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100回ループした悪役令嬢 VS 100日後に死ぬ氷血皇子  作者: 長谷川
Ⅴ.100年間生きた魔女

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『紅玉』と魔女

「生き返らせてほしい人がいるの」


 と、その日、アシュタリゼは暗い目をしてそう言った。


「シャモワの魔女は悪魔の力で、どんな願いも叶えてくれると聞いたわ。それであなたを探して、ここへ来た。彼が彼の人生を取り戻せるなら、私の命を代わりに捧げたっていい。何でもします。だから、お願い……どうかフェルディナントを、生き返らせて」


 窶(やつ)れ切(き)った顔を覆って、ぽろぽろと涙を流すアシュタリゼは、目の前にいるわたくしがかつて〝アリマニカ〟としてユングフラウで暮らしていた女だとは、微塵も気がついていない様子だった。まあ、無理もない。

 何せ彼女が訪ねてきたときのわたくしは、とうにアリマニカのふりをやめて、すっかりもとの〝魔女〟の姿に戻っていたから。


「……なるほど。あなた、そのフェルディナントという人を、本当に愛していたのね」


 ゆえにわたくしは何も知らない隠遁の魔女のふりをして、心の底から彼女に同情してみせた。


 だって、他でもないそのフェルディナントを殺した張本人を唯一の希望と信じ、涙ながらに縋(すが)りつくアシュタリゼの姿が、あまりに滑稽で悲劇的だったから。


「いいわ。そういうことならあなたの願い、叶えましょう。けれど、分かっているわよね? 悪魔との契約には、必ず〝代償〟が必要だということを」


 それを聞いて頷いたアシュタリゼの瞳に、迷いはなかった。

 かくしてわたくしは彼女の願いを叶え、悪魔と取引し、フェルディナントを生き返らせることにした──時間を過去へと遡(さかのぼ)り、あ(・)る(・)特(・)定(・)の(・)条(・)件(・)を満たすことで、彼に訪れる死の未来を書き換えるという方法で。


《此(これ)は遊戯(ゲーム)だ》


 と悪魔は嗤(い)った。


《汝と令嬢、勝負に勝った者だけが願いを叶える事のできる遊戯。汝が皇子の心を射止めるか、令嬢が皇子の死の運命を覆す事が出来れば遊戯は其処で終(しま)いとなる。或(ある)いは、汝等が共に殺し合い、邪魔者を消し去るのでも良いだろう。何方(どちら)か一方、先に勝利条件を満たした者こそが勝者だ。両者、精々励むが良い》


 願いを叶えるための代償は〝アシュタリゼの記憶〟。

 彼女は一度目の人生──すなわち、フェルディナントを失った人生の記憶を失った状態で過去へと戻る。だが当然、代償を支払うのはアシュタリゼだけではない。

 というよりこの条件では、ゲームにならないほどわたくしの方が有利だ。

 ゆえに悪魔はわたくしに、以下のような〝条件〟を突きつけた。



 一。魔女は令嬢を直接殺(あや)めてはならない。これは他者を洗脳し、その肉体を借りて殺める行為も含めるものとする。


 二。魔女が一度に洗脳可能な人間は四人までとする。これは縁故なき異国の地で不利な勝負に挑むこととなる魔女への救済措置である。


 三。ただし勝敗の鍵であるフェルディナント・マンフレート・フォン・ビュロンライヒ、及び、既に一度利用済みのゲイヴ・フォン・イリッヒは洗脳できないものとする。


 四。遊戯の間、魔女は決して嘘をついてはならない。ただし王女になりきるための嘘は許容するものとする。なお、洗脳した他者の口を借りる場合はこれに含まない。


 五。遊戯の間、魔女が新たな魔法を行使する場合、代償は通常よりも高くつくものとする。


 六。遊戯の間、魔女には一度だけ、皇子の死のタイミングを変更する権利を与える。その権利を行使した場合、皇子は直前の記憶を喪失するものとする。



 遊戯の期間は『魅了』の魔法の効果が持続する時間を加味して一〇〇日間。

 一〇〇日以内に決着がつかなかった場合、時間は再び巻き戻り、また最初の一日目からやり直すことになる。わたくしはその条件を呑んだ。無論、アシュタリゼもだ。こうしてわたくしたちは、フェルディナントの死の一〇〇日前に戻された。


 わたくしは帝立学院(ギムナジウム)への入学のため来国したアウグシュタ王国の王女、アリマニカとして。そしてアシュタリゼは、未来のことなど何も知らない、まっさらな侯爵令嬢として。



          ∽



 一度目のループでまず着手したのは、アシュタリゼを呪うことだった。用意したのは〝フェルディナントと接触すると不運を呼び寄せる〟という呪いだ。


 これには当初の規程どおり少なくない数の生け贄を求められ、かなりのリスクと苦労を重ねたが、わたくしの勝利のためにはマストだった。

 何しろフェルディナントとアシュタリゼの関係は既に完成されていて、そこへ割って入ろうと思ったら、強引に隙間を抉(こ)じ開(あ)けるしかない。

 アシュタリゼを直接排除することができないならなおさらだ。


 だから高い代償を払って、ループを跨(また)いでも効果が持続する強力な呪いを用意した。この呪いはあくまで〝不運〟を呼び寄せるだけであって、アシュタリゼの生命に危険は及ばない。よって、悪魔の用意した〝条件〟には抵触しない。


 そして同時に、事前の悪魔との交渉で、フェルディナントもまたループの記憶を引き継ぐと知っていたわたくしは、彼の寝室にこっそりと忍び込み、ある一枚の紙片を仕込んでおいた。


『運命とは、女神マータからの贈りもの。ゆえに刃向かってはなりません。愛するひとを守りたいのなら』


 と記した紙片を。


 ここに書(か)き綴(つづ)った言葉は、とあるロマンス小説の一節だ。

 悪魔に設けられた縛りのせいでわたくしは嘘がつけないから、小(・)説(・)の(・)台(・)詞(・)を(・)引(・)用(・)し(・)た(・)だ(・)け(・)という体裁でフェルディナントの心を揺さぶる作戦を仕掛けた。案の定、一度目の人生の記憶を予知夢と誤解し、アシュタリゼとゲイヴを引き離そうと躍起になっていたフェルディナントは、この手紙を見てかなり動揺したようだ。


 何せ、フェルディナントがアシュタリゼと接触したことで呪いが発動し、彼女は早速、落馬による大怪我をしていたから。


《ふむ。汝も中々の策士よな、魔女よ。初回から皇子の心を射止めにゆくのではなく、先(ま)ず搦手(からめて)から攻めようとは》

「当然でしょう。わたくしだって、伊達に百年も生きてきたわけじゃなくってよ。真実の愛を育むためには、それなりの手間と時間が必要なことくらい分かっているわ。だから、今は焦らずじっくり攻めましょう。甘い蜜を垂らして獲物を待つ虫(ピン)取(キ)菫(ギュラ)のように……」


 そもそもわたくしの背後には、アウグシュタ王国がついている。

 帝国への恭順を望むアウグシュタ王は、


「王女の身代わりとして学院へ入学する代わりに、どうかわたくしがフェルディナント皇子の妻となれるよう、お力をお貸しくださいませ。晴れて皇太子妃となった暁(あかつき)には、何もかも陛下のご意向に添うよう、取り計らわせていただきますから」


 というわたくしの甘言を真に受けて、でき得る限りの支援を約束してくれた。

 アシュタリゼの素行に関する根も葉もない噂を帝都に流したのも、彼だ。

 アウグシュタ王は、三年前の粛清事件でフェルディナントとホーエンベルクに恨みを持つ帝国貴族を懐柔し、彼らの口を借りてうまく情報を操作してくれた。

 一方、わたくしも頃合いを見てビュロンの皇帝を『魅了』で操り、フェルディナントとアシュタリゼの婚約を見直すべきだという空気を宮廷内に醸成した。

 ふたりをより確実に追い詰め、引き裂くために。


「アシュタリゼ・フォン・ホーエンベルク侯爵令嬢。本日をもって、私と君との婚約を解消させてもらう」


 そうして彼の口からその台詞を引き出せたときの喜びといったら、言葉では表しようがない。フェルディナントはわたくしが送った手紙の内容を信じ込み、アシュタリゼを振った。呪いが呼び寄せたホーエンベルク邸の火災で大火傷を負ったアシュタリゼが、これ以上の不運に見舞われることのないように。


 そこからはもう笑いが止まらなかった。すべてがわたくしの思いどおりに、崩壊という名の坂道を転がり落ちてゆく。唐突な婚約破棄に動揺したアシュタリゼは、自らフェルディナントに接触しようとしては不運(のろい)に見舞われ、フェルディナントはそのたびにアシュタリゼと距離を置くようになり……。


 やがて繰り返し降り注ぐ死の苦痛と、アシュタリゼに対する罪悪感で精神が不安定になる頃合いを見計らい、わたくしは彼に囁(ささや)いた。


「わたくしは何があってもあなた様の味方ですわ、フェルディナント様」


 と。


 あとは依存という名の毒が、彼の全身に回るのを待つだけ。ループの記憶は共有していないはずなのに、こんな超常的な話を毎回信じ手を差し伸べるわたくしに、フェルディナントの心が少しずつ傾きつつあるのは分かっていた。あと少しだ。


 あと少しの辛抱で、彼の身も心も、今度こそわたくしの手に入る──そう、思っていた。けれど、そこからさらに一〇ループ、二〇ループと重ねていくうちに、わたくしは何かがおかしい、と思い始めた。


 だってフェルディナントも、アシュタリゼも。


 わたくしとまったく同じ時間を繰り返しているはずなのに、どうして彼はいつまでもわたくしに落ちないの?


 どうして彼女は、絶望して死を選ばないの──?


「──ちょっと、何がどうなってるの? もう八三ループ目よ!? これだけループを重ねておいて、ふたりとも未だに正気を保ってるってどういうこと!? わたくしの方がおかしくなりそうだわ!」


 やがて、状況が完全に膠着し、何の進展もない不毛なループが何十回と繰り返され、わたくしもついに堪忍袋の緒が切れた。こんなになってもまだフェルディナントはうじうじとアシュタリゼへの未練を捨てられずにいるし、アシュタリゼはアシュタリゼで、手を替え品を替えて延々降参しない始末。


 特にアシュタリゼの方は厄介だ。

 初めの頃は何とか婚約破棄を阻止しようと動いていた彼女も、ループを重ねるうちに〝フェルディナントを救えばループが終わるのではないか〟という推論に辿(たど)り着(つ)いたらしく、途中から作戦の方向性を変えてきた。すなわち、ありとあらゆる手段を用いてフェルディナントの死を食い止めようと奔走し出したのだ。


 対するわたくしも、ホーエンベルク家の侍女やフェルディナントの側近であるイェルクを使って、彼女の作戦をどうにか妨害していたのだけれど──


「──アリマニカ、聞いてくれ!」


 その日、わたくしは興奮した様子でやってきたフェルディナントから、衝撃の事実を告げられた。


「これを……これを見てほしい! リゼからの手紙だ。今朝、ホーエンベルク侯爵から届けられた書類に紛れていたんだ! 途中で気づいて慌てて捨てようとしたんだが、中身を見て驚いた。同じだったんだ。リゼも俺と同じように、ループを繰り返していた! 彼女もずっとこの現象を止めるための手立てを探していて……!」


 そう言って一枚の用箋(ようせん)を見せられた刹那、わたくしは頭が真っ白になった。

 やられた。アシュタリゼがついにわたくしの監視の目を掻い潜り、最も知られたくなかった情報を彼に与えてしまった。放っておけば、せっかくズタズタにしたフェルディナントとアシュタリゼの関係が復活してしまう。

 八〇ループもかけて積み上げた今までの苦労が、すべて無に帰してしまう……。


「フェルディナント様──ごめんなさい」


 だから、その瞬間。


 わたくしは隠し持っていたナイフを、彼の心臓に突き立てた。


 悪魔が最初に呈示したあの〝条件〟──



 六。遊戯の間、魔女には一度だけ、皇子の死のタイミングを変更する権利を与える。その権利を行使した場合、皇子は直前の記憶を喪失するものとする。



 それを使うのは、今、ここしかないと思い定めて。



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