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NOESISーノエシスー  作者: 月乃瀬
第五章 十六氏族編
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第八話 阿部と賀茂と

京都・上賀茂。


賀茂家本邸へ続く石畳を歩きながら。


安倍天明は、何度目か分からないため息をついた。


「あいつとは、ほんま馬が合わへんというか」


「昔から路線が違うかったからなあ」


隣を歩く因幡剛が、露骨に顔をしかめる。


「だったら一人で来いよ」


「なんで俺がついてこなきゃいけねえんだ」


「まあまあ」


天明は、いつもの細い目で笑った。


「因幡ちゃんがおったほうが、話がまとまるねん」


「たぶんな」


「最後の一言が不安なんだよ!」


剛の声が、静かな境内へ響く。


その瞬間。


前方の空気が変わった。


石畳へ、金色の線が走る。


一筋。


二筋。


幾何学的な文様が瞬く間に広がり。


巨大な結界が二人を包囲した。


剛が腰の雷切へ手を伸ばす。


「おい、歓迎されてねえぞ」


「大丈夫や」


「賀茂ちゃんの挨拶みたいなもんやから」


「誰が、ちゃんだ」


低い声が響いた。


本殿へ続く門の前。


深緑の髪。


黒と深緑の装束。


その上を、金色の結界文様が走っている。


賀茂家当主。


賀茂雷玄。


一切の隙がない男だった。


天明が片手を上げる。


「久しぶりやな、賀茂ちゃん」


「お前は本当に、相変わらずふざけた奴だ」


雷玄の眉が僅かに動く。


「そういう軽いところが、昔から気に食わない」


剛が大きく頷いた。


「賀茂の兄さん、よく分かってるじゃねえか!」


「俺もいつも馬鹿にされてんだぜ!」


「因幡ちゃんまで、そっちへ行かんといてーな」


「お前は緊張感がない」


「おう!」


「無駄口が多い」


「そのとおり!」


「実力があるくせに、正面から責任を負おうとしない」


「分かるぜ!」


剛と雷玄の間に。


奇妙な信頼が生まれていた。


「やめてーな」


天明は胸元を押さえる。


「二人してそんなに言わんでもええがな」


「ほんで賀茂ちゃん」


笑みを崩さぬまま。


その声だけが、静かに変わった。


「今日は十六氏族として、協力してもらいに来たんやで」


雷玄は答えない。


門を背にしたまま、天明を見つめている。


「徐福を討つつもりか」


「ああ」


「黒龍もろとも?」


「そのつもりや」


「勝算は」


「今んところ、そんなにない」


剛が天明の後頭部を叩いた。


「そこは嘘でもあるって言え!」


「痛いなあ!」


「嘘を言う者と組むつもりはない」


雷玄が踵を返す。


「入れ」


賀茂本邸。


その地下には。


歴代当主以外、立ち入ることを許されない書庫があった。


無数の巻物。


陰陽道の秘伝書。


封じられた木簡。


そして。


壁一面に刻まれた、八咫烏の系譜。


その頂点には。


徐福の名があった。


剛が低く呟く。


「やっぱり賀茂家は、徐福とつながってたのか」


「だれが、どっぷりだ」


雷玄が振り返る。


「まだ何も言ってねえよ!」


「境内へ入る前に言っていただろう」


「聞こえてたのかよ……」


雷玄は一巻の古文書を開いた。


「賀茂家は長く、八咫烏の中枢を担ってきた」


「徐福は我々にとって、大長老であり、陰陽道の礎を築いた者とされていた」


「二千年を生き、時代を越えて知識を伝える存在」


「疑うこと自体が、禁忌だった」


天明が巻物を覗き込む。


「せやけど、疑うたんやろ?」


「ああ」


雷玄は、別の木簡を並べた。


一つは飛鳥。


一つは平安。


一つは鎌倉。


記された時代は異なる。


筆跡も。


紙も。


使われている言葉さえ違う。


だが。


「術式の癖が、すべて同じだ」


三つの記録に。


同じ黒い印が刻まれていた。


「王朝が変わるたび、徐福は名を変えた」


「ある時は道士」


「ある時は僧」


「ある時は陰陽師」


「ある時は、帝へ進言する者」


「政変を煽り、対立する者へ呪いの疑いをかけ、怨霊を生み出した」


「その恐怖を鎮める名目で八咫烏を動かし、信仰と権力を集めてきた」


剛が拳を握る。


「自分で火をつけて」


「消してやるって顔で現れてたのか」


「そうだ」


書庫の奥。


幾重にも封印された箱が開かれる。


中には。


黒く変色した護符が収められていた。


天明の表情から、笑みが消えた。


「黒龍の気配やな」


「歴代の賀茂家が、浄化に用いた護符だ」


雷玄は告げる。


「だが調べ直した結果、術式そのものに黒龍を呼び込む構造が組み込まれていた」


「浄化するたび」


「祓うたび」


「人々の恐怖や憎しみの一部が、別の場所へ送られていた」


「送り先が……徐福か」


剛の問いに。


雷玄は頷いた。


「我々は、徐福を封じる術を受け継いでいたのではない」


「徐福へ力を供給する仕組みを、陰陽道の秘術だと信じ込まされていた」


沈黙が落ちた。


陰陽道は。


本来。


天と地。


人と自然。


目に見えるものと、見えぬもの。


それらの均衡を保つための術だった。


だが徐福は。


均衡を支配へ。


祈りを恐怖へ。


浄化を収奪へと変えた。


天明が静かに口を開く。


「陰陽道を、曲げよったんやな」


雷玄の指先が僅かに震えた。


「賀茂家は、その片棒を担いだ」


「知らなかったでは済まされない」


「せやな」


天明は否定しなかった。


「でも、気づいたんやろ」


「気づいて、止めようとしとる」


「それも賀茂家の責任や」


雷玄が天明を睨む。


「お前はいつも、そうやって軽く言う」


「重く言うたら、過去が変わるんか?」


二人の視線がぶつかる。


雷玄の周囲に、雷が走った。


天明の足元へ、四神の気配が現れる。


剛は腰の雷切へ手を置いた。


だが。


二人とも、術を放たなかった。


「賀茂ちゃんは真っ直ぐすぎんねん」


天明が言う。


「全部、自分で背負おうとする」


「お前が背負わなさすぎるだけだ」


「見えへんところでは、けっこう背負ってるんやで?」


「ならば、見えるところでも背負え」


「嫌や。しんどいやん」


「やっぱり、お前は気に食わない」


剛が二人を見比べる。


「お前ら、めちゃくちゃ仲いいだろ」


「よくない」


「よくないで」


返事だけは、見事に重なった。


雷玄は壁へ歩み寄る。


そこには。


八咫烏へ属する者たちの名が、無数に刻まれていた。


その最上部。


二千年もの間。


誰も触れることのできなかった名。


徐福。


雷玄は神扇を開く。


金色の結界が書庫全体へ広がった。


「八咫烏とは、本来」


「闇から国を操るための組織ではない」


「道に迷う者を導き」


「人の世を、見えぬ災いから守るために生まれたものだ」


神扇の先へ。


白い雷が集まる。


「その名を利用し」


「歴史を歪め」


「術を汚し」


「この国の恐怖を食らい続けた者を」


「これ以上、八咫烏の頂点に置くことはできない」


雷玄が神扇を振り下ろす。


白雷が走った。


壁に刻まれた徐福の名を。


一閃で焼き切る。


書庫の護符が、一斉に震えた。


二千年続いた術式が。


今。


内側から書き換えられていく。


「賀茂家当主」


「賀茂雷玄の名において宣言する」


その声は。


地下書庫だけではなく。


八咫烏へ連なるすべての霊脈へ響いた。


「徐福を」


「八咫烏より除名する」


「その地位」


「権限」


「名をもって通じるすべての結界を剥奪する」


雷玄の背後で。


雷が龍のように天井を駆け抜けた。


「今この時より」


「徐福は我らの大長老ではない」


「八咫烏の名を騙る――国賊である」


長い沈黙のあと。


天明が笑った。


いつもの、飄々とした笑みだった。


「やっぱり賀茂ちゃん」


「昔から、やることが派手やなあ」


雷玄は天明を睨む。


「次に“ちゃん”と呼べば、お前も除名する」


「僕、八咫烏ちゃうねんけど」


剛が腹を抱えて笑った。


二千年。


徐福の翼として動いてきた八咫烏。


その翼の一枚が。


初めて。


主へ牙を剥いた。


安倍と賀茂。


異なる道を歩み。


決して交わることのなかった二つの陰陽道が。


徐福という共通の敵を前に。


今。


同じ方角を向いた。

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