頷いた。


「そうか」


◇


二日目。


山へ入るにつれ、道が細くなった。


左側を川が流れている。


フィンが橋の上で足を止めた。


「水、少なくないですか」


レオンたちも見る。


川底の石が大きく露出している。


ガルドが言う。


「雨が少ないなら、こんなもんじゃねえか」


ノアが橋から少し下りた。


岸にしゃがむ。


苔。


泥の色。


「ここまで水があった跡がある」


今の水面よりかなり高い。


フィンが言う。


「いつ頃?」


「分からん」


少し離れた浅瀬。


魚が一匹、横になっていた。


白い腹を見せている。


フィンが近づく。


「死んでる」


レオンは見るだけだった。


死んでいるのは一匹だけだ。病気かもしれないし、水温のせいかもしれない。偶然という可能性もある。


これだけでは、まだ判断材料にならない。


「行くぞ」


レオンは言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。