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NOESISーノエシスー  作者: 月乃瀬
最終章 ー呪いと祈りの果てにー
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第四話 天下無双の弓矢

矢が夜空を裂いた。


一本。


二本。


いや。


八本。


青鬼は八本の矢を同時に番え、弦を引き絞っていた。


狙いは、月乃瀬澄華ではない。


戦場の端。


土蜘蛛と戦う、諏訪洸牙と山岳衆。


「……!」


澄華の白銀の瞳が輝く。


『射線を観測』


『着弾地点――八箇所』


澄華は走りながら天之月弓を引いた。


一射。


放たれた白銀の矢が空中で八つに分かれる。


甲高い音が連続して響いた。


青鬼の矢が、すべて撃ち落とされる。


「助かったぜ!」


土蜘蛛の身体へ張ったロープを握りながら、諏訪洸牙が叫ぶ。


「月乃瀬の巫女さん!」


山岳衆は、蜘蛛の巣を足場にして巨大な土蜘蛛の身体を登っていた。


岩壁を登るように。


互いの身体をロープでつなぎ。


巨大な八本の脚へ、次々と固定具を打ち込んでいく。


だが。


土蜘蛛が暴れるたび、地面が揺れた。


ロープが軋む。


一人でも手を離せば、全員が蜘蛛の巣の底へ落ちる。


青鬼はそれを見ていた。


澄華が、誰かを守るために矢を使うことを。


「甘い」


青鬼は再び弓を構えた。


狙いを澄華へ戻す。


弓に黒い霊力が集まり。


一本の矢が、数十本へ。


数十本が、数百本へと増殖していく。


「那須流弓術」


夜空が黒く染まった。


「天地千本矢!」


千本の矢が。


雨のように澄華へ降り注いだ。


逃げ場はない。


澄華が弓を構える。


しかし。


千本。


そのすべてを撃ち落とす時間はない。


矢の雨が、澄華へ迫る。


その時だった。


巨大な鎌が。


夜空を横切った。


一閃。


二閃。


百。


千。


目にも止まらぬ斬撃が、降り注ぐ矢を次々と切り落としていく。


「魔縁ノ鎌」


黒い羽根が舞った。


「千断」


千本の矢が。


澄華へ届く直前に、すべて砕け散った。


澄華が振り返る。


月明かりの下。


黒い装束をまとい。


巨大な鎌を携えた男が立っていた。


「あなたは……」


澄華の瞳が大きく開く。


「崇徳院」


崇徳天皇は、静かに夜空を見上げた。


かつて。


すべてを呪い。


大魔縁となった男。


だが今。


その鎌は、人を守るために振るわれていた。


「余も」


「祈りを受けた日本の神として参った」


崇徳院は青鬼へ鎌を向ける。


「そして」


「余の祈りも、今度こそ届けよう」


澄華を見た。


「月宮の巫女よ」


「一矢に集中するのじゃ」


青鬼の面の奥で、瞳が揺れた。


「天下無双の弓使いは」


再び弦を引く。


「二人もいらぬ!」


矢が放たれる。


十。


百。


千。


青鬼の矢が、夜を埋め尽くす。


崇徳院が鎌を振るう。


「無粋よ」


千本の矢と。


千の斬撃が激突する。


黒い矢が砕け。


白い火花となって空へ散った。


その中心。


澄華は動かなかった。


天之月弓を構え。


ただ一人。


青鬼を見つめている。


風。


呼吸。


指先。


青鬼の仮面の奥にある、小さな揺らぎ。


天下無双であることに執着し。


誰よりも優れた弓使いでなければ、自分の存在を認められなかった魂。


澄華は、そこへ矢を向けた。


「月花鏡千里眼」


白銀の瞳が輝く。


「月読必中」


放たれたのは。


たった一本の矢。


けれど。


そこには、澄華だけではない。


諏訪の者たち。


崇徳院。


この戦場で、誰かを守ろうとする者たちの祈りが込められていた。


青鬼も矢を放つ。


二本の矢が交差する。


青鬼の矢が砕けた。


白銀の一矢は、そのまま進む。


青鬼の額へ。


直撃。


仮面が割れた。


青い破片が、夜空へ散る。


その下から現れたのは。


静かな顔をした、一人の武人。


那須与一。


「……我は」


崇徳院が鎌を掲げた。


「縁切りは、余に任せよ」


鎌が空を斬る。


那須与一の背後へ伸びていた、黒い糸。


徐福と。


黒龍と。


二千年の執着をつないでいた縁が断ち切られる。


「魔縁ノ鎌――縁断」


那須与一の瞳から、黒い光が消えた。


彼は自らの弓を見下ろした。


そして。


澄華へ穏やかな視線を向ける。


「見事」


それだけを残し。


身体が灰となって崩れていく。


夜風が。


灰を空へ運んだ。


「おい!」


諏訪洸牙の声が響く。


「崇徳院! 月乃瀬の巫女さん!」


「こっちも頼む!」


土蜘蛛が咆哮する。


山岳衆が張った無数のロープが、今にも千切れようとしていた。


崇徳院が鎌を肩へ担ぐ。


「次は妖か」


口元に笑みを浮かべた。


「よかろう」


鎌が閃く。


土蜘蛛の脚を、千の斬撃が襲った。


外殻が砕け。


巨大な身体が地面へ沈む。


「今じゃ!」


澄華が弓を引く。


白い光が矢へ集まる。


「月花鏡千里眼」


「浄化ノ矢」


矢が土蜘蛛の額を貫いた。


黒い瘴気が溢れ。


巨大な身体が白い光へ包まれる。


やがて。


土蜘蛛もまた。


灰となって消えていった。


諏訪洸牙はロープを肩へ担ぎ直した。


「天下無双の弓使いってのは」


澄華を見て笑う。


「月乃瀬の巫女さんのことだな」


崇徳院も頷いた。


「異論はない」


澄華は静かに首を振った。


「私一人の力ではありません」


崇徳院の鎌。


諏訪の者たちが守った戦線。


そして。


矢に込められた祈り。


そのすべてがあったから。


届いた一矢だった。


 


神崎神社跡の中央。


徐福が蓮との距離を取った。


砕け散る青鬼の仮面を見て。


漆黒の瞳を細める。


「与一め」


「私欲に駆られ、隙を見せおったか」


そして。


崇徳院へ視線を向ける。


「まさか」


「貴様まで、ワシへ刃を向けるとは」


その瞬間。


二本の刀が徐福へ迫った。


村雨響香。


徐福は片手で一刀を逸らし。


身体を捻って、もう一刀を受け流す。


「響香よ」


「ワシへの恩義を忘れたか!」


響香の瞳に、迷いはなかった。


「お前に恩義など」


「感じたことは一度もない!」


二刀が舞う。


「私はただ」


「剣技への執着を、黒龍に利用されただけだ!」


徐福の頬を、刃が掠めた。


細い血が流れる。


「徐福」


響香は二刀を構え直す。


「お前を討ち取る」


 


入れ替わるように。


蓮が戦場を駆けた。


向かう先には赤鬼。


両剣薙刀が唸る。


剛の雷切と激突。


そこへ蓮の拳が、赤鬼の側面から迫った。


赤鬼は薙刀を回転させ。


二人の攻撃を同時に弾く。


蓮と剛は地面を滑りながら、すぐに体勢を立て直した。


「一緒に鍛えてた頃が懐かしいな」


剛が雷切を構える。


「ここまでの化け物と戦うのは」


「想定外だったけどな」


蓮の右目が青く輝く。


「僕もだ」


二人が同時に踏み込む。


剛が正面。


蓮が死角。


拳と刀。


異なる攻撃が、同時に赤鬼へ迫る。


しかし。


赤鬼は捌く。


受ける。


弾く。


そして、反撃する。


両剣薙刀の刃が、蓮の首元を掠めた。


剛が雷切で弾き返す。


一瞬の隙も許されない。


一度でも呼吸を乱せば。


次の瞬間には、首が落ちる。


それでも。


蓮と剛は止まらなかった。


二人の連撃が。


徐々に。


赤鬼の両剣薙刀へ食い込んでいく。


戦場は。


さらに激しさを増していた。

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