第二話 開戦
焼け落ちた神崎神社跡。
風は止まっていた。
鳥も鳴かない。
石畳を挟み。
十六氏族と百鬼夜行が向かい合っている。
誰一人、動かない。
けれど。
その静寂は、平穏ではなかった。
刃を抜く直前。
世界そのものが息を止めているような静けさだった。
百鬼夜行の中央。
漆黒の衣をまとった徐福が、一歩前へ出る。
その瞳が、神崎蓮を捉えた。
「お前達親子には」
「ほとほと、手を焼かされておる」
蓮の右目が青く光る。
「母さんが止められなかったものを」
「今度は、俺が止める」
徐福の口元が僅かに歪んだ。
次に。
白い巫女装束の少女へ視線を移す。
「月乃瀬の鏡巫女」
「この世には、見てはならぬものもあるのだ」
澄華は怯まなかった。
白銀の瞳で。
徐福の奥に蠢く黒い影を、まっすぐに見つめる。
「見ないふりをしたから」
「苦しみは、二千年も残りました」
「私は見ます」
「あなたが隠してきたものを」
「すべて」
徐福の眉が僅かに動いた。
その視線が、天城煌へ向く。
「将門を使っても」
「天城家は壊滅せなんだか」
煌の手が、草薙剣の柄へ触れた。
「将門は、あんたの道具じゃない」
低い声だった。
「武人の誇りまで利用できると思うな」
徐福の瞳から、笑みが消える。
そして。
黒い特攻服の少年を見た。
「因幡剛」
「ワシを唯一斬った」
「因幡の忌まわしき剣士の孫か」
剛の腰には雷切。
鞘の中で。
刀が低く鳴った。
「じいちゃんの名前を」
「その口で呼ぶんじゃねえ」
剛は一歩前へ出る。
「次にあんたを斬るのは」
「俺だ」
最後に。
徐福の視線が、安倍天明で止まった。
その瞬間。
初めて。
二千年を生きた男の顔に、明確な動揺が走った。
「お前は……」
徐福の声が掠れる。
「晴明か」
「なぜ、まだ生きておる」
天明はいつものように、糸のような目を細めた。
「いややなぁ」
「そない昔の男と間違えんといてほしいわ」
「ワシは安倍天明――」
そこまで言った時だった。
頭の奥で。
何かが砕けた。
星空。
五芒星。
燃える京の都。
無数の式神。
白狐。
夜の御所。
血に濡れた扇。
そして。
漆黒の衣をまとった徐福。
知らないはずの光景が。
記憶となって、天明の中へ流れ込んでくる。
『安倍家禁忌秘伝』
『記憶継承術』
それは、魂を蘇らせる術ではない。
死者を生き返らせる術でもない。
知識。
術式。
感情。
恐怖。
そして、果たせなかった使命。
そのすべてを情報として血脈へ刻み。
遥か未来の継承者へ渡す禁術。
安倍晴明は。
死を越えて生きていたのではない。
記憶となって。
この時代へ辿り着いたのだ。
天明の膝が沈む。
額から汗が落ちる。
脳が焼ける。
千年分の術式が、一人の人間へ流れ込んでくる。
「天明!」
煌が声を上げる。
しかし。
天明は片手を上げた。
「大丈夫や」
ゆっくりと顔を上げる。
これまで細く閉じられていた両目が。
静かに開いた。
その瞳の奥で。
金色の五芒星が回転している。
「そういうことか」
天明は自分の胸へ手を当てた。
「ワシは晴明やない」
「ワシは、安倍天明や」
風が吹いた。
黒い髪が揺れる。
「せやけど」
「晴明の記憶も」
「術も」
「あんたへの借りも」
「全部、受け継いだ」
徐福が一歩、後ろへ下がった。
ほんの僅か。
誰にも気づかれないほどの一歩。
だが。
蓮の右目は、それを見逃さなかった。
『対象・徐福』
『生体反応に変化』
『感情解析』
『恐怖』
蓮は地面を蹴った。
石畳が砕ける。
青い光が一直線に走った。
徐福の顔面へ。
蓮の拳が迫る。
だが。
その拳は、黒い手に受け止められた。
衝撃。
境内の瓦礫が吹き飛ぶ。
徐福の腕から黒龍の鱗が浮かび上がる。
「来い」
「神崎蓮」
徐福が腕を振る。
蓮の身体が鳥居跡を突き破り、森の中へ吹き飛ばされた。
次の瞬間。
蓮は空中で姿勢を立て直す。
木の幹を蹴り。
再び徐福へ向かって加速した。
『敵戦闘動作を観測』
『予測演算開始』
青い光と。
黒い瘴気が激突する。
それが。
戦いの合図となった。
「総員、散開!」
天明の声が戦場を貫く。
十六氏族が一斉に動いた。
春日鎮臣が白鹿とともに駆ける。
巨大な弁慶の薙刀を、素手で受け止めた。
村雨響香が二刀を抜き。
赤鬼の両剣薙刀と火花を散らす。
賀茂雷玄が扇を振るい。
夜空から襲いかかる鵺を雷の結界へ閉じ込める。
玉置岩戸は大地へ拳を叩き込み。
地中を進む大百足の巨体を地上へ引きずり出した。
諏訪洸牙と山岳衆が、土蜘蛛の糸を駆け上がる。
車折千代の笹が舞い。
黒い霧の中へ、一筋の道を生み出す。
八幡宗介の指示で。
後方の通信と救護、物資の流れが動き始めた。
だが。
百鬼夜行は、止まらない。
牛鬼の角が結界を砕く。
がしゃどくろの腕が、氏族の陣形を薙ぎ払う。
蘆屋道満の呪符が空を覆い。
沖田総司の刃が、人の目では追えぬ速度で走る。
一人を抑えれば。
別の妖が襲いかかる。
一体を倒せば。
黒い地脈から、再び怨念が湧き上がる。
強い。
あまりにも。
二千年の呪いは。
十六氏族が揃っただけで退けられるほど、甘くはなかった。
境内中央。
蓮の拳と徐福の掌が、再び衝突する。
青と黒。
祈りと呪い。
母から託された少年と。
神になろうとした仙人。
その一騎打ちを中心に。
神崎神社跡のすべてが。
戦場へ変わっていく。
退路はない。
正しい未来へ続く保証もない。
それでも。
誰一人として。
後ろへは下がらなかった。
二千年続いた因縁を終わらせるため。
最終決戦が。
始まった。




