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NOESISーノエシスー  作者: 月乃瀬
最終章 ー呪いと祈りの果てにー
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第五話 戈を止める

刃と刃が交差した。


甲高い金属音。


神崎神社跡の石畳に、火花が散る。


天城煌は草薙剣を構えたまま。


目の前の剣士を見据えていた。


浅葱色の羽織。


細い身体。


どこか無邪気な笑み。


沖田総司。


「いいねぇ」


沖田は菊一文字を軽く振る。


「その剣」


「よく切れそうだ」


視線が草薙剣へ注がれる。


人を見る目ではない。


珍しい玩具を見つけた子供のような目だった。


「僕が扱うに、ふさわしい」


煌の眉が僅かに動く。


沖田は笑った。


「欲しいものは、手に入れたい性質でね」


刀身を水平へ構える。


切っ先が。


煌の喉元へ向けられた。


空気が変わった。


「だから」


「もらうよ」


沖田の姿が消える。


一突き。


二突き。


三突き。


三つの刺突が、ほぼ同時に煌へ迫った。


天然理心流。


無明剣。


三段突き。


一度目は。


煌の黒いコートを裂いた。


だが。


「同じ技は」


煌の足が横へ滑る。


「俺には通用しない」


一突き目を避ける。


二突き目を草薙剣で受け流す。


三突き目。


沖田が最も深く踏み込んだ、その刹那。


煌は草薙剣を振り下ろした。


金属が砕ける音。


菊一文字が。


刀身の中央から叩き折られた。


沖田の瞳が大きく開く。


「な――」


煌の右脚が。


沖田の腹部へ突き刺さった。


轟音。


沖田の身体が宙を舞い。


焼け落ちた石灯籠を突き破る。


瓦礫の中。


沖田は片膝をついた。


口元から血が落ちる。


その手には、半分になった菊一文字。


「強いなぁ」


沖田は笑った。


「やっぱり」


「その剣が欲しい」


黒い霧が。


折れた刀へ集まっていく。


砕けた刃が。


黒龍の霊力によって、少しずつ再生を始めた。


煌は目を細める。


「まだ立つのか」


「まだだ」


沖田の声が震える。


「黒龍の力を借りれば」


「まだ、斬れる」


再生した刀を握り。


立ち上がろうとする。


その時だった。


地面が揺れた。


重い蹄の音。


一度。


二度。


戦場全体へ響く。


沖田の前に。


巨大な影が立った。


漆黒の馬。


その背には。


あまりにも大きな鎧武者。


兜の隙間から。


炎のような眼光が覗いている。


平将門。


その背後。


霧の中から、無数の武者たちが姿を現した。


一騎。


十騎。


百騎。


そして。


千騎。


坂東の地を駆け。


王とともに戦い。


王とともに歴史から消された武者たち。


将門は大太刀を掲げた。


「我」


その声だけで。


戦場の妖怪たちが動きを止めた。


「日本の守り神として」


「千の武士とともに、馳せ参じたり!」


沖田が顔を上げる。


「将門公……」


将門の眼光が、沖田を射抜く。


「うぬは」


「まだ戈を収める武を、解しておらぬのか」


沖田は再生した刀を構える。


「僕はただ」


「もっと剣を極めたいだけです」


「未熟者め!」


将門の怒号が夜を揺らした。


「とうに勝敗は決しておるわ!」


大太刀が振り下ろされる。


迷いはない。


躊躇もない。


一刀。


沖田の身体を。


刀ごと斬り伏せた。


「まだ……」


沖田の身体が崩れていく。


「まだだ……」


指先が灰となる。


浅葱色の羽織が、夜風に揺れた。


「僕は」


「剣を……」


穏やかな顔で。


沖田は最後に笑った。


「極めたかっただけなのに……」


そして。


灰となって消えた。


煌は草薙剣を下ろす。


将門が馬上から見下ろした。


「天城よ」


「相変わらず、甘いやつよ」


煌は将門を睨む。


「あんたは相変わらず」


「容赦がないな」


将門は鼻を鳴らした。


「戦場での甘さは」


「守るべき者を殺す」


煌は何も返さなかった。


春日鎮臣の言葉が。


胸の奥へ蘇る。


武とは。


戈を止める力。


煌は沖田を斬らなかった。


刀を折り。


戦いを終わらせようとした。


だが。


沖田は黒龍の力によって、再び立ち上がった。


止めるだけでは。


救えない者もいる。


煌は、灰の消えた場所を見つめた。


将門は千騎へ振り返る。


大太刀を高く掲げた。


「さあ!」


その声に。


千の武者が刀を抜いた。


「坂東武者どもよ!」


「今宵は」


「日本の国のため!」


「存分に暴れてくるがよい!」


将門の大太刀が。


百鬼夜行へ向けられる。


「妖を討てい!」


「応!」


千の声が重なった。


坂東武者たちが一斉に駆け出す。


弓が放たれ。


騎馬が土蜘蛛の残党を踏み越え。


刀と槍が妖怪たちへ襲いかかった。


百鬼夜行と。


千の坂東武者。


二つの軍勢が激突する。


春日鎮臣が白鹿の背から、その光景を見た。


「敵であった時は」


「まことに厄介な男よ」


八幡宗介も通信端末を操作しながら苦笑する。


「味方になると」


「これほど心強い人もいませんね」


「違いない」


轟音。


その声を掻き消すように。


大地が裂けた。


巨大な百足が地面から飛び出す。


大百足。


黒く硬い甲殻。


数え切れないほどの脚。


その巨体が再び地面へ潜り。


次の瞬間。


別の場所から姿を現した。


「ちょこまかと!」


玉置岩戸の拳が地面を砕く。


衝撃波が走る。


大百足の身体が僅かに浮く。


しかし。


甲殻は砕けない。


岩戸は拳を振りながら笑った。


「こいつは硬いねぇ!」


「わたしの拳でも」


「なかなか砕けないとは!」


大百足が地中へ潜る。


岩戸の背後。


地面が膨れ上がった。


「後ろです!」


煌が叫ぶ。


岩戸は振り返らない。


背後へ拳を叩き込む。


大地が爆発。


飛び出した大百足の頭部を、正面から殴り返した。


だが。


大百足は止まらない。


巨体をくねらせ。


再び岩戸へ襲いかかる。


その時。


銀紫の光が戦場を走った。


煌。


草薙剣を携え。


人間とは思えぬ速度で駆けてくる。


「岩戸さん!」


「そいつを上へ引っ張り出してくれ!」


「任せな!」


玉置岩戸は大百足の身体へ両腕を回した。


無数の脚が。


岩戸の腕と肩へ絡みつく。


甲殻が皮膚を裂く。


それでも。


岩戸は笑っていた。


「大地の中なら」


「お前の領分だろうけどねぇ!」


地面を踏み抜く。


腰を落とし。


全身の力で。


巨大な百足を地中から引きずり出す。


「地上は!」


岩戸が大百足を持ち上げた。


「わたしの領分だよ!」


その巨体を。


空中へ投げ飛ばす。


夜空を覆うほどの大百足が、宙へ舞った。


煌は足を止めない。


草薙剣へ。


白銀の光が集まる。


大百足の身体。


無数の節。


甲殻と甲殻の間にある。


僅かな隙間。


煌の瞳が。


そのすべてを捉えた。


一閃。


煌の姿が消える。


次の瞬間。


大百足の巨体を、無数の斬撃が走った。


頭。


胴。


尾。


数百の節が。


寸分の狂いもなく切断されていく。


轟音とともに。


大百足の身体がばらばらに落下した。


地面へ触れる前に。


一つ。


また一つ。


灰となって消えていく。


煌は草薙剣を振り。


刀身についた黒い霧を払った。


玉置岩戸が口笛を吹く。


「やるねぇ」


「草薙を、ここまで扱えるとは」


「大したもんだ」


煌は剣を肩へ乗せた。


「一心同体みたいなものだからな」


「言うじゃないか」


岩戸は豪快に笑った。


その背後。


千の坂東武者が百鬼夜行へ斬り込んでいく。


平将門の大太刀が。


牛鬼の角を叩き折った。


煌は、その姿を見つめる。


かつて。


天城家を滅ぼした怨霊王。


今は。


日本を守る神として、妖を斬っている。


人は変わる。


怨霊も。


武人も。


そして。


自分も。


煌は草薙剣を握り直した。


戈を止める。


それは。


ただ相手の剣を折ることではない。


戦いを終わらせるために。


最後まで。


責任を負うこと。


「行くぞ」


煌は再び走り出す。


その背を。


将門の笑い声が追いかけた。


「それでこそよ!」


「天城煌!」


千騎の咆哮が。


熊野の夜を揺らした。

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