第三話 八人の王
第三章 NOESIS ―八王子怨霊編―
第三話 八人の王
静寂が落ちた。
先ほどまで軽口を叩いていた安倍天明の表情から笑みが消える。
狐のように細かった目が、わずかに鋭さを帯びた。
「……ほな、続き話しましょか。」
その一言だけで、部屋の空気が変わった。
「今回現れた四人の怨霊王には、それぞれ欲しいもんがある。」
天明は指を一本立てた。
「平将門は――草薙の剣。」
二本目。
「菅原道真は――八尺瓊勾玉。」
三本目。
「崇徳天皇は――八咫鏡。」
そして最後の一本を立てる。
「村雨響香は――雷切。」
その名が告げられた瞬間。
天城煌の瞳が鋭く光った。
「平将門……。」
低く呟く。
「七年前、天城家を滅ぼした怨霊。」
天明は静かに頷いた。
「せや。」
「平将門は平家の怨霊を率いて天城家を襲った。」
「草薙の剣を手に入れるためにな。」
「けど、神器は継承者から奪えへんかった。」
「せやから今もなお、天城ちゃんを狙っとる。」
煌は拳を握る。
幼い日の炎。
崩れ落ちる屋敷。
血の匂い。
あの日の景色だけは、一度も夢から消えたことがない。
「……平将門は、俺が倒す。」
静かな声だった。
けれど、その一言には七年間積み重ねた覚悟が宿っていた。
蓮もまた考え込む。
「菅原道真……。」
日本史上、最も有名な怨霊。
学問の神として祀られながら、その本質は怒りと呪い。
「天神様が相手か……。」
「情報戦になりそうだな。」
澄華も静かに目を閉じる。
「崇徳天皇……。」
巫女として、その名は嫌というほど知っていた。
「日本最大級の怨霊。」
「呪いの王……。」
その声だけで部屋の温度が少し下がったような気がした。
ただ一人。
因幡剛だけが話についていけない。
「ちょ、待て待て待て!」
頭を抱えながら叫ぶ。
「村雨?!」
「雷切?!」
「なんなんだよそれ!」
「だいたい俺ぁ雷切なんてもん持ってねぇぞ!」
「知らねぇって!」
その場の空気が一瞬だけ緩んだ。
天明は吹き出しそうになりながら肩をすくめる。
「そや。」
「雷切いうんは、日本最強の剣豪――因幡小次郎の愛刀や。」
「今どこにあるんかは誰も知らへん。」
剛は腕を組みながら考え込む。
「……親父なら知ってるかもしれねぇ。」
三人の視線が一斉に剛へ向く。
「親父、めちゃくちゃ強ぇんだ。」
「俺、一回も勝ったことねぇ。」
「その親父がな。」
「じいちゃんには、一回も勝てなかったって言ってた。」
沈黙。
蓮。
煌。
澄華。
三人は揃って首を傾げる。
その反応を見て、剛は大きくため息を吐いた。
「だからお前らは規格外なんだよ!」
「普通は親父にも勝てねぇんだって!」
「なぁ、天明?」
天明は腹を抱えて笑った。
「せやせや。」
「この三人は規格外や。」
「比べたらあかん。」
「世間で言うたら、因幡ちゃんも十分化け物やで。」
剛は少しだけ照れ臭そうに頭を掻く。
「……そういうもんか?」
「そういうもんや。」
天明は笑みを浮かべたまま立ち上がる。
「まず動くんは――因幡家になりそうや。」
「雷切の話、避けては通れへん。」
その瞬間。
風が吹いた。
紙垂が揺れる。
五芒星の光が足元に浮かび上がった。
「ほな。」
「時が来たら迎えに来ます。」
次の瞬間。
そこにはもう誰もいなかった。
まるで最初から存在しなかったかのように。
残された四人だけが、その静けさを見つめていた。
そして――。
因幡剛はまだ知らない。
祖父・因幡小次郎。
その男が「日本最強」と呼ばれた理由を。
そして、自らの運命が一本の刀によって大きく動き始めることを。




