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NOESISーノエシスー  作者: 月乃瀬
第三章ー八王子怨霊編ー
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第六話 雷切継承への道

朝の因幡組道場。


竹刀がぶつかり合う乾いた音だけが静かに響いていた。


因幡剛は一人、黙々と木刀を振り続けている。


昨日までとは違う。


腕も、肩も、背中も。


全身が包帯だらけだった。


村雨響香との戦い。


その傷は、まだ痛む。


それでも。


木刀を握る手だけは震えていなかった。



「……まだ振っとるんか。」


道場の奥から声がした。


因幡豪だった。


今日は薄いサングラスは掛けていない。


昨日、村雨に斬られた頬の傷がまだ赤く残っている。


剛は木刀を止めない。


「止まったら負けそうだからな。」


豪は少し笑った。


「……そうか。」


しばらく沈黙が流れる。


やがて豪が口を開く。


「情けねぇ負け方やったな。」


「うるせぇ。」


「だがな。」


豪は真っ直ぐ剛を見る。


「相手が悪かった。」



剛は木刀を下ろした。


「親父。」


「あいつ……なんなんだ。」


「速すぎる。」


「何も見えなかった。」


豪は静かに頷く。


「見えないのは当然。」


「あれは一人を斬る剣ではない。」


「軍を斬る剣。」



豪は一本の木刀を拾う。


「村雨流――十連撃。」


次の瞬間だった。


ヒュン。


空気が裂ける。


右。


左。


喉。


肩。


腹。


膝。


脇腹。


背中。


首筋。


心臓。


一瞬だった。


十本の軌道だけが空中へ残る。


剛は息を呑んだ。


「……十発。」


「そう。」


「普通なら全部急所。」


「一太刀目を防いでも。」


「二太刀目で死ぬ。」


「二太刀目を避けても。」


「三太刀目で終わる。」


豪は木刀を納めた。


「あれはそういう剣だ。」



剛は拳を握る。


「じゃあ……。」


「どう止める。」


豪は即答した。


「止めるな。」


「全部受けろ。」


「…………は?」


「だから勝てん。」


豪は笑った。



「修行だ。」


豪が手を叩く。


すると道場の奥から組員たちが集まってくる。


十人。


皆、木刀を持っていた。


「全員。」


「一斉に来い。」


組員たちが顔を見合わせる。


「えっ……。」


「組長、本気ですか。」


「本気だ


「遠慮したら追い出す。」


組員全員の表情が引き締まる。


「行くぞォォッ!!」


十人が同時に飛び出した。



一秒後。


ドサッ。


剛が床に転がっていた。


頭を押さえ、腹を押さえ、足を押さえ。


「痛ぇぇぇぇ!!」


豪は腕を組む。


「遅ぇ。」



二回目。


また全滅。


三回目。


また吹き飛ぶ。


夕方。


四十回目。


組員たちも肩で息をしていた。


「総長……。」


「強くなる前に死ぬんじゃ……。」


剛だけは立ち上がる。


「もう一回だ!!」



豪は静かに言う。


「一人を見るな。」


「全員を見ろ。」


「剣先を見るな。」


「空気を見ろ。」


「殺気を見ろ。」


「身体全体で戦え。」


剛は目を閉じる。


耳を澄ます。


足音。


息遣い。


竹刀を握る音。


畳が沈む感覚。


「……来る。」


十人が飛び込む。


剛の身体が半歩だけ動いた。


一本。


二本。


三本。


避けた。


四本目で吹き飛ぶ。


豪が小さく笑う。


「そうや。」


「今の半歩や。」


「それが生き残る歩幅や。」



日が沈み始める。


誰も口を開かない。


木刀だけが鳴る。


豪はふと空を見上げ、小さく呟いた。


「親父……。」


「まだ、お前には届かんな。」


その声は、誰にも届かなかった。



修行が終わる頃。


豪は剛へ背を向けたまま言う。


「村雨響香には、まだ勝てん。」


剛は悔しそうに歯を食いしばる。


豪は振り返らない。


「せやけどな。」


「お前はようやく。」


「雷切を継ぐ入口に立った。」


道場に夕日が差し込む。


その光は、かつて因幡小次郎が立っていた場所を静かに照らしていた。


まだ雷は落ちない。


だが。


その空には、確かに雷雲が集まり始めていた。

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