第十七話 武の王
最初の一撃で。
八王子の街が、揺れた。
草薙剣と将門の太刀。
二本の刃が噛み合った中心から、白と黒の衝撃波が円状に広がっていく。
道路が裂けた。
街路樹が根元から吹き飛ぶ。
周囲のビルというビルの窓が、一斉に砕け散った。
だが。
二人は動かない。
天城煌。
平将門。
互いの剣を押し込みながら。
互いの眼だけを見ていた。
「ぬう……!」
将門の腕が膨れ上がる。
平安の世を駆け抜けた武人の膂力。
千年の怨念によって増幅された力が、巨大な太刀へ注ぎ込まれる。
地面が。
将門の足元から陥没した。
それでも。
煌は一歩も退かない。
「こんなものか」
「――何?」
煌が草薙剣を振り抜いた。
将門の巨体が浮く。
次の瞬間。
轟音。
将門は道路を跳ね、交差点を突き抜け、その先にあったビルの一階へ叩き込まれた。
壁が崩れる。
柱が折れる。
建物の奥深くまで、破壊の跡が一直線に続いた。
静寂。
一秒。
二秒。
そして。
「はは」
崩れた瓦礫の中から。
低い笑い声が響いた。
「はははははは!」
爆発するように、瓦礫が吹き飛ぶ。
将門が姿を現す。
兜はひび割れ。
頬から黒い霊気が流れている。
それでも。
その顔は笑っていた。
怒りではない。
憎しみでもない。
歓喜。
強者と戦えることへの。
武人としての、純粋な喜びだった。
「これが……」
将門は太刀を肩へ担ぐ。
「草薙の剣の力か!」
大地を蹴る。
将門の姿が消えた。
直後。
煌の横腹へ、鎧に包まれた蹴りが突き刺さる。
「――っ」
煌の身体が宙を飛んだ。
一棟。
二棟。
ビルの壁を突き破りながら、夜の街を一直線に吹き飛んでいく。
だが。
三棟目の壁へ激突する寸前。
煌は空中で身体を捻った。
建物の壁へ両足を着ける。
壁面が蜘蛛の巣状にひび割れた。
一瞬。
煌は壁を蹴り抜いた。
銀紫の閃光となって、将門へ戻る。
草薙剣が横薙ぎに走る。
将門は太刀で受けた。
金属音。
今度は将門が空へ弾き上げられる。
煌は地面を蹴り。
その後を追った。
ビルの高さを越える。
月を背に。
煌は両手で草薙剣を振り下ろした。
将門も太刀を振り上げる。
二本の剣が。
夜空で激突した。
轟音が空を割る。
二人はそのまま落下し。
道路へ叩きつけられた。
アスファルトが砕け。
巨大なクレーターが生まれる。
しかし。
その中心で。
二人はまだ、剣を交えていた。
将門が笑う。
煌も。
ほんのわずかに、口元を上げた。
全力を出しても。
壊れない相手。
遠慮も。
加減も。
必要としない相手。
それは二人にとって。
あまりにも久しく。
そして、あまりにも心地よいものだった。
「楽しんでおるな」
将門が言う。
「お前もだろう」
煌は答えた。
直後。
二人は同時に拳を放った。
煌の拳が将門の頬を打つ。
将門の拳が煌の顔面を捉える。
互いの身体が反対方向へ吹き飛ぶ。
だが。
同時に地面を蹴り。
再び距離を詰める。
剣。
拳。
肘。
膝。
蹴り。
斬撃と打撃が。
息をつく間もなく交差する。
これは剣術試合ではない。
一国を背負った武将と。
神話を受け継ぐ少年が。
持てるすべてをぶつけ合う。
純粋な武力の衝突だった。
一方。
戦場の反対側では。
「ちょ、待ちいな!」
安倍天明が走っていた。
千の坂東武者が。
その背後を追っている。
矢が降る。
槍が飛ぶ。
無数の太刀が、左右から振り下ろされる。
「千人で一人追いかけるん、武士としてどうなん!」
軽口を叩きながら。
天明は護符を放った。
「青龍!」
蒼い龍が夜空を駆ける。
巨大な尾が軍勢を薙ぎ払い、数十人の怨霊を宙へ弾き飛ばす。
だが。
倒れた武者たちは、黒い霧となり。
すぐに再び形を取り戻した。
「うわ、これ終わらんやつや」
天明が指を鳴らす。
「白虎!」
白い雷を纏った虎が地を駆けた。
槍兵の列を食い破り。
弓兵の陣形を崩していく。
その隙間を。
天明は駆け抜ける。
千の兵を倒す必要はない。
倒せないのなら。
押さえ続ければいい。
煌と将門の決着がつくまで。
逃げ道を作り。
陣形を崩し。
一人でも多くの怨霊を、自分へ引きつける。
「朱雀!」
炎の翼が広がる。
火の壁が道路を分断し。
坂東武者の進路を塞ぐ。
続いて。
「玄武!」
巨大な亀蛇が地面を隆起させる。
ビルの谷間に黒い城壁が生まれ、軍勢の突撃を受け止めた。
地響き。
玄武の結界へ。
千の兵が一斉に武器を叩きつける。
亀甲の障壁に、無数の亀裂が走る。
天明の額から。
一筋の血が流れた。
「さすがに……」
呼吸が乱れる。
四神結界を維持しながら。
四体の神獣を操り。
千の怨霊を足止めする。
いかに安倍晴明を継ぐ陰陽師といえど。
無傷で済む術ではない。
それでも。
天明は笑っていた。
「まだまだや」
背後では。
煌と将門の激突によって。
一棟のビルが、ゆっくりと崩れ落ちていく。
その光景を横目で見て。
天明は呆れたように呟いた。
「天城ちゃん」
「街ごと壊す気かいな」
崩壊する建物の中から。
二つの影が飛び出す。
煌と将門。
空中で何度も剣を交え。
火花を散らしながら、別のビルの屋上へ着地する。
屋上が。
二人の重さだけで大きく沈んだ。
将門は血を流している。
煌のコートも裂け。
頬には傷が走っていた。
それでも。
二人の眼から。
戦意は少しも失われていない。
将門が太刀を構える。
「良いぞ」
黒い霊気が。
背後で巨大な炎となって燃え上がる。
「もっとだ」
「もっと我に見せてみよ」
「神代最強の剣を!」
煌は草薙剣を握り直した。
刀身が、月光を受けて白く輝く。
「言われなくても」
静かに腰を落とす。
「そのつもりだ」
屋上が爆ぜた。
二人が消える。
次の瞬間。
八王子の夜空に。
白と黒の閃光が激突した。
まだ。
二人は知らない。
この戦いの先で。
互いが信じてきた「武」の意味そのものを。
問われることになるということを。




