第六話 雷切継承への道
朝の因幡組道場。
竹刀がぶつかり合う乾いた音だけが静かに響いていた。
因幡剛は一人、黙々と木刀を振り続けている。
昨日までとは違う。
腕も、肩も、背中も。
全身が包帯だらけだった。
村雨響香との戦い。
その傷は、まだ痛む。
それでも。
木刀を握る手だけは震えていなかった。
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「……まだ振っとるんか。」
道場の奥から声がした。
因幡豪だった。
今日は薄いサングラスは掛けていない。
昨日、村雨に斬られた頬の傷がまだ赤く残っている。
剛は木刀を止めない。
「止まったら負けそうだからな。」
豪は少し笑った。
「……そうか。」
しばらく沈黙が流れる。
やがて豪が口を開く。
「情けねぇ負け方やったな。」
「うるせぇ。」
「だがな。」
豪は真っ直ぐ剛を見る。
「相手が悪かった。」
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剛は木刀を下ろした。
「親父。」
「あいつ……なんなんだ。」
「速すぎる。」
「何も見えなかった。」
豪は静かに頷く。
「見えないのは当然。」
「あれは一人を斬る剣ではない。」
「軍を斬る剣。」
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豪は一本の木刀を拾う。
「村雨流――十連撃。」
次の瞬間だった。
ヒュン。
空気が裂ける。
右。
左。
喉。
肩。
腹。
膝。
脇腹。
背中。
首筋。
心臓。
一瞬だった。
十本の軌道だけが空中へ残る。
剛は息を呑んだ。
「……十発。」
「そう。」
「普通なら全部急所。」
「一太刀目を防いでも。」
「二太刀目で死ぬ。」
「二太刀目を避けても。」
「三太刀目で終わる。」
豪は木刀を納めた。
「あれはそういう剣だ。」
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剛は拳を握る。
「じゃあ……。」
「どう止める。」
豪は即答した。
「止めるな。」
「全部受けろ。」
「…………は?」
「だから勝てん。」
豪は笑った。
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「修行だ。」
豪が手を叩く。
すると道場の奥から組員たちが集まってくる。
十人。
皆、木刀を持っていた。
「全員。」
「一斉に来い。」
組員たちが顔を見合わせる。
「えっ……。」
「組長、本気ですか。」
「本気だ
「遠慮したら追い出す。」
組員全員の表情が引き締まる。
「行くぞォォッ!!」
十人が同時に飛び出した。
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一秒後。
ドサッ。
剛が床に転がっていた。
頭を押さえ、腹を押さえ、足を押さえ。
「痛ぇぇぇぇ!!」
豪は腕を組む。
「遅ぇ。」
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二回目。
また全滅。
三回目。
また吹き飛ぶ。
夕方。
四十回目。
組員たちも肩で息をしていた。
「総長……。」
「強くなる前に死ぬんじゃ……。」
剛だけは立ち上がる。
「もう一回だ!!」
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豪は静かに言う。
「一人を見るな。」
「全員を見ろ。」
「剣先を見るな。」
「空気を見ろ。」
「殺気を見ろ。」
「身体全体で戦え。」
剛は目を閉じる。
耳を澄ます。
足音。
息遣い。
竹刀を握る音。
畳が沈む感覚。
「……来る。」
十人が飛び込む。
剛の身体が半歩だけ動いた。
一本。
二本。
三本。
避けた。
四本目で吹き飛ぶ。
豪が小さく笑う。
「そうや。」
「今の半歩や。」
「それが生き残る歩幅や。」
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日が沈み始める。
誰も口を開かない。
木刀だけが鳴る。
豪はふと空を見上げ、小さく呟いた。
「親父……。」
「まだ、お前には届かんな。」
その声は、誰にも届かなかった。
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修行が終わる頃。
豪は剛へ背を向けたまま言う。
「村雨響香には、まだ勝てん。」
剛は悔しそうに歯を食いしばる。
豪は振り返らない。
「せやけどな。」
「お前はようやく。」
「雷切を継ぐ入口に立った。」
道場に夕日が差し込む。
その光は、かつて因幡小次郎が立っていた場所を静かに照らしていた。
まだ雷は落ちない。
だが。
その空には、確かに雷雲が集まり始めていた。




