第一話 阿部天明
そこまで話すと。
神崎マリアの姿は、春の風に溶けるように静かに消えていった。
辺りは静寂に包まれる。
誰もすぐには口を開けなかった。
神崎蓮は、ゆっくりと目を閉じる。
自分は何者なのか。
NOESISとは何なのか。
母は何を願い、何を託したのか。
父はどんな人だったのか。
二十五年前から続く戦い。
その全てが一本の線となって、自分の中で繋がっていく。
NOESISは情報を整理していた。
だが、その情報を受け止める心だけは、人間のものだった。
嬉しいのか。
悲しいのか。
誇らしいのか。
悔しいのか。
自分でも分からない。
胸の奥だけが熱かった。
沈黙を破ったのは因幡剛だった。
「……蓮。」
「お前の母ちゃんも父ちゃんも、すげぇ人だったんだな。」
剛は拳を握る。
「だからお前は、あんな簡単に技を覚えちまうのか。」
そして小さく笑った。
「……俺のじいちゃんも、そんなに強かったのかよ。」
笑顔は長く続かなかった。
「俺は……。」
その続きを言葉にできない。
誇らしさと悔しさが入り混じる。
祖父の背中は、思っていたより遥か遠くにあった。
月乃瀬澄華は静かに目を閉じていた。
やはり。
あの日。
月花鏡読心術で蓮の心を覗いた時から感じていた違和感。
神崎蓮は普通の人ではない。
八尺瓊勾玉の継承者。
自分と同じ。
三種の神器を受け継ぐ者だった。
そして。
視線は隣へ向く。
天城煌。
草薙剣を継ぐ彼もまた。
導かれるように蓮と出会った存在。
偶然ではない。
運命だった。
その予感は、ようやく確信へ変わった。
天城煌は腕を組んだまま空を見上げる。
「……なら。」
低く呟く。
「俺が追っていた平将門との因縁も。」
「蓮の親の仇――徐福に繋がっているってことか。」
答えは返ってこない。
伝説の巫女は、最後の力を使い果たしていた。
その時だった。
ギィ……
山奥の小さな家の戸が静かに開く。
一人の男が、のんびりと姿を現した。
狐のように細い目。
病的なほど白い肌。
ぼさぼさの黒髪。
どこか掴みどころのない笑みを浮かべている。
「よう、天城ちゃん。」
「久しぶりやなぁ。」
京都訛りの軽い声が響く。
「話は全部聞かせてもろたで。」
男は肩をすくめながら笑う。
「その続きはなぁ。」
「ワシが説明したるわ。」
天城煌の目が見開かれる。
「……お、お前は。」
「安倍天明!?」




