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NOESISーノエシスー  作者: 月乃瀬
第五章 十六氏族編
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第十話 大地の記憶

立里家を後にした五人は。


さらに深く。


紀伊山地へ入っていた。


目指すは。


玉置神社。


国常立尊の系譜を継ぐ。


十六氏族最後の一角。


玉置家だった。


古い石段を登るたび。


空気が重くなる。


息苦しいのではない。


大地そのものが。


巨大な生命として脈打っている。


『地下に極大霊子反応』


『深度――測定不能』


『解析領域を日本列島規模へ拡張』


神崎蓮の右目が。


青白く輝く。


しかし。


NOESISをもってしても。


その全容を捉えることはできなかった。


「無理に見ようとするんじゃないよ」


突然。


頭上から声が落ちてきた。


五人が見上げる。


巨大な神代杉の枝。


そこに。


一人の女が座っていた。


長い淡い金茶色の髪。


白い修験装束。


濃紺の袴。


深緑の羽織が。


山の風に揺れている。


女は枝から飛び降りた。


巨体が石畳へ着地する。


轟音。


大地が沈み。


五人の足元まで亀裂が走った。


「玉置家当主」


「玉置岩戸だ」


外見は四十代ほど。


だが。


その瞳には。


人の寿命では測れない深さがあった。


「立里の爺さんから、これを預かってきた」


天明が古い霊脈図を差し出す。


岩戸は一瞥する。


「当主には会えなかったか」


「日本中を旅してるらしいわ」


「相変わらずだねえ」


岩戸は呆れたように笑った。


だが。


その声音には。


古い友を懐かしむ響きがあった。


「岩戸さんは、その当主を知ってはるん?」


天明が尋ねる。


「ああ」


「あいつは昔から、呼んでも来ない」


「だが」


岩戸は空を見上げた。


「祈りが本当に必要な場所には」


「必ず現れる男だ」


天明の胸の奥で。


何かが微かに脈打った。


岩戸の視線が。


すぐに天明へ向く。


「お前」


「妙なものを抱えているね」


「え?」


「自分の記憶じゃないものを」


「随分と奥深くへ隠している」


天明の笑顔が引きつる。


「初対面の人間の心を暴くんは、趣味悪いで」


「私は心なんて読めないよ」


岩戸は。


裸足の裏で大地を踏みしめた。


「大地が教えてくれるだけさ」


岩戸は境内の中央へ進み。


片膝をついた。


そして。


掌を石畳へ当てる。


「地上の歴史は書き換えられる」


「文字は焼ける」


「人の記憶も消える」


「だが」


「大地に刻まれたものは消えない」


瞬間。


岩戸の掌から。


翡翠色の光が広がった。


石畳が透き通り。


地下深くを流れる。


巨大な光の奔流が姿を現す。


山。


川。


神社。


寺。


霊場。


人々が祈りを捧げてきた土地。


無数の流れが。


日本列島をかたどっていく。


「これが……霊脈」


澄華の白銀の瞳へ。


大地の光が映り込む。


「神社が霊脈の上に建っているんじゃない」


岩戸が言った。


「祈りが積み重なった場所へ」


「霊脈が道を作ったんだ」


一つ。


また一つ。


光の中に。


十六の柱が立ち上がる。


神崎。


月乃瀬。


天城。


因幡。


安倍。


椿。


春日。


車折。


稲荷。


村雨。


立里。


籠。


賀茂。


諏訪。


八幡。


そして。


玉置。


それぞれの氏族が守ってきた霊脈が。


地下で一つへ結ばれていた。


「十六氏族は」


「別々の神を祀る家じゃない」


「この国を巡る祈りを」


「絶やさぬための十六の柱だ」


だが。


その光の一部へ。


黒い染みが混じっている。


一本。


二本。


やがて。


全国を巡る霊脈の中から。


無数の黒い流れが浮かび上がった。


恐怖。


憎悪。


嫉妬。


孤独。


絶望。


人が抱いた負の感情が。


黒い濁流となって。


一つの場所へ集まっていく。


紀伊半島。


熊野。


蓮の右目へ。


激しい警告が走った。


『極大呪詛反応』


『八尺瓊勾玉の旧接続記録と一致』


『該当地点――』


岩戸の拳が。


光の中心を示す。


「熊野大斎原」


「神崎神社跡だ」


蓮の呼吸が止まった。


炎に包まれる社。


崩れ落ちる鳥居。


血に染まった石段。


幼い頃。


母の記憶の中で見た。


すべての始まり。


神崎マリアが生まれ。


家族を奪われ。


故郷を失った場所。


「神崎神社は」


「八尺瓊勾玉を守るだけの社ではなかった」


岩戸が語る。


「全国から祈りと記憶を受け取り」


「勾玉へ集め」


「必要な智慧として」


「再び人の世へ返す場所だった」


蓮の胸元で。


勾玉が淡く輝く。


全国の神社と霊場が末端。


十六氏族が中継点。


神崎神社が集約所。


そして。


八尺瓊勾玉が。


祈りと記憶を受け取る中枢。


「NOESISの原型……」


蓮が呟いた。


岩戸は頷く。


「だから徐福は、神崎家を滅ぼした」


「勾玉が生きている限り」


「歴史をどれほど書き換えても」


「消せない記憶が残る」


「黒龍の正体も」


「自らの不老不死を終わらせる方法も」


「いつか、暴かれるからだ」


煌が黒い流れを見つめる。


「それなら」


「なぜ徐福は、その場所を完全に破壊しなかった」


「破壊するより」


「利用した方が都合がよかったからさ」


岩戸が。


大地へ拳を叩き込む。


光の流れが反転する。


全国から神崎神社へ集まっていた祈りが。


黒い呪いへと変わり。


黒龍の鼓動と重なった。


どくん。


どくん。


日本列島全体が。


巨大な心臓のように脈打つ。


「徐福は」


「祈りを集める道を反転させた」


「智慧の回路を」


「呪いの回路へ作り替えたんだ」


「今の神崎神社跡は」


「徐福の不老不死と黒龍を支える」


「巨大な心臓だ」


剛が。


雷切の柄を握る。


「だったら」


「その心臓をぶった斬ればいいんだな」


「駄目だ」


蓮が即座に答えた。


「そこを壊せば」


「日本中の祈りの道まで失われる」


青く輝く右目が。


黒い濁流の中に残る。


微かな白い光を捉える。


「壊すんじゃない」


「取り戻す」


「徐福が二千年かけて」


「呪いへ反転させたこの道を」


「もう一度」


「人々の祈りを運ぶ道へ戻すんだ」


岩戸は。


豪快に笑った。


「いい目になったじゃないか」


そして。


大地から拳を引き抜く。


「決戦の本質は」


「場所を奪い合うことじゃない」


「同じ大地を」


「呪いが支配するのか」


「祈りが取り戻すのか」


「それを決める戦いだ」


澄華が八咫鏡を抱き。


煌が草薙の剣へ手を添える。


剛が雷切を背負い直す。


天明は。


胸の奥に眠る。


自分ではない記憶の存在を感じていた。


「これで」


剛が口を開く。


「十六氏族の力がそろえば、勝てるんだな」


だが。


岩戸は首を横へ振った。


「まだ足りない」


「十六全部そろってもかよ」


「氏族がつなげられるのは」


「神々が残した大きな道だ」


岩戸は。


日本列島の光の外側へ手を伸ばす。


そこには。


霊脈にも届かない。


小さな暗闇が無数に広がっていた。


「この国を支えてきたのは」


「神の血を引く者だけじゃない」


「名も残らず」


「神社へ声を届けることさえできず」


「それでも誰かを願い続けた者たちがいる」


「その祈りを拾わなければ」


「すべての祈りにはならない」


澄華が尋ねる。


「その声を」


「聞くことができる方がいるのですか」


岩戸は頷いた。


「いるよ」


「十六氏族の外側で」


「二千年もの間」


「名もなき人々の願いを」


「聞き続けてきた者がね」


山の奥から。


微かな蹄の音が聞こえた。


一度。


また一度。


白い霧の向こうを。


何かが歩いていく。


だが。


姿は見えない。


岩戸は。


その音が消えた方角を指した。


「会いに行きな」


「お前たちに足りない」


「最後の祈りを知る者へ」


大地の光が消える。


最後まで残ったのは。


熊野大斎原。


神崎神社跡に灯る。


巨大な黒い鼓動だった。


すべては。


あの場所から始まった。


そして。


二千年の因縁を終わらせる戦いも。


あの場所で始まろうとしていた。

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