第八話 哀れな老人
雷切が、漆黒の袖を裂いた。
続いて。
二本の刀が左右から徐福へ迫る。
因幡剛。
村雨響香。
一度は刃を向け合った二人が。
今は呼吸を重ね、同じ敵を追い詰めていた。
「遅いわ!」
徐福の掌底が響香の刀を弾く。
そのまま身体を回し。
剛の胸へ蹴りを叩き込んだ。
「ぐっ……!」
剛が石畳を滑る。
徐福は追撃しようと踏み込む。
その瞬間。
白銀の矢が。
二人の間を縫って飛来した。
徐福は首を傾ける。
矢は頬を掠め。
背後の地面へ突き刺さった。
白い光が広がる。
月乃瀬澄華。
戦場から少し離れた場所で。
天之月弓を構えていた。
徐福の頬から。
細い血が流れる。
「鏡の巫女」
「小賢しい真似を」
澄華の白銀の瞳が輝く。
「朱童と白夜は」
徐福の動きが止まった。
「最後まで」
「あなたを信じていました」
徐福の表情から。
一瞬だけ。
感情が消えた。
「黙れ」
「あなたが戻ってきてくれると」
「信じていました」
澄華の背後に。
八咫鏡の光が広がる。
月花鏡明鏡止水
夜の神崎神社跡へ。
遠い過去が映し出された。
黄白の衣をまとった老人。
その両隣。
小さな角を持つ双子。
朱童が笑い。
白夜が老人の背中へしがみついている。
団子を分け。
文字を教え。
傷ついた身体へ薬を塗る。
まだ。
徐福が人であった頃。
まだ。
誰かを守ろうとしていた頃。
徐福の瞳が揺れた。
「やめろ」
黒い瘴気が膨れ上がる。
映像が歪む。
倒れた双子。
伸ばされた小さな手。
『徐福じい』
『戻ってきて』
最後まで。
疑わなかった声。
「やめろと言っておる!」
徐福の怒号とともに。
黒い衝撃波が放たれた。
澄華の明鏡止水が砕かれる。
その前へ。
銀紫の影が飛び込んだ。
草薙剣。
天城煌が黒い衝撃を両断する。
「お前は」
煌は徐福へ剣を向けた。
「戦を終わらせたんじゃない」
「何を知ったような口を!」
徐福が間合いへ入る。
拳と草薙剣が衝突。
火花が弾ける。
煌は退かない。
「勝てないことが怖かった」
一撃を受け流す。
「老いることが怖かった」
二撃目を弾く。
「自分が忘れられることが」
三撃目。
徐福の拳を。
草薙剣の峰で受け止めた。
「怖かっただけだ」
徐福の腕に黒龍の鱗が浮かぶ。
「ワシはこの国を守った!」
「違う」
煌が徐福を押し返す。
「お前は」
「自分の武を収められなくなったんだ」
徐福の瞳が見開かれる。
春日鎮臣から受け継いだ言葉。
武とは。
戈を止める力。
「負けることを認められず」
「戦い続けることしかできなかった」
煌は草薙剣を振り抜く。
漆黒の衣が裂ける。
「それは武じゃない」
「支配だ」
「黙れ!」
徐福の黒い拳が煌の腹部へ突き刺さった。
煌の身体が吹き飛ぶ。
石畳を転がりながらも。
草薙剣を地面へ突き立て、止まる。
その時。
青い光が。
徐福の背後へ現れた。
神崎蓮。
右目が。
激しく発光している。
徐福は振り返る。
「次から次へと」
「神器に選ばれただけの小僧どもが!」
蓮は答えない。
NOESISが。
徐福の身体を観測する。
肉体。
魂。
黒龍。
二千年分の記憶。
恐怖。
欲望。
執着。
『対象・徐福』
『感情変動を確認』
『黒龍との霊的接続が不安定化』
澄華が過去を映した。
煌が武を否定した。
二千年間。
徐福が積み重ねてきた虚像へ。
亀裂が入っている。
蓮は徐福を見つめた。
怪物ではない。
神でもない。
不死の仙人ですらない。
黒龍を前に。
老いを恐れ。
死を恐れ。
忘れられることを恐れた。
ただ一人の男。
「分かった」
蓮が呟く。
徐福の眉が動く。
「何が分かった」
「お前は」
蓮は一歩前へ出る。
「黒龍を支配したんじゃない」
徐福の背後で。
巨大な黒い影が蠢く。
「黒龍の誘惑に負けた」
「違う!」
「ワシが黒龍を飲み込んだのだ!」
黒龍の咆哮が響く。
神崎神社跡の石畳が割れる。
「ワシがこの国を導いた!」
「日本が間違えぬよう!」
「ワシが歴史を作り替えてきたのだ!」
蓮は静かに聞いていた。
言い返さない。
怒りもしない。
ただ。
目の前の男を観測している。
徐福の言葉。
呼吸。
黒龍の脈動。
魂の揺らぎ。
そのすべてが。
一つの答えへ収束していく。
「二千年間」
蓮は言った。
「お前は逃げ続けた」
徐福の顔が歪む。
「死から」
「老いから」
「敗北から」
「黙れ……」
「誰にも必要とされなくなることから」
「黙れ!」
蓮は。
最後の一枚を剥がす。
「お前は」
青い瞳が。
漆黒の奥を捉えた。
「哀れな老人だ」
徐福の表情が崩れた。
神でも。
仙人でも。
歴史の支配者でもない。
恐怖に負けた老人。
その真実を。
二千年の時を越えて。
初めて言い当てられた。
「黙れえええええッ!」
黒龍が咆哮する。
「小僧ォォォォッ!」
徐福の身体から。
黒い力が爆発した。
澄華が弓を構える。
煌が草薙剣を握り直す。
剛と響香が左右へ展開する。
それでも。
蓮だけは動かなかった。
青い光の中。
徐福の胸。
魂と黒龍の間に。
一本の黒い線が見える。
二千年間。
誰にも見つけられなかった接続点。
不老不死の起点。
黒龍が。
徐福という人間へ喰らいついた場所。
『接続箇所を確認』
『解析開始』
蓮は静かに告げた。
「見つけた」




