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NOESISーノエシスー  作者: 月乃瀬
第四章 ー双生陰陽師編ー
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第四話 呑み喰らう七難

七難が、笑った。


腹の底から響くような笑いだった。


「祓う、か」


長い舌が、泥の上を這う。


七つの呪印が、一つずつ黒く灯った。


病。


貧。


欺。


孤。


恐。


絶。


業。


そのたびに、背中の瘤が苦しげな声を上げる。


村人たちは頭を抱え、泥の上に崩れ落ちた。


「下がれ!」


武振熊が叫ぶ。


次の瞬間。


巨体が、消えた。


否。


踏み込みが速すぎて、そう見えた。


泥が爆ぜる。


両剣薙刀が低く唸り、七難の胴へ横薙ぎに走った。


一撃で、人の胴など二つに断つ刃。


七難は避けない。


長い舌を持ち上げた。


刃と舌がぶつかる。


鈍い音。


武振熊の腕へ、重い衝撃が返った。


「ぬ……!」


舌は裂けなかった。


むしろ、刃へ絡みつく。


七難が口を大きく開ける。


「いただこう」


舌に刻まれた呪印が回転した。


両剣薙刀を包んでいた霊力が、糸を引くように七難の口へ吸い込まれていく。


武振熊は柄を捻り、力任せに舌を振り払った。


「術を喰らうか!」


「人の苦しみも」


「術者の力も」


七難は腹を撫でた。


「わしには、すべて馳走よ」


「だったら、腹が破れるまで食わせてやる!」


朱童が前へ飛び出す。


両手を打ち合わせる。


赤い呪符が、指の間から七枚飛んだ。


「火行――」


朱童の足元に、赤い陣が開く。


「爆炎童子!」


呪符が七難を取り囲んだ。


次の瞬間。


轟音。


火柱が村の空を貫いた。


黒煙が立ち上り、熱風が周囲の泥を乾かしていく。


「やったか!」


「朱童、油断するな!」


徐福の声が飛ぶ。


炎の中心で。


何かが動いた。


七難だった。


巨体には傷一つない。


口だけが、異様なほど大きく開いている。


朱童の炎が、渦となってその中へ吸い込まれていく。


火柱が細くなる。


やがて最後の火の粉まで、七難は舌で舐め取った。


「辛味が足りぬな」


七難の腹が、赤く光った。


朱童が目を見開く。


「おれの火を……」


「白夜!」


徐福が叫ぶ。


白夜はすでに動いていた。


両手を胸の前で結ぶ。


指先に、淡い青の光が集まる。


空気が凍る。


雨粒ほどの水分が、無数の氷針へ変わった。


「水行――氷華千針」


白夜が手を振る。


氷の雨が、七難へ降り注いだ。


一斉に突き刺さる。


肩。


腕。


腹。


長い舌。


氷は表面で砕けず、次々に七難の肉体を凍らせていく。


紫色の皮膚が白く覆われる。


足元から胸元まで、瞬く間に氷塊へ閉じ込められた。


朱童が声を上げる。


「白夜、やるじゃん!」


「まだです」


白夜の顔は笑っていなかった。


氷の内側で。


七難の腹が動いた。


膨らむ。


一度。


二度。


三度。


そのたびに、氷へ亀裂が走る。


「離れろ!」


徐福が杖を地面へ突いた。


「来るぞ!」


氷が内側から爆発した。


無数の破片が四方へ飛ぶ。


武振熊が両剣薙刀を回転させ、朱童と白夜の前へ立つ。


金属音が連続して響く。


氷片を弾く。


だが、その影から七難の舌が飛び出した。


一本。


二本。


三本。


長い舌が七つへ分かれ、蛇のように襲いかかる。


武振熊は三本を斬り払う。


朱童は炎を拳へ纏わせ、一つを殴り飛ばす。


白夜は氷壁を作り、二つを防ぐ。


残る一本が、徐福の首へ伸びた。


「徐福爺!」


朱童が叫ぶ。


徐福は動かない。


杖の先で、地面へ一文字を描く。


「封」


光の壁が現れた。


舌がぶつかる。


黒い火花が散る。


徐福の足が、泥の中を半歩滑った。


「ほう」


七難の目が細くなる。


「異国の術は、まだ喰い甲斐がありそうだ」


徐福は答えない。


七難の腹を見ていた。


先ほどまでより、確かに膨らんでいる。


炎を喰らい。


氷を喰らい。


武振熊の霊力を喰らった。


それなのに。


七難の息は、わずかに乱れていた。


「武振熊!」


徐福が叫ぶ。


「正面から押せ!」


「朱童は右!」


「白夜は左から、動きを止めよ!」


武振熊が踏み込む。


今度は一撃ではない。


上段。


下段。


突き。


返し。


両剣薙刀が、嵐のように七難へ襲いかかる。


七難は舌で受ける。


一本目。


二本目。


三本目。


朱童が右側へ回り込む。


「火行――炎鎖!」


赤い炎が鎖となり、七難の右腕へ巻きついた。


白夜も左から術を放つ。


「水行――凍縛!」


氷が左足を地面へ縫いつける。


七難の巨体が、初めて止まった。


「今だ!」


武振熊の両剣薙刀が、七難の腹へ突き立つ。


刃が肉へ沈む。


確かな手応え。


七難の口から、黒い液がこぼれた。


朱童が笑う。


「喰えるもんなら、これも喰ってみろ!」


しかし。


徐福の顔が変わった。


「離れろ!」


遅かった。


七難の腹が、裂けた。


傷口ではない。


口だった。


腹の中央に、巨大な口が開く。


武振熊の両剣薙刀を、刃ごと呑み込んだ。


「なに――!」


七難の腹が膨張する。


赤と青の光が、皮膚の下を走った。


朱童の炎。


白夜の氷。


武振熊の霊力。


三人の攻撃が、腹の中で混ざり合う。


七難は両腕を広げた。


「返してやろう」


腹の口から、光が溢れた。


爆発。


炎と氷と斬撃が混ざった奔流が、四人を呑み込む。


武振熊は武器を手放し、朱童と白夜を両腕で抱え込んだ。


徐福は杖を掲げる。


「結界――四方壁!」


光の壁が立ち上がる。


だが、勢いを殺しきれない。


結界が砕ける。


四人は泥の上を吹き飛ばされた。


武振熊の背中が、壊れた家屋へ叩きつけられる。


朱童は地面を転がり、息を詰まらせた。


白夜も膝をつき、青い光を失う。


徐福は杖で身体を支えた。


額から血が流れている。


七難は、ゆっくりと歩き出した。


腹の口が閉じる。


裂けたはずの皮膚も元へ戻っていく。


「術とは、便利なものよ」


「奪い」


「喰らい」


「持ち主へ返すだけでよい」


朱童が立ち上がろうとする。


だが、足に力が入らない。


七難は、その姿を見て笑った。


「どうした、鬼の童」


「わしを、あっという間に吹き飛ばすのではなかったか?」


朱童は泥を握り締めた。


怒りで、赤い瞳が揺れる。


それを見た瞬間。


徐福が叫んだ。


「怒るな、朱童!」


「奴は術だけではない!」


「心の乱れまで喰らうぞ!」


朱童の身体が止まる。


七難の笑みが、わずかに消えた。


徐福は、荒い息を整えながら七難を見据えた。


「何でも喰らえるわけではない」


武振熊が瓦礫の中から立ち上がる。


「何?」


「喰らうたびに、おぬしの腹は膨らんでおる」


白夜も気づいた。


七難の腹。


先ほどよりも明らかに大きい。


皮膚の下で、赤と青の光が暴れている。


徐福は杖を構え直す。


「力を消しているのではない」


「腹の中へ、溜め込んでおるだけじゃ」


七難の顔から笑みが消える。


朱童が、口元の泥を拭った。


そして、立ち上がった。


「だったら」


赤い炎が、再び拳へ灯る。


「食えなくなるまで、食わせてやればいい」


白夜も朱童の隣へ立つ。


青い冷気が、静かに広がる。


武振熊は地面へ落ちた両剣薙刀を引き抜いた。


徐福が三人を見る。


「次で、腹の限界を見極める」


七難の背中にある七つの瘤が、一斉に呻いた。


戦いは。


まだ、始まったばかりだった。

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