第六話 正解の雷
最終章 NOESIS―呪いと祈りの果てに―
第六話 正解の雷
二本の刀が、夜を裂く。
村雨響香の連撃を。
徐福は素手で捌いていた。
右の刃を手の甲で逸らし。
左の刃を漆黒の袖で受け流す。
響香は止まらない。
一閃。
二閃。
足を入れ替え。
舞うように徐福の死角へ回り込む。
「遅い」
徐福の掌が、響香の胸元へ迫る。
その瞬間。
雷切が横から割り込んだ。
金属音。
徐福の掌と刀が激突する。
「響香!」
因幡剛が、響香の隣へ滑り込んだ。
「赤鬼は煌に任せる!」
響香は横目で剛を見る。
「足を引っ張るな」
「それはこっちの台詞だ!」
二人が同時に踏み込む。
雷切と双刀。
因幡と村雨。
かつて刃を向け合った二人の剣が。
今。
同じ敵へ襲いかかった。
徐福の顔から笑みが消える。
「小次郎の孫と」
「響香が並んで、ワシに刃を向けるか」
剛が雷切を振り抜く。
「じいちゃんだけじゃねえ!」
徐福の袖が裂ける。
「てめぇが利用してきた奴ら全員の分だ!」
神崎神社跡の反対側。
赤鬼の両剣薙刀が回転する。
刃が唸り。
石畳を削り飛ばした。
蓮と剛が離れた直後。
白銀の剣閃が、その刃を真正面から受け止める。
草薙剣。
天城煌。
二人の足元から、衝撃波が広がった。
赤鬼の面の奥で。
瞳が僅かに動く。
煌は草薙剣へ力を込める。
「武振熊」
その名を聞いた瞬間。
赤鬼の両剣薙刀が止まった。
ほんの一瞬。
だが。
確かに。
二千年前の武人が、その名へ反応した。
煌は赤鬼を睨む。
「春日鎮臣から」
「武とは、戈を止める力だと教わった」
草薙剣と両剣薙刀が軋む。
「だから」
煌は一歩踏み込んだ。
「お前にも、武を収めてもらうぜ」
「武振熊!」
煌が剣を振り抜く。
赤鬼の巨体が押し戻される。
だが。
両剣薙刀が即座に反転。
煌の首を狙う。
草薙剣で受ける。
火花。
斬撃。
突き。
拳。
蹴り。
古代の英雄と。
現代の草薙継承者。
二人の武が。
真正面から激突した。
その頃。
蓮は戦場の中央を駆けていた。
正面には鵺。
猿の顔。
虎の手足。
蛇の尾。
黒雲をまとい、夜空から襲いかかる。
「逃がさん!」
賀茂雷玄が扇を振るう。
雷の結界が展開。
鵺の周囲を、紫電の柱が囲んだ。
左側。
牛鬼が千の坂東武者を薙ぎ払う。
槍が折れ。
騎馬が吹き飛ばされる。
それでも。
武者たちは退かない。
「押せ!」
「怯むな!」
将門の号令に。
千の兵が再び牛鬼へ殺到する。
右側。
がしゃどくろの巨大な腕が振り下ろされた。
数千の白狐が、その腕へ巻きつく。
「ウカ様!」
コンが叫ぶ。
「これ以上は、抑えきれませぬ!」
ウカは震える両手を伸ばしていた。
白い霊力が。
小さな身体から絶え間なく溢れている。
「……まだ」
掠れた声。
「離さない」
蓮の右目が青く光った。
『対象を同時観測』
『鵺』
『牛鬼』
『がしゃどくろ』
三体の妖怪に。
無数の青い情報線が伸びていく。
『鵺――複数の動物霊による混成体』
『牛鬼――外皮に高密度呪力を確認』
『がしゃどくろ――多数の人骨と怨念による集合体』
『賀茂家の雷結界』
『坂東武者の攻撃配置』
『稲荷家の霊力拘束』
蓮の視界に。
戦場全体の軌道が表示される。
「賀茂さん!」
「結界を三十度、東へ!」
賀茂雷玄が扇を返す。
「承知!」
雷の柱が移動。
鵺の逃げ道を塞ぐ。
「坂東武者は牛鬼の右脚へ集中!」
将門が大太刀を掲げた。
「聞いたか!」
「右脚を潰せ!」
千の槍が。
一斉に牛鬼の右脚へ突き立てられる。
「コン!」
「狐をがしゃどくろの右肩へ集めて!」
「心得ました!」
白狐の群れが渦を巻く。
巨大な骨の肩が軋む。
蓮は三体を見据えた。
『同時撃破経路を算出』
『演算中』
『成功率――四・七パーセント』
低い。
足りない。
攻撃力ではない。
戦力でもない。
何か。
計算に含まれていないものがある。
鵺が結界を噛み砕く。
牛鬼が槍を振り払い。
がしゃどくろが白狐の拘束を引きちぎろうとする。
『再計算』
『成功率――三・一パーセント』
蓮は歯を食いしばった。
「何が足りない……」
その時。
空が白く輝いた。
轟雷。
一本の雷が。
鵺を撃ち抜く。
続いて。
二本目が牛鬼へ。
三本目が、がしゃどくろの頭蓋へ落ちた。
白い雷光が。
熊野の夜を昼のように照らす。
三体の妖怪から。
黒い瘴気が一斉に吹き飛んだ。
『未知の霊力を検出』
蓮が空を見上げる。
白い装束。
静かに揺れる袖。
雷を背負い。
一人の男が、宙に立っていた。
「神崎蓮よ」
厳かな声が戦場へ響く。
「その計算では」
「妖は倒せぬぞ」
蓮の目が見開かれる。
「天神様……!」
菅原道真。
かつて。
蓮へ五つの試験を課した学問の神。
怨霊ではない。
黒龍の呪いを自ら祓い。
本来の神の姿へ戻った天神が。
今。
蓮の前へ降り立った。
道真は扇を開く。
「妖とは」
「人の恐れと、語りによって形を得たもの」
「数だけを解いても」
「答えには辿り着けぬ」
鵺が咆哮する。
牛鬼が立ち上がる。
砕けたがしゃどくろの頭蓋が、黒い霧によって再生を始める。
道真は三体を見渡した。
「黒龍に操られし妖どもには」
白い雷が、扇へ集まる。
「正解を」
「教えてやらねばならぬのう」
蓮は一瞬だけ黙った。
そして。
拳を握る。
「では」
青い右目で、妖怪たちを見据えた。
「追試をお願いします」
道真は僅かに笑った。
「よかろう」
雷鳴。
天神の白雷と。
NOESISの青い光が重なる。
賀茂雷玄が結界を閉じる。
千の坂東武者が陣形を組む。
ウカとコンが、数千の狐を再び解き放つ。
計算だけでは届かない。
祈りだけでも倒せない。
知と。
雷と。
武と。
人の祈り。
すべてを重ねて。
初めて辿り着く答え。
蓮は手を前へ伸ばした。
『再計算』
『新規要素――天神・菅原道真』
『攻略経路を更新』
青い光の中。
新たな数字が浮かぶ。
『成功率――九十七・八パーセント』
蓮は静かに告げた。
「正解が、見えました」
道真の扇が振り下ろされる。
白い雷が。
三体の妖へ降り注いだ。




