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NOESISーノエシスー  作者: 月乃瀬
最終章 ー呪いと祈りの果てにー
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第十五話 神の問答

落ちている。


そう思った。


だが。


風はない。


重力もない。


上も。


下も。


遠近すら存在しない。


神崎蓮が目を開く。


そこは。


白い空間だった。


いや。


白ですらない。


何も存在しないからこそ。


人の目が便宜上、白と認識しているだけの場所。


足元には。


鏡のような水面が広がっている。


蓮の姿。


月乃瀬澄華。


天城煌。


三人の影だけが、そこへ映っていた。


熊野はない。


神崎神社跡も。


十六氏族も。


朝日さえ消えている。


『現在位置を算出』


NOESISの声が響く。


『空間座標――取得不能』


『時間軸――観測不能』


『帰還経路――存在を確認できません』


蓮の右目が青く発光する。


だが。


どこまで観測しても。


世界の端が見つからない。


「無駄だ」


声が響いた。


前方。


いつからいたのか。


弥勒が立っていた。


長い白髪。


白い衣。


漆黒の羽織。


その両目は。


今も静かに閉じられている。


「ここは」


弥勒が告げる。


「余が対話のために用意した場所」


「人の言葉で表すならば」


「世界の外側、とでも呼べばよい」


煌が草薙剣の柄を握る。


澄華は天之月弓へ触れながら。


弥勒を見つめていた。


弥勒は三人を順に見渡す。


「三種の神器を宿した子らよ」


「余は問おう」


三つの神器が。


小さく震えた。


「そなたらは」


「神器を持って生まれたことで」


「何を得た」


蓮が眉を寄せる。


「力について聞いているのか」


「否」


弥勒は答える。


「力を持った結果」


「何を知ったかを問うている」


沈黙。


最初に。


弥勒は蓮へ顔を向けた。


「八尺瓊勾玉の子」


「そなたは知を得た」


「世界を観測し」


「未来を計算し」


「人の心さえ、情報として読み解いた」


「知とは何だ」


蓮の右目に。


幾つもの記憶が流れる。


白河智史との盤上。


鬼塚刀真との剣。


母・神崎マリアの記憶。


菅原道真の試験。


黒龍。


徐福。


どれほど解析しても。


最後まで数式にはならなかった人々の思い。


蓮は答える。


「知ることは」


「正しい答えを持つことじゃない」


弥勒は黙って聞いている。


「僕は」


「NOESISがあれば、何でも分かると思っていた」


「相手の動きも」


「感情も」


「未来も」


「全部、計算できると思っていた」


蓮は自分の右目へ触れる。


「でも」


「人は、計算どおりには生きない」


「間違えるし」


「迷うし」


「損だと分かっていても、誰かを助ける」


剛の雷切。


マリアの契約。


武振熊の最後の一太刀。


「本物の知は」


「すべてを知ることじゃない」


「自分には分からないものがあると知ったうえで」


「それでも」


「自分で答えを選ぶことだ」


弥勒の口元が。


僅かに緩む。


「そうか」


「知の果てで」


「知らぬことを知ったか」


次に。


弥勒は澄華へ向く。


「八咫鏡の巫女」


「そなたは魂を見た」


「心を読み」


「過去を映し」


「怨霊の内にある真実さえ見通した」


「魂とは何だ」


澄華は目を閉じた。


崇徳院の悲しみ。


徐福が捨てた双子への愛情。


祈り。


呪い。


人が胸の奥へ隠してきた。


言葉にできない痛み。


「魂は」


澄華が静かに答える。


「美しいものだけではありません」


「恨みも」


「悲しみも」


「嫉妬も」


「誰にも見せられない弱さも」


「すべてが、その人の魂です」


白銀の瞳が開く。


「鏡で真実を暴くことが」


「救いになるとは限りません」


「見つけた痛みを」


「誰かが受け止めること」


「許せなくても」


「それでも、相手の存在を見捨てないこと」


澄華は胸へ手を置いた。


「魂とは」


「誰かとの縁の中で」


「何度でも、生き直そうとする心です」


「だから私は」


「人のために祈ります」


「祈りとは」


「誰かに奇跡を起こしてもらうことではなく」


「その人を見捨てないと」


「自分の心へ誓うことです」


弥勒は。


少しの間、沈黙した。


「そうか」


「魂を見通し」


「最後に、見守ることを選んだか」


そして。


天城煌へ顔を向ける。


「草薙を持つ者」


「そなたは武を得た」


「肉体を極め」


「怨霊王と刃を交え」


「古代の英雄すら退けた」


「武とは何だ」


煌は即座に答えなかった。


平将門。


春日鎮臣。


沖田。


武振熊。


戦いの中で出会った者たちの顔が浮かぶ。


「武は」


煌は口を開いた。


「敵を倒すための力じゃない」


草薙剣の柄を握る。


「勝ち続けることでも」


「誰かを従わせることでもない」


「武とは」


「戈を止める力だ」


弥勒の閉じた瞳が。


僅かに動いた。


「戦わなければ守れない時もある」


「剣を抜かなければ」


「終わらせられない戦もある」


煌は。


地面へ映る自分を見た。


「だが」


「抜いた剣を」


「最後には自分で収める」


「それができなければ」


「どれだけ強くても」


「ただの暴力だ」


徐福を斬った武振熊。


朝日に残された両剣薙刀。


「武とは」


「戦いを始める力じゃない」


「終わらせるための力だ」


弥勒は。


ゆっくりと頷いた。


「そうか」


「そのような答えへ至ったか」


穏やかな声。


だが。


煌の目は細くなる。


「なら」


「今度は俺が聞く」


草薙剣を握る手へ。


力が入る。


「俺たちをここへ連れてきた目的は何だ」


「答えは」


「すでに伝えた」


弥勒は言う。


「人の世を見定める」


「それだけだ」


「だったら」


煌の足が沈む。


「上から眺めてないで」


草薙剣が。


鞘から抜き放たれた。


「自分で確かめろ!」


踏み込み。


一瞬。


草薙の光が。


白い空間を切り裂く。


煌は。


弥勒の眼前へ到達していた。


神速の一太刀。


首筋へ。


草薙剣が振り下ろされる。


だが。


刃は届かなかった。


瞬きをした。


それだけだった。


煌は。


元の場所に立っていた。


草薙剣も。


鞘へ収まっている。


踏み込む前と。


まったく同じ姿勢。


呼吸。


心拍。


時間さえ。


一秒前へ戻されていた。


「……何をした」


煌が草薙剣を見る。


「余の私物を」


弥勒は静かに告げる。


「余へ向けたところで」


「意味はない」


「私物……?」


蓮の右目が激しく明滅する。


『時間逆行を検出――』


『否定』


『空間転移を検出――』


『否定』


『事象そのものが成立していません』


「どうなってるんだ」


蓮が問う。


弥勒は。


閉じた瞳のまま答える。


「余を」


「一つの生命と思わぬことだ」


背後の白い空間に。


星々が生まれる。


銀河。


太陽。


月。


無数の時代。


生まれては消える世界。


「余は概念そのもの」


「時であり」


「空間であり」


「神代という仕組みそのものでもある」


弥勒は両手を広げる。


「この姿は」


「そなたらと対話するため」


「人の世へ受肉した仮初めの器にすぎぬ」


三人は。


言葉を失った。


倒すべき肉体など。


最初から存在しない。


弥勒は。


神器を持つ三人へ告げる。


「さて」


「知」


「魂」


「武」


「そなたらの答えは聞いた」


閉じた両目の上。


額の第三の目が。


淡く光る。


「では次に問おう」


白い世界が。


音もなく割れ始めた。


「神より借り受けた力を失っても」


「その答えを」


「人は選び続けられるのか」

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