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NOESISーノエシスー  作者: 月乃瀬
第三章ー八王子怨霊編ー
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第十八話 四神咆哮

これは。


 


思っていたより。


 


だいぶ。


 


いや。


 


とんでもなく。


 


「大変やで――!」


 


安倍天明は、降り注ぐ矢の雨を走りながら回避した。


 


一本。


二本。


十本。


 


背後の道路へ、怨念に染まった矢が次々と突き刺さる。


 


天明が駆け抜けた直後。


アスファルトが黒く腐り、紫色の炎を噴き上げた。


 


「当たったら痛いどころやないな、これ!」


 


右から槍。


左から太刀。


頭上から騎馬武者。


 


天明は身体を沈め、槍の穂先を紙一重でかわす。


 


そのまま護符を一枚、槍兵の胸へ貼りつけた。


 


「急々如律令」


 


護符が光る。


 


轟音。


 


槍兵が十人ほどまとめて吹き飛んだ。


 


だが。


 


倒れた武者たちは、地面へ触れる前に黒い霧へ変わる。


 


霧は渦を巻き。


再び鎧を形作っていく。


 


兜。


胴。


腕。


脚。


 


数秒後には。


何事もなかったように武器を構えていた。


 


「そら反則やろ」


 


天明は額の汗を拭う。


 


「こっちは一人減ったら終わりやのに」


 


坂東武者たちは答えない。


 


千の亡霊が。


一人の陰陽師だけを見ている。


 


前方には槍兵。


後方には弓兵。


左右から騎馬武者が回り込み、退路を塞いでいく。


 


兵として。


あまりにも正確な動きだった。


 


怨霊となってなお。


彼らは平将門の軍勢であり続けている。


 


「包囲」


 


「誘導」


 


「退路遮断」


 


天明は走りながら、敵の動きを読み取る。


 


「千年経っても、戦のやり方は忘れへんいうことか」


 


正面から。


数十本の槍が一斉に突き出された。


 


天明は立ち止まる。


 


右手で印を結ぶ。


 


「玄武!」


 


地面が隆起した。


 


黒い亀甲の障壁が現れ、槍の群れを受け止める。


 


激突。


 


障壁全体へ、無数の亀裂が走った。


 


「青龍!」


 


蒼い龍が夜空を駆ける。


 


その巨大な尾が軍勢を横薙ぎにし、数十人の武者をビルの壁まで吹き飛ばす。


 


だが。


 


空いた場所へ。


後列の兵が即座に流れ込んでくる。


 


間を与えない。


 


休ませない。


 


一人の敵を。


千人で確実に押し潰す。


 


それが戦。


 


それが軍勢。


 


一対一の勝負など。


最初から存在していない。


 


「なるほどなあ」


 


天明は笑った。


 


「天城ちゃんとは、だいぶ勝手が違うわ」


 


 


遥か前方。


 


一棟のビルが、内側から爆発した。


 


壁を突き破り。


天城煌と平将門が飛び出してくる。


 


二人の剣が空中で激突した。


 


白と黒の閃光。


 


夜空が裂ける。


 


将門が煌の顔面を殴りつける。


煌は吹き飛びながら空中で回転し、草薙剣を振り抜いた。


 


斬撃が将門の大鎧を裂く。


 


二人は別々のビルへ激突し。


次の瞬間には、もう飛び出している。


 


将門が笑っていた。


 


煌も。


笑っていた。


 


血を流し。


衣服を裂かれ。


身体中に傷を負いながら。


 


それでも。


 


心の底から。


戦いを楽しんでいる。


 


天明は引きつった笑みを浮かべた。


 


「まだやっとんのかいな」


 


煌の白いコートは、すでに原形を失いかけている。


 


袖は裂け。


肩口は血に染まり。


裾の半分が吹き飛んでいた。


 


将門の大鎧も同じだった。


 


兜には大きな亀裂。


肩当ては砕け。


胸元から黒い霊気が噴き出している。


 


それでも。


 


二人の戦いは。


さらに速く。


さらに激しくなっていた。


 


「天城ちゃん!」


 


天明が叫ぶ。


 


「こっちは千人やねんぞ!」


 


当然。


 


返事はない。


 


巨大な太刀と草薙剣が衝突し、天明の声ごと衝撃波に吞み込んだ。


 


「聞こえてへんやろなあ!」


 


天明の背後へ。


千の兵が迫る。


 


四神が防いでいる。


 


だが。


 


限界は近い。


 


青龍の身体には、無数の矢が突き刺さっていた。


 


白虎の脚には、黒い鎖が絡みついている。


 


朱雀の炎は弱まり。


玄武の甲羅には、大きな亀裂が走っていた。


 


このままでは。


 


数分ともたない。


 


天明は息を吐いた。


 


「しゃあない」


 


黒い髪が風に揺れる。


 


いつも細く閉じられていた目。


 


その瞼が。


ゆっくりと開いていく。


 


「ワシも」


 


瞳の奥に。


紫紺の光が灯った。


 


「そろそろ本気、出していくとするか」


 


その瞬間。


 


天明を中心に。


巨大な陰陽の紋様が広がった。


 


白と黒。


 


陽と陰。


 


相反する二つの力が回転し。


八王子の地面全体を覆っていく。


 


天明は四枚の護符を指の間へ挟んだ。


 


「東方――青龍」


 


蒼い龍が天へ昇る。


 


「西方――白虎」


 


白い雷が地を駆ける。


 


「南方――朱雀」


 


炎の翼が夜空を覆う。


 


「北方――玄武」


 


黒い霊水が大地から噴き上がる。


 


四体の神獣が。


天明を中心に円を描いた。


 


千の坂東武者が。


一斉に突撃する。


 


天明は右手を前へ突き出した。


 


「四神咆哮――!」


 


四体の神獣が。


同時に口を開いた。


 


 


咆哮。


 


 


蒼い奔流。


白い雷撃。


赤い業火。


黒い激流。


 


四つの力が螺旋となり。


千の軍勢へ襲いかかる。


 


夜が。


光に吞み込まれた。


 


武者たちが次々と宙へ舞う。


 


槍が折れ。


太刀が砕け。


軍旗が燃える。


 


千の亡霊を。


四神の咆哮が、巨大な結界の中心へ押し戻していく。


 


さらに。


 


陰陽の術式が、軍勢の足元から立ち上がった。


 


幾重にも重なる光の鎖。


 


一人。


十人。


百人。


 


坂東武者たちの身体が次々と拘束されていく。


 


天明は両手を合わせた。


 


「封!」


 


四神の姿が巨大な柱へ変わる。


 


東西南北。


 


四本の柱が軍勢を囲み。


四角い牢獄を作り上げた。


 


千の兵が。


結界の内側から武器を叩きつける。


 


一撃ごとに。


空間全体が激しく揺れた。


 


天明は片膝をつく。


 


口元から。


細い血が流れた。


 


「これで……」


 


呼吸が乱れる。


 


「もうしばらく、もってくれ……!」


 


顔を上げる。


 


煌と将門は。


まだ戦っていた。


 


互いの拳が顔面へ入る。


 


同時に蹴りを放ち。


同時に吹き飛び。


同時に立ち上がる。


 


天明は叫んだ。


 


「天城ちゃん!」


 


「はよ決着つけてや!」


 


 


将門の太刀と。


煌の草薙剣が噛み合った。


 


二人は。


互いを押し込む。


 


足元のビルが軋む。


 


煌は将門を睨んだ。


 


「なぜだ」


 


将門の笑みが止まる。


 


「なぜ、お前はそこまでして戦い続ける」


 


煌の両腕に力がこもる。


 


草薙剣が。


将門の太刀を押し返していく。


 


「俺の一族を滅ぼしてまで」


 


「なぜ、この草薙剣が必要だ!」


 


将門の瞳に。


黒い炎が燃え上がった。


 


「余には」


 


太刀を押し返す。


 


「守るものがある!」


 


二本の剣が離れる。


 


将門が踏み込み。


横薙ぎの一閃を放つ。


 


煌は草薙剣で受ける。


 


衝撃で。


二人が立つビルの屋上が崩壊した。


 


瓦礫とともに落下しながら。


将門は叫ぶ。


 


「国がある!」


 


「民がいる!」


 


「余を信じ、戦い、死んだ兵がいる!」


 


将門の背後に。


 


坂東の大地が見えた。


 


燃える村。


倒れた兵士。


泣き叫ぶ人々。


 


そして。


 


王を信じ。


最後まで立ち続けた者たち。


 


「それを守れるのならば!」


 


将門の全身から。


黒い怨念が噴き上がった。


 


「この魂が!」


 


「地獄の業火に焼かれようとも構わぬ!」


 


巨大な斬撃が放たれる。


 


煌は草薙剣を正面へ構えた。


 


白と黒。


 


二つの光が。


再び激突する。


 


 


同時に。


 


天明の背後で。


 


ぴしり。


 


小さな音がした。


 


四神結界に。


一本の亀裂が走る。


 


続いて。


 


二本。


 


十本。


 


百本。


 


結界全体が。


蜘蛛の巣のようにひび割れていく。


 


「……あー」


 


天明は額を押さえた。


 


四神の姿が薄れている。


 


軍勢を縛る光の鎖も。


一本ずつ切れ始めていた。


 


千の坂東武者が。


再び武器を構える。


 


「そろそろ」


 


天明は苦笑した。


 


「限界やで」


 


結界の外壁が。


大きく膨らむ。


 


内側から。


千の兵が、一斉に押している。


 


「もう……」


 


亀裂から。


黒い霊気が漏れ出す。


 


「抑えきれん……!」


 


四神結界が。


 


静かに。


 


薄れていった。

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