第五話 拳は語らない
才能には種類がある。
努力で届く才能。
生まれ持った才能。
そして。
人間という枠組みそのものを踏み越える才能。
神崎蓮はまだ知らない。
自分がどちら側へ足を踏み入れてしまったのかを。
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夕暮れ。
因幡組の倉庫。
空は赤く染まり、
鉄骨は黒い影を落としていた。
「テメェ……金城か」
因幡剛が眉をひそめる。
シャッターの前。
金城レオは笑っていた。
後ろには八人。
見るからに柄の悪い男たち。
だが。
その全員が剛を見ている。
獲物を見る目で。
「聞いたぜ因幡」
金城が肩を竦める。
「お前、この小僧に負けたらしいな」
蓮を見る。
興味半分。
侮蔑半分。
「しかも手も足も出なかったとか」
「うるせぇな」
剛が吐き捨てる。
「テメェに関係ねぇだろ」
「あるさ」
金城は笑う。
「今のうちに因幡組を潰しておこうと思ってな」
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男たちが動く。
一斉に。
躊躇なく。
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「はっ」
剛が前へ出る。
空手に構えはない。
必要なのは距離だけだ。
最初の男が拳を振るう。
遅い。
正拳突き。
鳩尾。
男が吹き飛ぶ。
次。
回し蹴り。
顎。
骨が鳴る。
壁へ激突。
さらに踏み込み。
膝。
脇腹。
喉元。
まるで作業だった。
中学空手日本一。
全国大会優勝。
因幡剛。
人間としては十分すぎる怪物だった。
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だが。
三人が蓮へ向かう。
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NOESIS起動。
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肩が沈む。
右足荷重。
視線固定。
拳の軌道。
衝撃予測。
回避成功率。
制圧最適解。
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(遅い)
蓮は思う。
思ってしまう。
もう。
人間の動きが遅く見える。
男の拳を外へ払う。
体勢が崩れる。
鳩尾。
一撃。
呼吸停止。
次。
手首を取る。
重心誘導。
地面へ叩き落とす。
最後の男。
顎へ掌底。
脳震盪。
終了。
十秒も掛からなかった。
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「ほぉ」
金城が笑う。
「因幡もまだ錆びてないみたいだな」
革手袋を嵌める。
そして。
消えた。
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速い。
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剛の死角。
左ジャブ。
顎。
衝撃。
剛が揺れる。
その瞬間。
連打。
ストレート。
フック。
アッパー。
無駄がない。
まるで教科書だった。
世界レベル。
元オリンピック候補生。
その肩書きに偽りはない。
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「ちっ……!」
剛が踏み込む。
正拳突き。
金城が消える。
スウェイ。
紙一重。
空振り。
さらに。
左クロス。
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カウンター。
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剛の膝が沈む。
床へ片膝をつく。
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「相変わらず……」
剛が笑う。
「ちょこまかうっとおしい野郎だ」
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蓮は見ていた。
最初から。
全部。
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(解析完了)
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典型的アウトボクサー。
フットワーク重視。
カウンター主体。
技術は一流。
だが。
決定打がない。
剛を倒し切れていない。
その理由も見えている。
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「剛」
蓮が言う。
「もう解析は終わった」
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金城が振り向く。
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「……生意気だな」
笑う。
だが目は笑っていない。
「その小僧にも教育が必要みたいだ」
構える。
美しいフォームだった。
「三発で寝かせてやる」
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ジャブ。
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世界レベル。
フリッカージャブ。
蛇のように伸びる。
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蓮は払った。
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ワンツー。
回避。
半歩後ろ。
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金城が下がる。
距離調整。
リングなら正解。
だが。
相手はNOESISだった。
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「来い」
金城が指を動かす。
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蓮が踏み込む。
右ストレート。
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金城の左クロス。
カウンター。
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その未来を。
蓮は既に見ていた。
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右目が青く光る。
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掌底。
肘関節。
衝撃。
脱力。
破壊。
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「なっ――」
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次。
左脚。
カーフキック。
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膝が折れる。
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次。
回し蹴り。
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延髄。
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衝撃。
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終了。
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五秒。
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金城レオが倒れていた。
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静寂。
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「う、嘘だろ……」
「金城さんが……」
「たった三発で……」
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誰も動けない。
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蓮は倒れた金城を見る。
強かった。
技術もあった。
才能もあった。
だが。
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「中身が空っぽだ」
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その一言だけだった。
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男たちは金城を抱え、
逃げるように去っていく。
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「おい蓮!」
剛が叫ぶ。
「テメェほんと何なんだよ!」
立ち上がりながら笑う。
「あの野郎はクソみてぇな性格だったが、本物だったんだぞ!」
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蓮は答える。
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「そうか」
少し考えて。
「でも、あいつの拳は死んでた」
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剛は数秒黙る。
それから。
豪快に笑った。
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「はっ!」
「やっぱテメェおかしいわ!」
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夜。
街に噂が流れる。
金城レオが負けた。
高校生に。
たった五秒で。
誰も信じない。
だが。
因幡組の連中だけは知っていた。
あれは喧嘩じゃない。
観測だった。




