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NOESISーノエシスー  作者: 月乃瀬
第三章ー八王子怨霊編ー
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第八話 銀の巫女と大魔縁

月乃瀬神社。


夏の終わりを告げる風が、静かに境内を吹き抜けていた。


社殿の前。


月乃瀬澄華は、一人夜空を見上げている。


白銀の瞳は月を映し、そこには迷いはなかった。


石段を、軽い足取りで登ってくる男がいる。


「こんばんは、鏡の巫女さん。」


安倍天明だった。


相変わらず細い狐目。


着物姿の陰陽師は扇子を肩へ乗せ、どこか楽しそうに笑う。


「因幡ちゃん、やってもうたで。」


澄華は穏やかに微笑んだ。


「……雷切ですね。」


「せや。」


天明は何度も頷く。


「まさか一週間で継承してしまうとは思わへんかった。」


「ほんま、とんでもない子や。」


澄華は静かに目を閉じる。


「……やっぱり。」


「因幡さんには、最初から秘めた才能がありました。」


「努力を続けられる人に、才能がないはずありません。」


「それがよう言えるわ。」


天明は優しく笑った。


「でもな。」


「今度は君の番や。」


懐から一枚の霊符を取り出す。


白い紙が夜風に舞った。


「──開け。」


その一言だけだった。


空間が歪む。


石畳の上に紫色の光が円を描く。


現れたのは鳥居でも神社でもない。


現世と霊界を繋ぐ、陰陽道の門。


「ほな、行きましょか。」


澄華は静かに頷き、門をくぐった。


──瞬間。


景色が変わる。


八王子。


人気の消えた夜の街。


ネオンだけが静かに瞬いていた。


……いや。


違う。


一つ。


また一つ。


街の灯りが消えていく。


信号は赤のまま止まり。


風が止み。


虫の声さえ消えた。


世界そのものが息を潜める。


その中心。


街灯の上に、一人の老人が立っていた。


白髪。


痩せ細った身体。


黒い法衣。


その背後から噴き出すのは、底知れぬ怨念。


日本三大怨霊。


崇徳天皇。


──大魔縁。


「…………来たか。」


地を這うような低い声が響く。


「鏡の巫女よ。」


「待ちわびたぞ。」


静寂。


「長い。」


「長い。」


「長い。」


「長い。」


「百年。」


「千年。」


「長い……!」


その一言ごとに、大気が軋む。


「お前の八咫鏡があれば。」


「我はすべてを見通せる。」


「神すら欺ける。」


「喜んで。」


「我の力の礎となるがよい。」


澄華は一歩だけ前へ出る。


その表情は、どこまでも穏やかだった。


「崇徳天皇。」


「あなたは、あまりにも長い間。」


「苦しみ続けてきました。」


「私は。」


「あなたを、その恨みも。」


「悲しみも。」


「苦しみも。」


「すべて解放するために来ました。」


白銀の瞳が静かに輝く。


「ですが。」


「この八咫鏡だけは、お渡しできません。」


世界が止まる。


次の瞬間。


「小癪なぁぁぁぁッ!!」


怨念が爆発した。


黒い霧が夜空を覆い尽くす。


崇徳天皇はゆっくり右手を掲げる。


「見せてやろう。」


「人というものが、どれほど脆い存在か。」


掌から、無数の黒い鎌が生まれた。


「──魔縁ノ鎌・千断。」


夜空を埋め尽くす黒い刃。


それは街中へ降り注ぐ。


恋人。


夫婦。


親子。


兄弟。


友。


師弟。


あらゆる”縁”へ。


黒い鎌が突き刺さった。


「あなたなんて大嫌い!」


「もう顔も見たくない!」


「離婚だ!」


「親なんか知らない!」


「先生なんて最低だ!」


悲鳴。


怒号。


泣き声。


街中の絆が、一瞬で引き裂かれていく。


安倍天明は青ざめた。


「うわぁ……。」


「怖い怖い。」


「鎌やら飛んで。」


「今度は矢まで飛んできそうや。」


「ワシ、サポート役やし。」


霊符を一枚放る。


「ほな、後は頼んだで。」


その姿は煙のように消えた。


澄華は静かに弓を構える。


月光が八咫鏡を照らす。


白銀の光が、一筋の矢となった。


「月読命。」


「どうか、人々の願いを。」


「もう一度。」


「未来へ。」


白銀の矢が夜空へ放たれる。


「──月花鏡千里眼・結縁ノ矢。」


一本。


また一本。


光の矢は黒い鎌を追い越していく。


断ち切られた縁。


砕けた想い。


失われた絆。


そのすべてを、月光が静かに結び直していく。


黒き怨念は、縁を断ち。


白き祈りは、縁を結ぶ。


神話は終わっていない。


人が祈り続ける限り。


八王子の夜空で。


新たな神話が、静かに幕を開けた。

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