第十一話 真祈ノ矢
白銀の世界。
波紋は静かに消えていく。
崇徳天皇は、その場に立ち尽くしていた。
震えている。
怨念ではない。
魂そのものが。
「余は……。」
「余は……。」
「徐福に……。」
「騙されておったのか……。」
「利用されておったのか……。」
両手を見る。
黒き瘴気がまとわりついている。
「これは……。」
「何なのだ……。」
「この黒龍とは……。」
その声は。
怒りではなかった。
八百年ぶりに。
真実を知ってしまった者の。
震える声だった。
「止まらぬ……。」
「止まらぬのだ……。」
「余の怒りも。」
「悲しみも。」
「憎しみも……。」
「消えてはくれぬ……。」
崇徳は膝をついた。
白銀の世界へ。
血の涙が一滴。
静かに落ちる。
澄華はゆっくり歩み寄る。
その表情は。
どこまでも穏やかだった。
「崇徳天皇。」
「あなたは。」
「長い間。」
「苦しみ続けてこられました。」
「ですが。」
「これが真実です。」
「あなたは。」
「世のために。」
「国のために。」
「民のために。」
「亡くなった方々のために。」
「祈り続けてきました。」
「本当は。」
「もう一度だけ。」
「京へ帰りたかった。」
崇徳は首を振る。
「違う……。」
「余は。」
「帰れぬことなど。」
「とうの昔に分かっておった。」
「京へ戻れば。」
「また因縁が生まれる。」
「命を狙われるやもしれぬ。」
「再び。」
「戦へ担ぎ出されるやもしれぬ。」
「余は。」
「それでもよかった。」
「ただ。」
「ただ一つ。」
「余の祈りを込めた経だけでも。」
「京へ。」
「人々へ。」
「届いてほしかった……。」
「それだけで。」
「よかったのじゃ……。」
血の涙が頬を伝う。
澄華は静かに目を閉じる。
月が。
八咫鏡を照らした。
白銀の光は。
天ノ月弓へ宿る。
澄華はゆっくりと弓を引いた。
「月読命。」
「どうか。」
「迷える御魂へ。」
「安らぎを。」
「穢れに覆われた魂へ。」
「真なる祈りを。」
「今。」
「お返しします。」
白銀の瞳に。
月光が映る。
祈りを。
矢へ込める。
「──月花鏡明鏡止水。」
「真祈ノ矢。」
放たれた。
白銀の矢は。
音もなく。
崇徳天皇の胸を貫いた。
次の瞬間。
天を裂く咆哮。
黒龍だった。
崇徳の魂へ絡みついていた黒龍だけが。
白銀の光に焼かれ。
絶叫しながら。
夜空へ消えていく。
矢は。
崇徳を傷つけなかった。
射抜いたのは。
黒龍だけだった。
静寂。
崇徳はゆっくり目を開く。
そこにいたのは。
鬼でも。
大魔縁でもない。
写経を書き続けていた頃の。
穏やかな上皇だった。
「余は……。」
「まだ……。」
「祈っても。」
「よいのか。」
澄華は優しく微笑む。
「はい。」
「あなたは。」
「最初から。」
「祈り続けていました。」
「あなたの祈りは。」
「決して。」
「呪いではありません。」
「届かなかっただけです。」
「私は。」
「受け取りました。」
崇徳の瞳から。
透明な涙がこぼれる。
「……そうか。」
「余は。」
「祈って。」
「よかったのだな。」
澄華は静かに一礼した。
「崇徳天皇。」
「あなたの因縁は。」
「もう解けました。」
「これからは。」
「神として。」
「この国を。」
「人々を。」
「見守ってください。」
崇徳は月を見上げた。
遥か彼方。
京の都がある方角へ。
静かに両手を合わせる。
「ありがとう。」
その姿は。
月明かりへ溶けるように。
静かに消えていった。
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深い山奥。
闇の中。
一人の男が立っていた。
徐福。
その背後では。
無数の黒龍が蠢いている。
一匹だけ。
静かに消えた。
徐福はその様子を見つめ。
ゆっくりと扇子を閉じる。
「……なるほど。」
「八咫鏡とは。」
「真実を映す神器。」
静かに笑う。
「鏡の巫女。」
「必ず。」
「その八咫鏡は。」
「ワシがいただこう。」
夜風だけが。
静かに山を吹き抜けていった。




