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NOESISーノエシスー  作者: 月乃瀬
NOESIS覚醒編
3/19

第三話  静かに揺れる光

NOESISノエシス


第三話:静かに揺れる光



 人は、自分の理解できないものを恐れる。


 だから世界は、

 認識できる範囲だけで構築されている。


 空は青い。


 重力は下へ落ちる。


 人は死ねば終わる。


 そう定義しなければ、

 精神が現実に耐えられないからだ。


 けれど。


 もしも世界の裏側に、

 “別の法則”が存在するとしたら。


 その瞬間、

 日常は神話へ変質する。



 翌朝。


 神崎蓮は目を開けた瞬間、自分の異常を理解した。


 身体が軽い。


 いや、違う。


 “最適化されている”。


 昨日、因幡剛と戦ったはずだった。


 筋肉は酷使され、

 骨格にも負担がかかっていたはずなのに、

 疲労が存在しない。


 NOESISが、身体制御まで侵食し始めている。


(……どこまで行くんだ、これ)


 洗面台の鏡を見る。


 右目の青い光は、

 昨日よりわずかに深くなっていた。


 まるで、

 世界を観測するための“窓”が開きつつあるみたいに。



 保健室の前を通り過ぎた瞬間。


「オイ、蓮」


 低い声。


 ベッドの上で因幡剛が笑っていた。


 包帯だらけの姿なのに、

 目だけは獣みたいに鋭い。


「昨日のアレ、説明しろ」


「……俺にもわからない」


「嘘つけ」


 剛は起き上がる。


「お前、俺の拳を“見てから”避けたんじゃねぇ。

 避ける前に、もう結果を知ってた目だった」


 蓮は黙る。


 剛は本能で理解している。


 NOESISの正体までは分からなくても、

 蓮が既に“普通の人間”ではないことを。


「ま、いい」


 剛は鼻で笑う。


「化け物でもなんでも。

 俺の命を守った時点で、お前は俺の側だ」


 その言葉は妙に重かった。


 友情ではない。


 もっと原始的なもの。


 強者同士の契約。


 あるいは、

 命を預けた者への帰属。


「因幡家は義理を裏切らねぇ」


 剛が呟く。


 その瞬間。


 NOESISが反応した。



 因幡。


 出雲系統。


 古代祭祀。


 国譲り神話。


 武神信仰。


 霊子血統。



 情報が脳へ流れ込む。


(……なんだ、これ)


 ただの名字じゃない。


 “因幡”という名そのものに、

 何か古い情報が紐づいている。


 まるで血脈そのものが、

 神話の残骸を引き継いでいるみたいに。


「おい、どうした?」


「……いや、なんでもない」


 蓮は視線を逸らした。


 NOESISは、

 人間の奥底に眠る“情報”まで観測し始めている。


 それが何より不気味だった。



 廊下へ出た瞬間。


 ふわり、と白い光が揺れた。


「神崎くん」


 月乃瀬澄華だった。


 黒髪。


 白いリボン。


 静かな瞳。


 だが。


 NOESISは彼女を見た瞬間、

 明確な“違和感”を検知した。



 霊子反応。


 精神干渉耐性。


 高純度感応体質。


 巫女系譜。



(……巫女?)


 蓮は思わず息を止めた。


 澄華の周囲だけ、

 空気の密度が違う。


 まるで現実へ薄い膜が一枚重なっているみたいだった。


「昨日、本当に大丈夫だった?」


「……平気だよ」


「嘘」


 即答だった。


 澄華は真っ直ぐ蓮を見る。


 その視線は優しいのに、

 どこか“見透かして”いる。


「神崎くん、昨日から静かすぎるの」


「静か?」


「うん。

 前はもっと……痛かった」


 蓮は言葉を失った。


 彼女は感じ取っている。


 母を失った痛みが、

 NOESISによって“整理”され始めていることを。


 悲しみすら、

 情報処理されつつあることを。


「今のあなた、

 深い湖の底みたい」


 澄華が呟く。


「綺麗だけど……

 誰も触れられない」



 その瞬間だった。


 空気が変わる。



 階段の上。


 ひとりの少年が立っていた。



 天城煌。



 銀紫の髪。


 青い瞳。


 整いすぎた顔立ち。


 その存在は、

 人間というより“完成品”だった。


 NOESISが警告を発する。



 危険。


 観測不能。


 解析失敗。


 情報秘匿層を確認。



(……解析、できない?)


 初めてだった。


 NOESISが、

 対象を読み切れない。


 煌の瞳が蓮を見る。


 その瞬間。


 背筋へ氷を流し込まれたみたいな感覚が走る。


 見られている。


 違う。


 “解析されている”。


 まるで自分が、

 標本にされた側みたいに。


「…………」


 煌は何も言わない。


 ただ静かに蓮を観察し、

 わずかに目を細めた。


 興味。


 あるいは確認。


 それだけを残し、

 彼は去っていく。


 沈黙だけが残った。



「……なんだ、あいつ」


 剛ですら顔をしかめていた。


 獣は理解している。


 あれは“人間社会のルール”で測ってはいけない存在だと。



 放課後。


 昇降口。


「君、綺麗な色になったね」


 突然の声。


 振り返ると、

 小柄な少年が座っていた。


 閉じた瞳。


 白い指先。


 だが。


 NOESISが激しく反応する。



 観測異常。


 視覚未使用。


 高次感応。


 認識領域干渉。



「君……誰だ」


「見えないだけだよ」


 少年は微笑む。


「でも、“色”は見える」


「色?」


「うん。

 昨日までは濁ってた。

 でも今は綺麗だ」


 少年はゆっくり蓮へ顔を向ける。


「青いね。

 まるで神様に触れた人みたい」


 その瞬間。


 NOESISが、

 初めて“恐怖”に近い反応を返した。


 この少年は見えている。


 NOESISそのものを。


「君の中で、

 何かが目覚め始めてる」


 風が吹く。


 次に目を開けた時、

 少年の姿は消えていた。



 帰り道。


 夕暮れが街を赤く染めていた。


 因幡剛。


 月乃瀬澄華。


 天城煌。


 そして、あの盲目の少年。


 普通だった世界が、

 急速に“裏側”を見せ始めている。


 神話。


 血統。


 祈り。


 情報。


 人類が理解できない何か。


 NOESISは、

 その扉を開く鍵なのか。


 あるいは。


 扉の向こうから来た“異物”そのものなのか。



 蓮は空を見上げた。


 右目の奥で、

 青い光が静かに脈動している。


 それはまるで。


 世界の深淵が、

 こちらを見返しているみたいだった。






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