100回目のアイラヴユー
──すべてを、最近巷で流行っているというロマンス小説をなぞったような、この言葉から始めることにした。
「アシュタリゼ・フォン・ホーエンベルク侯爵令嬢。本日をもって、私と君との婚約を解消させてもらう」
何度ループを繰り返しても、彼女へ告げる別れの台詞だけは、一言一句変えることなく使い回している。それはある種の誓いであると同時に、まじないだ。
同じ嘘でも一〇〇回繰り返せば、きっと真実になるはずだという祈りにも似た。
「はあ、そうですか。では、邪魔者はこれにて失礼いたします。ご機嫌よう」
ところが、ここ最近のループでは、どうも彼女の様子がおかしい。まるで回数を重ねるごとに、俺への愛情や関心が薄れていっているかのような淡白さ。最初の頃にはあんなにも傷ついた顔をして理由を知りたがってみせたのに、今や婚約破棄を告げられたところで眉ひとつ動かさず、颯爽とドレスの裾を翻して去ってゆく。
「どういうことだ? フェルディナント殿下とアシュタリゼ侯爵令嬢が婚約解消なんて……」
「じゃあ、やっぱりあの噂は本当だったってこと?」
「あの噂って?」
「やだ、知らないの? 殿下と婚約関係にありながら、侯爵令嬢が別の殿方ともお付き合いしてたって……」
「しかも、何人もの殿方を取っ替え引っ替えして、相当貢がせてたって話よ」
「まあ、なんて破廉恥な……」
──違う。リゼはそんな不埒な女じゃない。
誰よりも高潔で誇り高い『ホーエンベルクの紅玉』だ!
そう叫び出したい衝動を今回もどうにか抑えつつ、俺は身を引き裂かれるような想いに耐えた。一体いつから、彼女に対するこんな噂が出回るようになったのか。
事実無根の醜聞で彼女の心と誇りを傷つける者など、本当は片っ端から縊り殺してしまいたい──が、今の俺には、そんな願いを抱くことすら許されない。
(これもまた……俺が彼女を愛してしまった罰なのか?)
──誰からも慕われる侯爵令嬢。
──身も心も美しく、気高い騎士姫。
──ホーエンベルクの宝物。
一〇〇度のループを繰り返しても、俺の中の彼女の印象は変わらない。
現に今、舞踏会に集った貴族どもにどれほど冷笑されようと、彼女は薔薇の花のように凛として、まったく怯んだ様子もない。
だが俺は、演じ続けなければならないんだ──『氷血皇子』を。
この不毛なループがたとえ今日、終わったとしても永遠に!
「末永くお幸せに、フェルディナント殿下。どうかくれぐれもお体にはお気をつけて、ね」
ところが、会場を立ち去る間際、一度だけこちらを振り向いて笑った彼女の言葉に、俺は図らずも動揺した。くれぐれも体に気をつけて、だって? その言い草はまるで、これから俺の身に起こることを知っているかのような……。
そんな考えが頭をよぎり、思わず瞳を揺らしてしまった俺の袖を、刹那、くいと引いた者がいる。アリマニカ・アウグシュタ──五年前、我がビュロン帝国に征服されたアウグシュタ王国の王女だ。
俺はこのあと、彼女と婚約する。一〇〇回繰り返したループの中で、何度父上や周囲の説得を試みても、その未来は変えられなかった。けれど。
(もうひとつの変わらない未来──それは、ループの起点から一〇〇日後に、俺は必ず命を落とすということ)
そう、すべては運命だ。人は生まれ落ちる瞬間に、辿るべき未来の道筋を女神から、祝福と共に授けられると言われている。すなわち、女神の定めし運命に抗わないことこそが、最短で幸福へ辿り着く術なのだ。
では逆に、運命に抗い続ければどうなるか?
答えはこの身が知っている。同じ時間を一〇〇度も繰り返しても、運命を受け入れ切れない俺は不幸をばらまき、必ず非業の死を遂げる。
そして世界は、俺が死を迎えた瞬間に一〇〇日前へ巻き戻る。つまり──
(俺が自分の運命を受け入れ、彼女を……リゼへの想いを断ち切らない限り、恐らくループは終わらない。だからすまない、リゼ。君を守るためにはもう、こうするしかないんだ……)
どんなに君を傷つけようが、憎まれようが。
君を守れるならばと、五〇ループを超えた頃には覚悟を決めた。
あとは吐き続けてきた嘘が、真実になるよう努めるだけだ。
俺は栄光あるビュロン帝国の『氷血皇子』。誰に何と言われようとも必ずこのループを終わらせて、君を、幸せにしてみせる──




