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NOESISーノエシスー  作者: 月乃瀬
第三章ー八王子怨霊編ー
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第七話 雷切

夜。


八王子第三ビル。


屋上には誰もいない。


風だけが吹いている。


剛はゆっくりと階段を上がった。


黒い特攻服。


腰には一本の日本刀。


父・因幡豪から借り受けた刀だった。


扉を押し開く。


その瞬間。


月明かりが屋上を白く染めた。


そして。


一番高い給水塔の上。


そこに、一人の女が立っていた。


水色の髪が夜風に揺れる。


月を背負い。


二本の刀を腰へ携え。


まるで月夜へ溶け込むように。


美しかった。


そして。


恐ろしかった。


村雨響香。


「来たか。」


静かな声だった。


「少しは剣士らしくなったようじゃの。」


「……。」


「では。」


「かかってこい。」


その言葉と同時に。


剛は地を蹴った。


豪との一週間。


何千回と振り続けた居合。


抜刀。


一直線。


空気を裂く。


だが。


斬れない。


「……なっ!?」


そこには誰もいなかった。


「後ろだ。」


ゴンッ。


鞘が背中へ叩き込まれる。


剛は前へ転がった。


「まだ遅い。」


「もっと踏み込め。」


「お前の祖父は。」


「あんなものではなかった。」


剛は立ち上がる。


再び斬る。


横薙ぎ。


袈裟斬り。


突き。


すべて。


紙一重。


まるで風を斬っているようだった。


その度に。


鞘が飛んでくる。


肩。


腕。


脇腹。


額。


「見えておる。」


「全部見えておる。」


「モーションが大きい。」


「迷いがある。」


剛は息を荒げる。


「くっ……!」


村雨は静かに刀を抜いた。


「では。」


「今度はこちらから。」


二本の刀が月光を反射する。


「受けてみよ。」


次の瞬間。


舞が始まった。


一閃。


また一閃。


花びらが舞うような剣。


美しい。


それなのに。


死しか運ばない。


剛は必死に刀を合わせる。


ガキン。


ガキン。


ガキン。


豪との修行。


十人同時の木刀。


あの地獄が身体を動かしていた。


「ほう……。」


村雨が笑う。


「一週間前とは別人だ。」


「受けられるようになったか。」


剛は息を切らしながら問う。


「お前。」


「じいちゃんの雷切を食らったことあるのか。」


村雨は首を振った。


「ない。」


少しだけ。


その瞳が遠くを見た。


「私は。」


「あの男に一度も届かなかった。」


風が吹く。


「幼い頃。」


「私は負けを知らなかった。」


「誰にも。」


「一度たりとも。」


「負けたことがなかった。」


「なのに。」


「因幡小次郎だけは違った。」


扇子一本。


それだけだった。


刀を持つ私を。


何十回。


何百回。


首元へ寸止めした。


「もっと励め。」


「二度目はない。」


「あの人は。」


「そう言って笑っていた。」


村雨はゆっくり目を閉じる。


「悔しかった。」


「悔しくて。」


「嬉しかった。」


「だから私は。」


「あの人を超えたかった。」


「ただ、それだけだった。」


剛は静かに聞いていた。


「雷切を見たのは。」


「出雲決戦。」


「緋沙良命が徐福に捕まった時だった。」


「因幡小次郎は。」


「戦場すら捨てた。」


「空へ刀を掲げ。」


「雷を呼び。」


「光になった。」


「そして。」


「徐福の右腕を斬った。」


村雨の拳が震える。


「あの日。」


「私は初めて泣いた。」


「技の極致。」


「あれこそ。」


「私が辿り着くべき剣。」


「だから。」


「貴様のような雑魚には渡さん。」


その瞳が紅く染まる。


「村雨流。」


「二刀十連撃。」


夜が裂けた。


十。


二十。


三十。


剛は必死に受ける。


避ける。


受ける。


避ける。


だが。


速い。


速すぎる。


ザッ。


肩。


ザッ。


脇腹。


ザッ。


足。


血が飛ぶ。


剛は膝をつく。


村雨は静かに言った。


「安心しろ。」


「浅い。」


「まだ殺さん。」


剛はなお立ち上がる。


だが。


その瞬間。


パキン。


日本刀が折れた。


静寂。


村雨は刀を納める。


「無手の相手を斬るほど。」


「私は落ちぶれておらん。」


腰へ差していたもう一本。


雷切を抜き。


剛の前へ放った。


「立て。」


「貴様らの誇る。」


「雷切を使え。」


剛はゆっくりと刀を握る。


その瞬間だった。


世界が止まる。


鼓動。


血流。


呼吸。


すべてが。


雷へ変わる。


「あああああああああッ!!」


脳裏へ流れ込む。


因幡家。


小次郎。


豪。


幾千もの修練。


幾千もの命。


幾千もの祈り。


雷切が。


継承者を選んだ。


空が暗くなる。


雲が渦を巻く。


村雨の表情が変わる。


「……まさか。」


雨が落ちる。


一滴。


二滴。


そして。


轟音。


雷が。


雷切へ落ちた。


眩い閃光。


次の瞬間。


剛の姿は消えていた。


村雨の瞳が揺れる。


「どこだ――」


遅かった。


光が走る。


一閃。


村雨の脇腹から鮮血が舞う。


「……いつ。」


「斬られた。」


剛は静かに雷切を納めた。


「言ったはずだ。」


「次はないってな。」



村雨は笑う。


「……なぜ。」


「止めを刺さぬ。」


剛は月を見上げた。


「じいちゃんなら。」


「そうしねぇと思った。」


静寂。


村雨は初めて。


心から笑った。


「……そうか。」


黒龍の禍々しい気配が。


ほんの少しだけ薄れていく。


「誰かを守るための剣。」


「それが。」


「あの人の剣だったか。」


剛は雷切を肩へ担ぐ。


「ありがとよ。」


「お前が。」


「雷切の本当の凄さを教えてくれた。」


村雨は背を向ける。


「まだ終わらん。」


「私は。」


「まだあの人には届いておらん。」


夜風が吹く。


月だけが二人を照らしていた。


雷切は、新たな継承者を得た。

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