第十二話 神有月、覚醒
花火大会が終わりを迎える。
夜空を埋め尽くしていた光は消え、祭囃子も静かに余韻だけを残していた。
緋沙良とマリアは山を下りながら、ゆっくりと祭り会場へ戻っていた。
その時だった。
――ガシャァン!!
木材が砕け散る音。
続いて。
「きゃあああぁぁっ!!」
人々の悲鳴が夜の神社へ響き渡る。
「……!」
緋沙良の表情が変わった。
「マリア!」
二人は一気に駆け出した。
祭り広場へ飛び込む。
提灯は倒れ、
屋台は潰され、
人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っている。
その中央に立っていたのは――
巨大な牛の頭を持つ怪物。
そして。
馬の頭を持つ怪物。
異様な瘴気が辺りを覆っていた。
牛の怪物が鼻を鳴らす。
「我が名は――牛頭。」
馬の怪物が斧を肩へ担ぐ。
「俺は馬頭。」
「地獄より参った。」
「貴様ら程度、一瞬で踏み潰してやろう。」
祭りの空気は完全に凍り付いていた。
しかし。
緋沙良だけは笑っていた。
「あぁ?」
「祭りのお面にしちゃ、よく出来てるじゃねぇか。」
牛頭の額に青筋が浮かぶ。
「貴様……!」
緋沙良は木刀を肩へ担ぐ。
「今日は神有月。」
「全国の神様が出雲に集まる、一年で一番熱い日なんだ。」
「つまり――」
右目が青く輝いた。
「今日の俺は。」
「無敵だ。」
青い霊光が身体を包む。
提灯が一斉に揺れ、
空気が震える。
「神有月――発動。」
夜空から黄金の雷光が降り注ぐ。
「来い。」
「建御雷神。」
轟音。
雷鳴。
黄金の稲妻が緋沙良の身体へ宿った。
「装填――建御雷神。」
「フィジカル百倍。」
牛頭が巨大な戦槌を振り上げる。
「潰れろォォォ!!」
ゴォォン!!
神社を揺らす一撃。
だが。
緋沙良は避けなかった。
左腕一本。
それだけで戦槌を受け止める。
「……軽い。」
牛頭の目が見開く。
「ば、馬鹿な……!」
緋沙良が笑う。
「全然効かねぇな。」
「今月の俺は、マジで無敵なんだよ。」
次の瞬間。
地面が爆ぜた。
緋沙良の身体が消える。
「なっ――」
振り向く間もない。
黄金の軌跡。
大きく回転した右脚が、牛頭の側頭部へ炸裂する。
「半月斬ッ!!」
ドゴォォン!!
牛頭の巨体が宙へ舞う。
まだ終わらない。
緋沙良は空中で牛頭の腕を掴む。
その勢いのまま。
豪快に身体を回転させた。
「山嵐ァァァ!!」
ドォォォォン!!
神社の石畳が砕ける。
土煙が夜空へ舞い上がる。
牛頭は白目を剥き、
舌をだらりと垂らして気絶していた。
「伝説の妖怪って聞いてたけど。」
「案外、大したことねぇな。」
その時だった。
馬頭の視線が、
緋沙良ではなく――
マリアへ向く。
「……見つけた。」
「八尺瓊勾玉の管理者。」
「徐福様の標的。」
馬頭の身体が消える。
速い。
馬の脚力。
常人では視認できない速度だった。
マリアは浴衣姿。
戦闘装備ではない。
「しまっ――」
その瞬間。
――バチッ。
雷鳴だけが響いた。
馬頭の身体が止まる。
「……え?」
ゆっくりと振り返る。
そこには、
すでに馬頭の横を通り過ぎている一人の男がいた。
黒い羽織。
白銀の長髪。
静かに刀を納める。
因幡小次郎。
「雷は。」
小さく呟く。
「光より速い。」
チン――。
納刀の音。
その直後。
馬頭の身体がゆっくりと崩れ落ちた。
ズシン。
絶命。
マリアは目を見開いた。
「……見えなかった。」
小次郎は静かに空を見上げる。
「妖怪まで使い始めたか。」
「徐福も……いよいよ本気ということじゃな。」
一方。
緋沙良は満面の笑みで振り返る。
「どうよ!」
「俺の必殺コンボ見た!?」
「ずーっと浮きっぱなしだったろ!」
「妖怪だろうが鬼だろうが!」
「この神有月だけは、絶対に負けるわけにはいかねぇんだ!」
そして。
腹を鳴らした。
「……あ。」
「運動したら腹減った!」
「屋台まだ残ってるかな!」
「焼きそば食おうぜ!」
マリアは思わず吹き出した。
「もう……。」
「本当に呑気なんだから。」
そう言いながらも。
その笑顔は、どこまでも穏やかだった。
緋沙良がいる。
小次郎がいる。
二人が隣にいてくれる。
それだけで。
世界は、こんなにも安心できる。
しかし――
祭りの灯りが届かない山の奥。
黒い外套を纏った一人の男が、静かに二人を見下ろしていた。
倒れた牛頭と馬頭を見つめ、薄く笑う。
「……神有月。」
「なるほど。」
「大国主の血とは、ここまでのものか。」
男は音もなく闇へ溶けていく。
祭りは終わった。
だが、本当の戦いは――
まだ始まったばかりだった。




