↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100回ループした悪役令嬢 VS 100日後に死ぬ氷血皇子  作者: 長谷川
Ⅶ.運命はだれのもの

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
45/48

運命はだれのもの

 帝都ユングフラウの南西部には、数年前の大火で焼け落ちた『旧市街』と呼ばれる地区がある。最近、戦争が終わったことでようやく再開発計画が動き出し、廃墟の解体や浮浪者の追い出しが本格化している地域だ。


 そんな中で、唯一手つかずになっている土地がある。


 それが、聖モーリッツ教会跡地。女神マータを信仰するマータ教の教会で、ここも大火の被害を受けた。教会の機能自体はとうの昔に別の地区へと移転しており、旧市街に残されているのは半分焼け落ちて廃墟となった建物だけ。しかしこうした教会を建てるため、神に奉献された土地というのは権利問題がややこしく、教会との調整に時間がかかる。ゆえに再開発計画から取り残されたまま放置され、今も人の寄りつかぬ廃教会となっているわけだ。そこに──イェルクはいた。


「……驚いた。本当にふたりだけで来てくださったんですね、殿下」


 今も大火の爪痕が残る礼拝堂。煤にまみれた天井の一部が崩落し、陽光が斜めに注ぐその場所で、俺たちを前にしたイェルクは感慨深そうに瞳(め)を細めた。やつの腕の中には、両手を縄で縛られ、首もとに刃を突きつけられたアリマニカがいる。

 入り口の正面中央、かつては多くの信徒が祈りを捧げたであろう祭壇の上で、イェルクは女神の偶像を背に佇んでいた。廃墟の中は瓦礫で散乱しており、それ以外は、長い年月をかけて降り積もった重厚な静寂で満たされている。


「イェルク……いや、シャモワの魔女。見てのとおり、俺たちはおまえの指示に従った。アリマニカを放してくれ」

「フェルディナント様……っ」


 イェルクに拘束されたアリマニカは目に涙を浮かべ、たった四日の間に、ずいぶん窶(やつ)れてしまったように見えた。そんな彼女の様子を見たアシュタリゼも隣で息を詰め、緊張に身を強張(こわば)らせている。護衛の騎士もつけることなく、ふたりでやってくるのは正直、至難の技だった。俺たちはイェルク──の体を乗っ取った魔女──からの脅迫状を受け取ったあと、すぐさま父上と母上、そしてホーエンベルク侯爵夫人に状況を説明し、ここへ来るための許可を取りつけた。


 無論、父上たちから猛烈な反対を受けたことは言うまでもない。特に父上は、皇太子である俺を危険には晒せないと言い、せめてマヌエルだけでも同行させろと言って譲らなかった。けれども俺とアシュタリゼはふたりで話し合い、相談し、そのときには既に決意を固めていたのだ。これは俺たちが始めた物語。 


 ならばもう誰も巻き込まず、俺たちだけで決着をつけよう、と。


「父上。アウグシュタ王国の思惑はどうあれ、アリマニカ王女は此度の騒動の中にあっても一貫して私に寄り添い、力になろうと心を砕いてくれました。私がこうしてここにいられるのは、アシュタリゼを始めとするホーエンベルク一家と、王女の存在あってこそです。ですから私は何としてでも、彼女を救わねばなりません。そうでなくともアリマニカは、征服したばかりのアウグシュタから身柄を預かっている、大切な王族のひとりなのですから」


 ゆえに俺はそう告げて父上を説得し、俺たちが一時間経っても宮殿へ戻らなければ即座に騎士を派遣するという条件で合意を得た。ただでさえ独立派が優勢で、いつ反乱を起こすとも知れないアウグシュタ王国の内情を憂慮し、蜂起の口実を与えないためにも王女(アリマニカ)の救出は欠かせないと、父上も思い直してくれたのだろう。


 母上も最後まで泣いていたが「必ず無事に戻ります」と約束したことで、ようやく俺を放してくれた。アシュタリゼも侯爵夫人やマヌエルと抱擁を交わし「絶対に無理はしない」と誓わされたようだ。


 それが昨日のこと。翌日の今日、俺たちは満を持してこの教会までやってきた。本当にひとりの騎士も連れてこなかったのは、こちらの状況は恐らく魔女に筒抜けで、そんな真似をすればアリマニカの命が危ないと思われたからだ。実際、魔女は先日、アシュタリゼたちが身を寄せた林務官舎の場所も追跡なしに特定していた。


 とすれば、やつに隠しごとはできないと考えるべきだろう。


「それから、イェルクのことも解放して。あなたに言われた〝試練〟は乗り越えたわ。ならもうこんなことを続ける必要はないはずでしょう?」


 と女神の足もとに佇むイェルクへ向けて、アシュタリゼも決然と言い放つ。

 念のため彼女も剣を佩(は)いてはいるが、実を言えばアシュタリゼは、昨日ようやく自力で立って歩けるようになったばかりだった。しかも相当無理をしてのことで、本当は立っているだけでもつらいはず。そんな素振りを微塵も見せないあたりはさすがあの『百勝公』の娘といったところだが、実際には宮殿からここまでの道のりだけで、かなり消耗していることは明らかだった。


 かく言う俺も、腹の傷が原因でほぼ三日臥(ふ)せっていたせいもあり、まったく本調子ではない。もしもイェルクが本気で戦いを挑んできたら、勝てるかどうか──いや。だとしても、アシュタリゼだけは何としても守り抜く。彼女のおかげで再び手に入れたこの命は、これ以上彼女を傷つけさせないために使うべきだろう。


「ああ、ということは、全部思い出されたんですね、アシュタリゼお嬢様。一〇〇回にも渡る愛憎劇、お疲れ様でした。ようやく願い果たせてめでたしめでたし……になると思ってましたか?」

「何ですって?」

「残念ながら試練は終わっていません。というか、これが最後の試練です。殿下が生存ルートに入れるかどうかは、ここでの選択にかかっています」

「どういうことだ? 何故そうまでして試練を続けようとする?」

「それが悪魔との契約だからですよ。以前、お嬢様にはお話ししましたが……魔界の住人たちにとって、我々の暮らすこの世界は〝遊戯(ゲーム)〟です。僕たちが苦しみ、惑う姿を楽しむ娯楽なんです。彼らは穏やかなハッピーエンドなんか求めていない。必要なのは彼らにとって〝より面白い展開〟──まあ、早い話が、見せ場たっぷりのクライマックスということです」

「そんな理由で……!」

「おっと、動かないでください。僕の話はまだ終わっていません」

「あなたは……いえ、あなたたちは、これ以上、私たちに何をさせようって言うの?」

「簡単ですよ。大抵の物語で必ず最後にやってくる〝究極の選択〟というやつです。ただし、選ぶのはお嬢様ではなく、フェルディナント殿下。あなたですがね」


 そう言ってイェルクが突きつけた刃の切っ先が、ぴたりと俺を指し示した。

 ……なるほど、姿形がイェルクなせいで惑わされそうになるが、やはり今、俺の目の前にいるのは魔女だ。あいつはどんな憎まれ口を叩こうと、決して俺に剣を向けたりはしない。アリマニカだけでなく、そのイェルクをも取り戻せるならと俺はひとつ息をついたあと、改めて祭壇の上の魔女を睨み据えた。


「……話は分かった。では俺は何を選べばいいんだ?」

「あれ? まだ分かりませんか?」

「何?」

「僕が一体、何のために〝ふたりだけで来てくれ〟なんて無茶なお願いをしたとお思いです? 邪魔な外野の雑音に、殿下の判断が左右されないようにするためですよ」

「……! まさか……!」

「アハッ。そう、そのまさかです。さあ殿下、選んでください。あなたの最愛の女性は、一〇〇ループかけても忘れられなかったアシュタリゼお嬢様か、はたまた一〇〇ループもの間、あなたを支え続けたアリマニカ王女か」


 言いながら、イェルクはアリマニカの顎をぐいと掴み、反らせた喉に改めて刃を突きつけた。アリマニカは、震えている。ここで俺がアシュタリゼを選べば、彼女の命がないことは明白だ。だがそれは翻(ひるがえ)って、アリマニカを選べば、代わりにアシュタリゼが命を落とすということじゃないのか?


 そう思い至って振り向けば、俺を見上げたアシュタリゼの瞳も揺れていた。どうやら彼女も同じ予測に行き着いたらしい。


「ふ、フェルディ……」

「……っ」

「どうして、こんなこと……っアリマニカ王女は関係ないでしょう!? 私が願ったのは、死んだフェルディを甦(よみがえ)らせることだけよ!」

「だから殿下は生かす代わりに、別の生け贄を差し出せと言ってるんじゃないですか。だいたい死んだ人間を生き返らせるなんて禁忌を、何の犠牲もなしに叶えられるわけがないでしょう?」

「で、でも、私たちは一〇〇回もループを繰り返して、苦しんで……それに、私の記憶だって差し出したわ!」

「ああ、うん。けど、一〇〇回も堂々巡りすることになったのは、あなたたちが勝手にすれちがってドツボにハマッただけだし、そもそも、悪魔との契約には必ず生け贄が必要なんですよ。今回はお嬢様の記憶を担保に、ツケにしてもらってただけで……」

「そ、そんな話……! だったら、どうして最初にそう言ってくれなかったの? 誰かが代わりに犠牲になると知ってたら、私は……!」

「悪魔と契約なんてしなかった? フフ……そうでしょうか? だってお嬢様は、最初にこう言いましたよね? 〝殿下の人生を取り戻せるなら、自分の命を代わりに捧げたっていい〟と……」


 再び目を細めて笑った魔女(イェルク)の言葉は、アシュタリゼの口からそれ以上の反論を奪った。自分の命を捧げてもいい、だって?


 本当にそんなことを言ったのかと改めて振り向けば、アシュタリゼは唇を噛んでうつむいている──冗談じゃない。


 俺のために、アシュタリゼが命を落とす未来など……!


「フェルディナント様」


 そのとき、思考を真っ赤に染め上げようとした激情を見透かしたように、アリマニカが俺を呼んだ。はっとして目をやれば、斜めに注ぐ陽光の中で、アリマニカは精一杯、微笑んでいる。


「あなた様と侯爵令嬢の間に何があったのかは、既に承知しております。ようやく……ようやく、侯爵令嬢と再び手を取り合うことができましたのね。でしたら、わたくしは……ア(・)リ(・)マ(・)ニ(・)カ(・)は(・)、もう、思い残すことはございません」

「アリマニカ」

「先日、申し上げましたでしょ? 〝たとえどんな結末が待ち受けていようとも、わたくしはあなた様の味方です〟と……わたくし、フェルディナント様の美しいお顔が悲痛に歪むところなんて、見たくありませんの」

「待ってくれ、アリマニカ──」

「ですからどうか、微笑(わら)っていてくださいまし。わたくしはあなた様のそのお顔が一番、好きでしたわ」

「待って……!!」


 やめてくれ。俺の心がそう叫んだ刹那、イェルクの手を取り、自らの喉を掻き切ろうとしたアリマニカを止めたのは、アシュタリゼだった。天を劈(つんざ)くような彼女の声が、アリマニカの肩を跳ねさせる。おかげで一抹の猶予ができた。次いでアシュタリゼは、覚悟を決めた眼差しでまっすぐに俺を見つめた。そして、言う。


「フェルディ、ごめんね」

「リゼ、」

「でも、魔女の言うとおりよ。私はあなたを生き返らせるためなら、命なんて惜しくなかった。それにもう誰も巻き込まないって、ふたりでそう決めたから」

「待て、リゼ……!」

「この試練を始めた責任は私が取る。だから、あなたは生きて──」

「やめてくれ! 僕を生かして君が死ぬ? そんなこと、僕が耐えられると思うのか? だったら死ぬのは僕であるべきだ! 一度死んだ人間が生き返るなんて、あってはならないことなのだから……!」

「だけどあなたは、もう一〇〇回も死んだのよ。私だってこれ以上、あなたが死ぬところなんて見たくない! 充分よ……最後にこうしてあなたと話せただけで、私は……」

「リゼ……!」

「ねえ、フェルディ。私たち……きっと最初から、こういう運命だったのね。それでも、あなたと出逢えて幸せだった──ありがとう」


 そう言って、アシュタリゼはすらりと剣を抜いた。

 抜きながら微笑んだ。まるで本当に、思い残すことなど何もないかのように。

 だが、冗談じゃない。冗談じゃない!

 俺は誓ったんだ。もう離さない。どこにも行かせない。


 何と引きかえにしても、彼女を守ると……!


「──〝運命〟……〝運命とは、女神マータからの贈りもの〟……か。ハッ……本当に、冗談じゃない」

「え……?」

「だったら僕は、そんなもの要らない。僕が誓ったのは神でも悪魔でもない、僕自身の魂だ。なら、自分の運命は自分で決める。もう誰の手にも委ねはしない!」

「フェルディ、」

「だから……許せよ、イェルク……!」


 言うが早いか、俺は腰の後ろから引き抜いたそ(・)れ(・)を構えた。

 いざというときのため、剣の他に隠し持ってきていた短銃だ。

 狙いは、アリマニカを拘束しているイェルクの左腕。

 もちろん命中する保証などない。当たったとしても狙いが逸れて、イェルクやアリマニカの命を危険に晒す可能性もある。それでも。


 それでも、唯一の希望がそこにしかないのなら……!


「フェルディ、危ない……!!」


 そのとき、アシュタリゼが叫んだ。はっとして振り向いた先。

 柱の陰から走り出てきた何者かが、一気に距離を詰めてくる。

 手には、剣(つるぎ)。服装からして、アリマニカの護衛についていたアウグシュタ王国の近衛兵だ──そんな人物が、何故ここに?


 ほんの一瞬、頭を掠めた疑問はすぐに、短銃ごと叩き斬られた。


 次いで閃いた返す刃が、怯んだ俺の心臓を狙って、



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。