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100回ループした悪役令嬢 VS 100日後に死ぬ氷血皇子  作者: 長谷川
Ⅶ.運命はだれのもの

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グランド・フィナーレ

 目の前で火花が散り、甲高い鉄の音(ね)があたりに響き渡った。

 アシュタリゼ。俺と近衛兵の間に飛び込んだ彼女が、相手の剣を鋭く弾き返したのだ。間一髪。されど敵は怯まなかった。

 すぐさま体勢を整え、軸足を踏み込み、再び剣を振り下ろしてくる。


「くっ……!」


 アシュタリゼはその一撃を、頭上に剣を掲げて受け止めた。

 が、劇場での怪我が原因で筋力が落ちている彼女に、現役近衛兵の腕力を支え切れるわけがない。ゆえに俺も即座に剣を抜き、使いものにならなくなった短銃は投げ捨てて、近衛兵へと斬りかかった。すると相手はすんでのところで跳びずさり、反動で押し込まれたアシュタリゼがぐらりと体勢を崩す。

 そのまま背後に倒れそうになった彼女を、俺は横からとっさに支えた。

 そんな俺たちの状況を、魔女(イェルク)はさも愉快そうに目を細めて眺めている。


「フェルディナント様……! うっ……!?」

「なるほど、第三の選択肢というわけですか。それとも今のは、王女ごと僕を撃とうとした……つまり、用済みの王女はもう要らないということですかね?」

「待て……!!」


 刹那、イェルクの拘束を振りほどこうとしたアリマニカは引き戻され、いよいよ口を塞がれた。そうしてもがく彼女の白い首筋に刃があてがわれ、うっすらと走った傷から赤い血が滴り落ちる。


「そうでないのなら、殿下が自らの命を犠牲になさる選択をした、と受け取りますよ。ああ、ちなみにお察しかと思いますけど、ループの魔法は解けました。皇帝陛下のときと同じ手は使えませんので、あしからず」

「イェルク……!!」

「そんな怖い顔をなさらずとも、簡単な話じゃないですか。殿下はただ、こうおっしゃればいいんですよ。〝王(・)女(・)を(・)愛(・)し(・)て(・)い(・)る(・)〟と──」

「……っ確かに、俺は……!」


 そうだ。俺はたぶん、アリマニカのことも愛している。


 愛してしまった。時間にすればアシュタリゼよりも遥かに長い年月を共に過ごし、いつも隣で支えてくれた彼女を。だから俺には、選べない。


 アシュタリゼとアリマニカ、どちらかひとりだけの命など……。


「お……俺は……僕は、リゼも、アリマニカも、どちらも愛し──」

「──騙されるな、フェルディナント!! その女こそが〝魔女〟だ!!」


 その、瞬間。


 聖堂中の空気を震わすようなすさまじい怒号が轟(とどろ)き渡(わた)った。


 驚愕した俺たちが、振り向いた先。半分はずれかかった入り口の扉の向こう。


 そこには血の滲んだ包帯を頭に巻き、ボロボロになった体をマヌエルに支えられながら眦(まなじり)を決した、ホーエンベルク侯爵の──団長の、姿があった。


「おっ……お父様、お兄様!? な、何がどうなって……!?」

「リゼ、今すぐ下がりなさい! わしは……わしは、この目で確かに見たのだ。あの女が──アリマニカが悪魔を操り、ゲイヴの従騎士を皆殺しにするところを! つまり其奴こそが諸悪の根源、帝国を混沌に陥れようとした、魔女だ!」


 そう言って団長がアリマニカを指差した直後、手に手に剣を携えた宮廷騎士がどっと堂内へ雪崩(なだ)れ込(こ)んできた。

 彼らは俺とアシュタリゼとを守るように周囲を取り巻き、また、アウグシュタの近衛兵と斬り結ぶ。結果は言うまでもなかった。数で押し込まれた近衛兵は呆気なく斬り伏せられ、騎士たちの剣(つるぎ)は即座に壇上へと向けられる。


「こ……来ないで!!」


 ところが刹那、アリマニカの絶叫が虚空を切り裂いた。

 かと思えば彼女は瞬時にイェルクを盾に取り、彼を騎士たちと対峙させる。


 ──何故だ?


 イェルクはどうして大人しくそれに従う? さっきまで魔女の手先として、アリマニカを拘束していたはずのイェルクが……。


「どういうことよ……これは一体どういうことよ!?」


 俺たちが混乱するうち、アリマニカは祭壇の上で自らの赤毛を掻(か)き毟(むし)り始めた。

 両手に巻かれていたはずの縄も、いつの間にか解けている。


「答えなさい、悪魔! 私はちゃんと言ったじゃない! 〝あの男たちの息の根を確(・)実(・)に(・)止めろ〟と……! なのに、どうして侯爵が生きてるのよ!?」


 聞いたことのない金切り声を上げ、アリマニカは、誰もいない天に向かって叫んだ。が、そんな彼女の絶叫に答えるように、どこからともなく、地の底から響くような笑い声が轟き始める。


《嗚呼、嗚呼、惜しかったな、魔女よ! あとほんのひと押しで、皇子の口から勝利の条件(ことば)を引き出せたものを……!》

「うるさい!! 笑ってないで、質問に答えなさいよ!!」

《然(そ)うさな、汝は確かに云った。あの者共の息の根を確実に止めよ、と。だが我等も云った筈(はず)だ。騎士十人の魂と引きかえでは、少(・)々(・)足(・)り(・)ん(・)とな!》

「何ですって……!!」

《故(ゆえ)に我等は、贄の数に見合うだけの働きをしたまでよ。舞(・)台(・)が(・)よ(・)り(・)面(・)白(・)く(・)な(・)る(・)程(・)度(・)に(・)な。侯爵が生き残るかどうかは賭けであったが、結果、奴は死の淵より馳(は)せ戻(もど)り、間に合い果(おお)せた! 此の遊戯(ゲーム)、最後の最後に抜かった汝の敗けだ、魔女よ!》

「あぁ……ああ……あぁああぁああッ!!!!!!」


 もはや獣の咆吼にも似たアリマニカの叫びが、俺の思考を真っ白に漂白した。

 あれはどこからどう見ても、俺の知る彼女じゃない。


 しかし、何故? アリマニカこそが魔女だった?


 いつからだ? 何のために?

 それもまた、アシュタリゼに課した〝試練〟の一環だったから?

 だったらどうして、侯爵家との仲を取り持とうとした?

 すべては俺に取り入るため? だとすれば彼女が今まで注いでくれた笑顔も、優しさも、全部嘘だったということか? 最初から……?


「あ……アリマニカ……嘘だ……嘘だと、言ってくれ……」

「フェルディ……!」

「君が魔女だなんて……ずっと俺を騙していたなんて、何かの間違いだろう? だって君は、俺のことを、本気で──」

「──そうよ……愛していたわ。心の底から、あなたのその顔(・)面(・)を」

「は……?」

「だからどんな手を使っても、わたくしのものにしたかったのよ。そう、わたくしだけのものに……なのにいつまでもいつまでも、そんな美しくも何ともない女のことなんか引(ひ)き摺(ず)って、最後の最後まで〝選べない〟とか甲斐性なしなこと抜かしやがって……ッふざけんのも大概にしなさいよ、このヘタレ皇子!!」

「あ……アリマニカ──」

「もういいわ!! どうあってもわたくしのものにならないのなら、せめてここで死んでちょうだい!! 一〇〇年に一度の顔面は誰にも渡さない……!! 渡さないんだから!!」


 もはや気が狂(ふ)れてしまったとしか思えぬ絶叫が、俺たちの眼前に、この世ならざるものを呼び出した。祭壇に佇む女神像。聖母のごとき微笑みを湛(たた)えたその像の背後から、灰色に干からびた木の枝のようなものが何本も飛び出し、女神像を禍々(まがまが)しい複腕の化け物へと変える。節足生物の脚のようにうねうねと蠢(うごめ)く木の枝は、よく見ると先端に五本の指と、黒く、長く、鋭く伸びた爪がついていた。


 あれが団長の言っていた〝悪魔〟……なのか?


 あまりにもおぞましく、まさに異形と言う他ない人外の腕。それは想像を絶する光景に怯んだ騎士たちを──彼らに守られる俺たちを見(・)た(・)、ような気がした。


「……! リゼ……!!」


 けたたましく鳴り響いた本能の警鐘が、とっさに俺の体を動かす。


 愕然と立ち尽くすアシュタリゼを押しのけて背にかばい、盾となった刹那、見計らったように異形の手がすっ飛んできた。


 さながら黒き矢衾(やぶすま)のごとく降り注いだ、それは。


 次の瞬間、あらゆる方位から、魔女(アリマニカ)の体を貫いた。


「……は……?」


 何が起きたのか分からない、と言いたげな顔をした魔女の口から血が噴き出す。

 無数の悪魔の爪に串刺しにされ、穴だらけになった彼女の体はあっという間に赤く染まった。それでも魔女はまだ信じられないという風に、女神像を──その後ろから長く伸びる、悪魔の腕を顧(かえり)みる。


「あ……なた、たち……何……して……?」

《云ったであろう。汝の敗けだ、魔女よ。故に一〇〇年遊ばせた其の魂、愈々(いよいよ)、我等が貰い受ける》

「ふ……ざけ……な……」

《遊戯(ゲーム)は終いだ。次は魔界で、我等と愉(たの)しく戯れようではないか。汝の良く熟れた魂は、実に、嬲(なぶ)り甲斐(がい)がありそうだ》

「い……や、よ……死に……たく、な……やめて……お願い……助けて……!!」


 文字どおり血を吐くような哀願も虚しく、魔女の体は天への捧げもののようにゆっくり、ゆっくりと掲げられた。

 かと思えば、直後、まるで魔神がふっと息でも吸い込んだかのような勢いで、悪魔の腕と魔女の体とが女神像の裏へと引き込まれていく。最後に残ったのは魔女の絶叫の余韻と、祭壇の上に滴った大量の血痕だけだった。と同時に、騎士たちを威圧していたイェルクの体が突如、糸の切れたように倒れ込む。


「イェルク……!」


 俺たちは急いで駆け寄った。唖然と立ち尽くしている騎士たちを押しのけ、うつぶせに倒れたイェルクを抱き起こす。呼びかけても返事はないが、温かい。息がある。やや青ざめ、悪夢に魘(うな)されるような顔はしているものの、生きている。


「魔法が……解けたんだわ」

「え?」

「魔女が……〝悪魔と契約した者〟が、いなくなったから。そうすればすべての魔法は解ける。イェルクを操っていた魔法も、私たちを遠ざけていた不幸の魔法も、ループの魔法も」

「なら……全部、終わったのか? 本当に、全部……?」

「ええ……ええ、そうよ、フェルディ。私たち、ついにやったのよ! 試練に──魔女に勝ったんだわ! 運命は書き換えられた! これでもう、離れ離れにならなくて済むのよ……!」


 そう言って、歓喜に目を潤ませたアシュタリゼが抱きついてきた瞬間、俺もようやく理解した。終わった。やっと、終わったんだ。


 もう二度と、時間が巻き戻ることはない。


 アシュタリゼと傷つけ合うこともない。


 俺たちは勝った。魔女にも悪魔にも、女神にも。


「リゼ、フェルディナント! 怪我はないか……!?」


 ほどなく団長を連れたマヌエルも駆けつけ、アシュタリゼは涙ながらに団長にも抱きついた。団長は見るからに満身創痍で、アシュタリゼが無事なのを確かめるや否やおいおいと、男泣きに泣き出した。崩れた天井から、なおも斜めに陽が注ぐ。


 まるで俺たちの道行きを照らす、祝福のように。


「ね、お父様! 今までどこで何してたのか、詳しい話はあとでじっくり聞かせてもらうけど、ひとつだけ訊(き)いてもいい!?」

「おお、何だ、愛しい娘よ。おまえの願いなら父様は何だって……」

「私、フェルディともう一度婚約したい! だから今ここで、誓いのキスをしてもいい!?」

「なっ……なん……だと……」

「ね、いいでしょう、お父様! ちょうど女神の像もあるし……!」

「お、おぉ……おぉ、いかん……ッ! 胸の傷が開いてッ──」

「ああ、もういいよ、キスでも何でも好きにしろ。父上はこのありさまだし、当主代理として俺が許す。ゲイヴのことも、あとで俺が慰めておくから」

「マヌエル、貴様ァッ!」

「まあ、ありがとう、お兄様! お父様も、大好きよ!」


 言うが早いか、アシュタリゼは団長とマヌエルの頬にキスをして、すぐさま俺に向き直った。そうしてほんの少し照れたように、されど心の底から嬉しそうに咲いた彼女の笑顔は、太陽のようで。ああ、本当に取り戻せたんだな。


 俺にとっての真実の女神──『ホーエンベルクの紅玉』を。


「ねえ、フェルディ! おかえりなさい……!」


 それは奇しくもあの日、別々の席から眺めたとある歌劇の最後の歌と同じ台詞。


 その言葉を口ずさんで、笑いながら泣き出した彼女を、俺は想いの限り抱き締めた。長い長い、旅の終わり。


 グランド・フィナーレは、誓いのキスで幕を閉じる。



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