第十三話 母の声
夜が明けようとしていた。
東の空が僅かに白み始めている。
だが。
神崎蓮の胸には奇妙な違和感が残っていた。
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平将門。
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天城煌から聞かされた話。
怨霊王。
落武者の軍勢。
そして。
世界の裏側で動き始めた何か。
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蓮は空を見上げた。
右目が微かに青く光る。
NOESISは観測を続けていた。
だが。
何かが足りない。
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情報がない。
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まるで重要なページだけが破り取られているようだった。
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「母さん……」
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その名を呟く。
神崎マリア。
NOESIS開発者。
そして。
既にこの世にいない人。
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「神崎くん」
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声がした。
月乃瀬澄華だった。
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「準備はできた?」
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白いワンピース。
朝の光を受けて静かに微笑んでいる。
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「本当に会えるのかな」
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蓮が言う。
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「分からない」
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澄華は首を振った。
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「でも、伝説の巫女様なら何か知っていると思う」
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東北地方。
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山奥だった。
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舗装された道路は途中で消える。
獣道のような細い山道。
木々の隙間から射し込む朝日。
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「こんな所に人が住んでるのかよ」
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因幡剛が呆れたように言う。
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「おれなら三日で遭難するぞ」
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「二日だろ」
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天城煌が笑う。
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「やかましい!」
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少しだけ空気が和らぐ。
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だが。
澄華だけは真剣だった。
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「もうすぐよ」
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その言葉と同時に。
森が開けた。
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古い家が一軒。
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鳥居もない。
神社でもない。
寺でもない。
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ただ。
そこに在る。
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そんな家だった。
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◆
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縁側に一人の老婆が座っていた。
90歳は越えているであろう。
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小柄な身体。
深い皺。
だが。
とても穏やかな顔をした老婆だった。
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「来たかい」
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老婆は言った。
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「神崎マリアの息子」
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蓮の身体が強張る。
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初対面だった。
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名前も言っていない。
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だが。
老婆は知っていた。
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「お前さんを待っていたよ」
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伝説の巫女さま。
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それが人々の呼び名だった。
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死者の声を聞く者。
魂を繋ぐ者。
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現代では忘れ去られた存在。
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だが。
確かに存在する。
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「聞きたいことがあるんだろう?」
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蓮は頷く。
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「NOESISについて」
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「母さんについて」
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「全部だ」
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老婆は目を閉じた。
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静寂。
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風が吹く。
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木々が揺れる。
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鳥の声が消える。
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世界が息を止める。
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そして。
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空気が変わった。
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柔らかく。
優しく。
どこか懐かしい。
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蓮の心臓が跳ねた。
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知っている。
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会ったことはない。
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だが。
知っている。
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忘れるはずがない。
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「……蓮」
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声がした。
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涙が出そうになる。
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その声を。
蓮は知っていた。
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「母さん……?」
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おがみさまの口が動く。
だが。
聞こえてくる声は別だった。
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優しく。
暖かく。
懐かしい。
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神崎マリア。
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その人の声だった。
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「蓮」
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「突然のことで驚いたでしょう」
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微笑むような声。
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「でもね」
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「母さんには」
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「どうしても伝えなければならないことがあるの」
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蓮は言葉を失う。
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澄華も。
煌も。
剛も。
黙っていた。
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ただ一人。
神崎マリアだけが語り始める。
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「NOESISについて」
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「あなたのお父さんについて」
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「八尺瓊勾玉について」
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「そして――」
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少しだけ間が空く。
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「25年前の話を」
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風が吹いた。
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木々が揺れる。
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遠い記憶の扉が開く。
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神崎マリアの瞳が。
ゆっくりと過去を見つめた。
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「――あれは」
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「母さんが十三歳だった頃の話」
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◆
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熊野大宮。
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八尺瓊勾玉を祀る神社。
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まだ。
世界が壊れる前の物語。
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まだ。
徐福という男が現れる前の物語。
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そして。
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全ての始まり。
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NOESISの神話。
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神崎マリアの物語。
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第一章
NOESIS覚醒編
完




