1/100のイレギュラー①
そういえば過去に一度だけ、不可解だったループがある。あれは八二度目のループだったか、八三度目のループだったか……とにかく、そう。私が万策尽きて、お父様やお母様にループの事実を打ち明けるようになってほどなくのことだ。
どう頑張ってもフェルディナントとは会えないし、手紙も読んでもらえない。
帝国騎士団に警固を強化してもらう作戦もダメだった。ならば、とお父様やイェルクの口から死の未来を伝言してもらっても、鼻で笑われて終わる始末。
そこで頭に来た私はお父様に頼み込み、次なる作戦に打って出た。
内容は至ってシンプルで、皇太子であるフェルディナントが決裁する書類の中に手紙を紛れ込ませてもらうというものだ。封筒に入れることすらせず、書類に偽装できそうな便箋一枚に、私がループを繰り返していること、そのループは毎回フェルディナントの死によって時間が巻き戻ること、彼はループの始点から一〇〇日後──すなわち玉輪の月の二十日に必ず死んでしまうことを綴り、
「婚約は破棄したままで構わないし、全部信じてくれなくてもいい。ただ、どうか玉輪の月の二十日だけは部屋から出ず、何も口にしないで生き延びて」
という言葉で手紙を結んだ。果たしてあの手紙は、フェルディナントの手に渡ったのかどうか。結末は私も知らない。何故ならお父様に手紙を託した数時間後、世界は突然、終わりを迎えてしまったから。
「──えっ……!?」
と、次に目が覚めたとき、私はひどく混乱したのを覚えている。直前の記憶は、八二回目か八三回目のループの四九日目。自室の窓から見える夕日を眺めながら、手紙は今度こそフェルディナントに届いたかしら、と、お父様の帰りをそわそわ待っていたときのものだった。なのに気がついたときには、朝。そこで飛び起き、ちょうど私を起こしにきてくれた侍女に「今日って何日?」と尋ねたら、
「大地の月の十二日でございます」
と不思議そうな答えが返って、絶句した。
だってその日は、これまで何度も巻き戻ってきたループの始点だったから。
(今までのループはきっかり一〇〇日後に時間が巻き戻ってたのに、どうして今回だけ途中で戻ったの? まさか──一〇〇日後を迎える前に、フェルディが死んじゃったとか……?)
そんなイレギュラーはそれまで一度もなかったから、私は激しく動揺した。もしかするとあまりにループを重ねすぎて、法則が崩壊を始めたのではとすら疑った。
けれどそこからさらにループを重ねてみると、やっぱりフェルディナントが命を落とす一〇〇日後まで時間が戻ることはなくて。
(だとすると……私が取った行動が原因?)
と仮説を立てて、もう一度書類の中に手紙を紛れ込ませてみたものの、やはりあのループを再現することはできなかった。
念のため前回とまったく同じ、四九日目を狙ってみたにもかかわらず。
「うーん、結局あれって何だったのかしら……」
と次の作戦を考えながら頭を悩ませてみたものの、答えが出るはずもなく。
もしお父様が私のようにループの記憶を引き継げたなら、あのとき何が起きたのか聞き出せたかもしれないけれど、悲しいかな、ループしている自覚があるのは世界で私ひとりだけ。何度事情を説明し、協力してもらっても、次のループを迎えればみんな記憶を失ってしまう。
その孤独と徒労感に打ちのめされたことも一度や二度じゃない。
だから、今度という今度こそループを終わらせたくて、私は悪女になる道を選んだ。そこから何ループもかけて屋敷にこもり、最近流行りのロマンス小説を片っ端から読みあさって……。
(ああ……それで、忘れてたんだ)
フェルディナントに拒絶されるつらさを、だけじゃない。そういえば私はこのループ中、何かと不運な事故に巻き込まれることが多かった。最初の婚約破棄の原因となった火事から始まって、割れた窓硝子のせいで失明したり、飲み物に毒を盛られたり、原因不明の高熱に魘されたり川に落ちたり雷に打たれたり……。
(でも、いつからか、ああいう悲惨な目には遭わなくなって……思えば、私が怪我したり、死にかけたりしたのって……必ず、フェルディと会ったあとだったような──)




