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NOESISーノエシスー  作者: 月乃瀬
神崎マリア編ー出雲霊戦記ー
16/18

第三話  出雲亡命


――二日後。


神崎マリアは出雲の地にいた。


目の前には穏やかな山々が広がっている。


風は優しく、空は青かった。


けれど。


その景色は何も映してはいなかった。


縁側に座ったまま、マリアはただ空を見上げている。


何も考えていない。


いや。


考えないようにしていた。


思い出してしまうからだ。


燃え落ちる熊野大宮。


血に染まった石畳。


父の最期。


母の最期。


伸ばした手が届かなかったこと。


助けられなかったこと。


十三歳の少女には重すぎる現実だった。


食事も喉を通らない。


眠ることもできない。


涙さえ枯れてしまった。


ただ時間だけが過ぎていく。


そんな時だった。


「お前、腹減ってないか?」


突然、声がした。


振り向く。


そこには同じ歳くらいの少年が立っていた。


日焼けした顔。


真っ直ぐな瞳。


人懐っこい笑顔。


「とりあえずメシ食え!な?」


あまりにも自然な言葉だった。


慰めでもない。


同情でもない。


だからこそ。


少しだけ心に届いた。


マリアは自分が二日間何も食べていなかったことを思い出した。


「……うん」


小さく頷く。


「食べる」


少年は満面の笑みを浮かべた。


「よし!」


その日の朝食は焼き鮭と味噌汁だった。


湯気の立つ白米。


香ばしい鮭。


温かな味噌汁。


箸を取る。


一口食べる。


――美味しい。


気が付けば夢中になっていた。


何も感じられなくなっていたはずなのに。


身体は正直だった。


「おお、すげぇ食うな!」


少年が笑う。


「メシ食ったら元気出るよな!なぁ、小次郎!」


白髪の老人は静かに茶を啜った。


「人は飯を食わねば生きていけぬ」


短い言葉。


だが不思議と重みがあった。


少年は胸を張る。


「本当に大変だったな!」


そして。


太陽のような笑顔で言った。


「でも安心しろ!」


「この出雲の皇子、緋沙良命と!」


「この爺や、因幡小次郎が!」


「絶対にお前を守ってやるからな!」


マリアは言葉を返せなかった。


ただ。


小さく頷いた。


胸の奥にあった氷が。


ほんの少しだけ溶けた気がした。


――ねぇ、ノエシス。


心の中で呼びかける。


勾玉はすぐに答えた。


『熊野大宮と出雲は古くからの盟友だ』


『因幡小次郎とお前の父も長き友であった』


『ここは安全だ』


マリアは少しだけ安心した。


「わかった」


そして。


茶碗を差し出す。


「……ねぇ」


「おかわりちょうだい」


一瞬の沈黙。


次の瞬間。


緋沙良が腹を抱えて笑い出した。


「ははははっ!」


「元気じゃねぇか!」


「いや待て!」


「さっき何と話してた!?」


マリアは首を傾げる。


「ノエシス」


「何でも知ってるんだよ」


『全知全能、人類の叡智を込めた神器様である』


「そう言ってる」


「いや聞こえねぇわ!」


緋沙良が即座に突っ込む。


「さっぱりじゃな」


小次郎も真顔で頷いた。


『凡人には聞こえん』


「だから聞こえねぇんだって!」


出雲の屋敷に笑い声が響く。


マリアは少しだけ驚いた。


自分も。


笑っていたからだ。


熊野大宮を失ってから初めてだった。


その日。


神崎マリアは久しぶりに笑った。


そして――


この出会いが。


後に世界の運命を変えることになる。


平穏な日々は。


静かに流れ始めていた。

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