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NOESISーノエシスー  作者: 月乃瀬
NOESIS覚醒編
7/19

第七話  盤上の宇宙


最後の一人だった。



月乃瀬神社。


将棋奨励会。


三十人いた参加者は既に帰路についていた。



「いやぁ」


初老の男性が笑う。


「白河先生も大変ですな」



盤面を覗き込む。



「初心者というのは困る」



苦笑する。



「定跡も知らない」


「常識も知らない」


「だから何を指すかわからない」



周囲も頷く。



「神崎くんだったかな?」


「なかなか頑張ったよ」



白河智史が微笑む。



銀縁眼鏡の奥の瞳は穏やかだった。



「君は素質がある」



駒を置く。



「今日はここまでにして」



また一手。



「あとでマンツーマンで指導してあげよう」



参加者達が羨ましそうに笑う。



「いいなぁ」


「三冠直々の指導か」



剛も立ち上がる。



「あーあ!!」



頭を掻く。



「名人に勝てると思ったんだけどな!」



豪快に笑った。



「俺は先帰るぜ!」



蓮を見る。



「またな!」



「うん」



剛が去る。



境内が静かになる。



残ったのは。



白河智史。


神崎蓮。


月乃瀬澄華。



三人だけだった。



沈黙。



蓮が口を開く。



「白河先生」



白河が顔を上げる。



「次は本気でお願いします」



空気が変わった。



白河の眉が僅かに動く。



「……ほう?」



銀縁眼鏡を押し上げる。



「君には本格的な指導が必要なようだ」



静かに笑った。



「飛車角落ちは無しにしよう」



駒を並べる。



「将棋というものをよく勉強するといい」



対局開始。





一手目。



二手目。



三手目。



白河は気付く。



(速い)



蓮は考えていない。



一秒。



いや。



〇・五秒。



指している。



まるで。



答えを知っているみたいに。





月乃瀬澄華の瞳が白銀へ変わる。



月花鏡読心術。



発動。



蓮を見る。



その瞬間。



澄華の呼吸が止まった。



(なに……)



将棋盤が見える。



違う。



盤面じゃない。



未来だった。



一つではない。



百。



千。



一万。



十万。



無数。



無限。



盤面の可能性が鏡のように重なっている。



(神崎くん……)



(あなた一体……)



(何を見ているの……)





白河が指す。



蓮が指す。



白河が指す。



蓮が指す。



速度が逆転する。



白河が長考する。



蓮は一秒。



また一秒。



さらに一秒。



白河の額に汗が浮かぶ。



(ありえない)



手が読めない。



初心者の将棋ではない。



天才の将棋でもない。



未知だった。



(なんだ……これは)





NOESIS起動。



対象解析。



将棋。



戦略構造解析。



棋譜照合。



未来局面展開。



最適解算出。



(なるほど)



蓮は思う。



(将棋とはこういうゲームなのか)



白河が震えた。



名人。



竜王。



王位。



歴代の天才達。



その誰とも違う。



目の前の少年は。



将棋をしていない。



世界を観測している。





「神崎くん」



白河が言う。



「君のような棋士は初めて見たよ」



笑う。



だが。



笑えていない。



「ただ」



駒を置く。



「ビギナーズラックで僕に勝つことは出来ない」



蓮は首を傾げた。



「そうなんですか?」



一手。



置く。



白河の顔色が変わる。



静寂。



長考。



三分。



五分。



十分。



蓮は待つ。



「白河先生」



静かな声。



「さっきから待ち時間が長くなってます」



白河が息を呑む。



初めてだった。



十七年間。



人生を将棋へ捧げた。



負けたこともある。



だが。



理解できない相手はいなかった。





蓮が駒を持つ。



静かに。



置く。



「この一手」



盤面が止まる。



「将棋の世界では何て言うんですか?」



白河の瞳が揺れる。



蓮が続ける。



「詰み」



沈黙。



風鈴が鳴る。



白河が盤面を見る。



読む。



読む。



読む。



読む。



何十手先まで。



何度。



何度。



何度。



確認しても。



結果は変わらない。



負けていた。



完全に。





銀縁眼鏡が僅かに下がる。



汗が落ちる。



そして。



長い沈黙の後。



白河智史は言った。



「……参りました」



月乃瀬澄華が息を呑む。



今世紀最大の天才棋士。



将棋三冠。



白河智史。



人生で初めて。



完全敗北を認めた瞬間だった。





帰り道。



剛が待っていた。



「おー!」



手を振る。



「どうだったよ!」



蓮は少し考える。



そして答えた。



「ああ」



夜風が吹く。



「名人は大したもんだった」





後日。



将棋界を震撼させる異変が起きる。



白河智史。



公式戦十連敗。



誰も理由を知らない。



ただ一つ。



確かなことがある。



盤上の宇宙は。



あの日。



神崎蓮という観測者によって。



書き換えられた。




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