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NOESISーノエシスー  作者: 月乃瀬
第三章ー八王子怨霊編ー
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第二十話 道の先へ

八王子の夜は。


 


ようやく。


 


静けさを取り戻していた。


 


崩れた街も。


砕けた道路も。


戦場となった空も。


 


すべては、安倍天明の結界の内側に残されたまま。


現実の八王子には、いつもの夜が流れている。


 


電車が走り。


信号が変わり。


人々は何も知らずに、家路を急いでいた。


 


その街を見下ろす、小高い丘。


 


そこに。


五人の姿があった。


 


神崎蓮。


月乃瀬澄華。


天城煌。


因幡剛。


 


そして。


 


安倍天明。


 


誰もが。


無傷ではなかった。


 


剛の身体には、村雨響香との戦いで負った傷が残っている。


澄華の巫女装束にも、崇徳天皇の魔縁を受けた跡があった。


煌の白いコートは、もはやコートと呼べる状態ではない。


 


蓮だけは外見上、比較的静かだった。


 


だが。


 


菅原道真と向き合い。


歴史そのものの奥に潜む黒龍を見た少年の瞳には。


以前とは違う光が宿っていた。


 


五人は。


それぞれ別の戦場で。


 


同じものを見た。


 


人の怒りへ入り込み。


悲しみを増幅し。


誇りを執着へ変え。


 


やがて。


 


英雄さえも。


怨霊へ変えてしまうもの。


 


黒龍。


 


 


天明は地面へ座り込み。


大きく伸びをした。


 


「あー……」


 


「終わった、終わった」


 


その声には。


戦いを終えた者の緊張感など、欠片もない。


 


「これで、かなり黒龍の力を削ぐことができたわ」


 


天明は笑いながら。


四人を順番に見た。


 


「みんな、ようやってくれた」


 


「ワシ一人やったら、ぜーったい勝たれへん」


 


自分の身体を抱くように腕を回し。


大袈裟に震えてみせる。


 


「あー、ほんま怖い怖い」


 


澄華が。


冷たい目で天明を見た。


 


「あなた」


 


「崇徳天皇の前へ連れていったら」


 


「真っ先にいなくなっていたわね」


 


「いやいや」


 


天明は手を振る。


 


「あれは逃げたんやない」


 


「戦略的撤退いうやつや」


 


「戻ってこなかったけれど」


 


「戻ろうとは思てたで?」


 


澄華は答えず。


ただ静かに微笑んだ。


 


その笑顔の方が。


天明には、よほど怖かった。


 


「蓮も」


 


澄華が隣を見る。


 


「気づいたときには、いなくなっていたわ」


 


蓮は、わずかに視線を逸らした。


 


「菅原道真の領域に引き込まれた」


 


「自分から消えたわけじゃない」


 


「言い訳まで似てきたわね」


 


天明が笑う。


 


「神崎ちゃん、ワシら気が合うんちゃう?」


 


「合わない」


 


即答だった。


 


その横で。


剛が腕を組んだ。


 


「俺なんて」


 


「向こうから道場に乗り込んできたんだぞ」


 


村雨響香。


 


因幡小次郎への執着を抱え。


雷切を奪い。


因幡家へ現れた剣士。


 


剛は父から剣の修行を受けたのち、


自らの意志で再び戦場へ向かった。


 


「それに八王子で決着をつけるときも」


 


「ちゃんと自分で行った」


 


どこか誇らしげに言う剛に。


天明が両手を合わせた。


 


「あー……」


 


「因幡ちゃん、ごめんやで」


 


「天城ちゃんとこの落ち武者が、ぎょうさんおったから」


 


「こっちも忙しかってんわ」


 


「誰が落ち武者だ」


 


煌が低い声で言った。


 


「千人いたんやから、一人ぐらい落ち武者もおるやろ」


 


「坂東武者だ」


 


「細かい男やなあ」


 


「お前が雑なんだ」


 


煌は、そう言いながらも。


どこか穏やかだった。


 


平将門との戦い。


 


互いに剣を抜き。


互いに全力をぶつけ。


 


最後には。


 


互いの意志で。


剣を納めた。


 


その経験は。


煌の中にあった武の形を。


確かに変えていた。


 


 


しばらく。


 


五人の間に。


静かな時間が流れた。


 


戦いが終わった。


 


村雨響香。


崇徳天皇。


菅原道真。


平将門。


 


四人の中に入り込んでいた黒龍は祓われた。


 


怨念に縛られていた魂は。


それぞれの形で、解放された。


 


だが。


 


これですべてが終わったわけではない。


 


天明は立ち上がった。


 


先ほどまでの軽い笑みが。


少しだけ消えている。


 


「せやけど」


 


「みんなも見たやろ」


 


四人の視線が集まる。


 


「あれが」


 


「国を動かしていた偉人たちさえ操る」


 


「黒龍の恐ろしさや」


 


誇り高き剣士を。


執着に沈めた。


 


祈りを踏みにじられた帝を。


大魔縁へ変えた。


 


学問の神を。


怒りと雷の怨霊へ変えた。


 


民を守ろうとした王を。


千年の戦へ縛りつけた。


 


黒龍は。


弱い人間だけを狙うのではない。


 


むしろ。


 


強い願いを持つ者ほど。


深く入り込む。


 


守りたい。


認められたい。


正したい。


報われたい。


 


その願いが強ければ強いほど。


黒龍は、それを歪めていく。


 


「徐福と黒龍は」


 


天明は言った。


 


「もう、一心同体や」


 


「どこまでが徐福で」


 


「どこからが黒龍なんか」


 


「たぶん、本人にも分からへん」


 


蓮が問う。


 


「八王子で黒龍を祓ったことで」


 


「徐福も弱くなったのか」


 


「多少はな」


 


天明は頷く。


 


「黒龍は、人の負の感情を集めて力にする」


 


「今回、四つの大きな怨念を解放できた」


 


「その分だけ」


 


「確実に、あいつの力は削げたはずや」


 


だが。


 


天明の表情は明るくならない。


 


「それでも」


 


「本体は、まだ残っとる」


 


徐福。


 


二千年を生き。


歴史の裏側で、人と人を争わせてきた仙人。


 


黒龍の力を宿し。


不老不死に近い身体を得た男。


 


「徐福に宿った黒龍を封印せえへん限り」


 


「近いうちに」


 


天明は八王子の街を見下ろした。


 


「日本は、ほんまにあかんようになる」


 


風が吹く。


 


五人の衣服を揺らし。


戦いの残り香を夜へ運んでいく。


 


剛が眉を寄せた。


 


「封印って」


 


「どうやってやるんだ」


 


「それを知るために」


 


「まず、黒龍が何なのかを知らなあかん」


 


天明は懐から、一枚の札を取り出した。


 


そこには。


一本の長い道と。


その先に立つ、巨大な人影が描かれている。


 


「神代から続く、十六の氏族」


 


「日本の神々と、古い信仰の系譜を守ってきた連中や」


 


澄華が札を見る。


 


「十六氏族……」


 


「その中に」


 


「黒龍を知る者がいるのね」


 


「おる」


 


天明は頷いた。


 


「導きの神」


 


「猿田彦大神の系譜」


 


「椿家の当主」


 


「椿玄道」


 


その名を口にした瞬間。


 


天明の顔が。


わずかに引きつった。


 


「でもなあ……」


 


「何だ」


 


煌が問う。


 


天明は腕を組み。


深刻そうに唸った。


 


「あのおっさん」


 


「なんか怖いねん」


 


沈黙。


 


「……それだけ?」


 


剛が聞く。


 


「それだけちゃうわ」


 


天明は真剣な表情で答えた。


 


「冗談が、まったく通じへんタイプや」


 


「あなたにとっては天敵ね」


 


澄華が即座に言った。


 


「せやねん」


 


「ワシの良さ、たぶん一個も伝わらへん」


 


「伝える必要がない」


 


蓮が言う。


 


「神崎ちゃんまで冷たいなあ」


 


天明は肩を落とした。


 


だが。


 


次に顔を上げたとき。


その目は、もう先を見ていた。


 


「まあ」


 


「怖いからいうて、行かへんわけにもいかん」


 


札を指先で挟み。


 


夜空へ掲げる。


 


「黒龍とは何か」


 


「徐福が二千年かけて、何をしてきたのか」


 


「その答えを知るために」


 


「椿のおっさんに会いに行くで」


 


天明の札が光る。


 


その光の中に。


 


長い鼻。


巨大な体躯。


 


人と神の境界に立つような。


一人の男の影が浮かび上がった。


 


その男の背後には。


 


さらに。


 


二つの小さな影。


 


並んで立つ。


 


双子の姿があった。


 


誰も。


まだ知らない。


 


その双子こそが。


 


歴史の中で怪物へ書き換えられた。


 


最初の黒龍封印者であることを。


 


 


八王子の戦いは。


 


終わった。


 


だが。


 


これは。


 


日本という国に隠された。


二千年の嘘へ至る。


 


最初の道にすぎなかった。


 


 


第三章

NOESIS ―八王子怨霊編―



 


そして。


 


物語は。


 


神代に葬られた。


二人の陰陽師へ。


 


 


第四章

NOESIS


―双生陰陽師編―


へ続く。

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