『呪われた人形と人食い人形(?)』…第5章・恥辱の日々
翌朝から、河上家には奇妙な「異変」が起こり始めた。俊雄と紗和子がそれぞれのスマートフォンで撮影した写真や動画、そして賢太がスマホを借りて撮った家族写真の中に、信じられないものが写り込んでいたのだ。動かした覚えの無いお菊人形が、いつの間にか後ろを向いていたり、小首を傾げてピースサインをしていたりする様子が、鮮明に記録されていたのだ。
「パパ、これ見て!お菊ちゃん、動いてる!」
洋子が興奮した声でスマートフォンの画面を指差した。賢太も目を輝かせている。
子供たちはこの「怪奇現象」に興味津々で、まるで新しい遊びを見つけたかのように興奮していた。しかし、俊雄と紗和子の顔には、次第に警戒の色が浮かび始めていた。
「ねえ、あなた、これ…どういうことなの?私たち、あの人形を動かしてないわよね?」
紗和子が不安げに俊雄に問いかけた。俊雄も眉間に皺を寄せて頷く。
「ああ、僕も動かした事は無い…。でも、これは一体…?」
夫婦の間に、じわりと不穏な空気が漂い始める。
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その翌日、紗和子が掃除のためにリビングのお菊人形の近くを通った時だった。ふと、彼女の視界にとんでもないものが飛び込んできた。なんと、昨日まで着物をきちんと着ていたはずのお菊人形が、着物をはだけて半裸になり、まるでヌードギャルのようにセクシーなポーズをとっているのだ。しかも、ウインクでもしているかのように、片目を閉じている。
「ひゃああっ!」
思わず悲鳴を上げた紗和子は、弾かれたように後ずさった。心臓がバクバクと音を立てる。
「洋子!賢太!あんたたち、お菊人形で悪戯したでしょ!」
紗和子は怒鳴るように子供たちを問い詰めた。だが、子供たちは顔を見合わせ、心底不思議そうな顔で首を横に振る。
「えっ?やってないよ、ママ…」
「もしかして、お菊ちゃんが自分で動いたの?」
子供たちの返答に、紗和子は思わずその場に立ち尽くした。まさか、そんな馬鹿な。
しかし、リビングに戻ると、そこには何事もなかったかのように、きちんと着物をまとったお菊人形の姿があった。
「どういう事…?さっきのは夢…?私、疲れているのかしら…」
紗和子はどっと疲労感に襲われ、その日は寝込んでしまった。
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その夜。母から聞いた話に興味をそそられた洋子と賢太は、お菊人形の「怪しい動き」を観察するため、リビングに隠しカメラをセットした。そして翌朝、再生された映像に映し出されたものに、子供たちは腹を抱えて笑い転げた。
「あははは!お菊ちゃん、すごい顔!!」
「お、お腹いたい!ひーっ、ひーっ、笑いすぎて死んじゃう!!」
映像には、お菊人形が鼻に短い棒をつけ、まるで「どじょうすくい」の踊りをしているかのように、腕を広げて腰を振る姿が記録されていたのだ。「あらえっさっさ~」などと言う声が聞こえてきそうな様子で、その間抜けな顔と、ぎこちない動きに子供たちは無邪気に笑い転げ、その光景を楽しんでいた。
しかし、その映像を見た俊雄と紗和子は、笑うどころか顔面蒼白になり、完全に絶句していた。
「ま、まさか…あの人形には…自我が…?」
紗和子の震える声に、俊雄も言葉を失う。あれは人形ではない。これは、何らかの意図を持った「存在」としか考えられなかった。
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一方、笑い者状態のお菊人形の心は、まさに「泣きっ面に蜂」だった。守護霊からの提案とはいえ、まさかこれほどまでに恥ずべき行動をする羽目になってしまうとは。
「ぐっ…何と言う恥辱だ…消えてしまいたい…!」
洋子と賢太の無邪気な笑い声が聞こえる度に、お菊は猛烈な恥辱で顔を覆いたくなった。いっそ、人食い人形のブラックホールに身を投げようかと思うほどだ。そんなお菊の様子を、守護霊はさすがに同情して苦笑いしていた。
「まあ、目的のためには仕方あるまい。あの子供たちの無邪気な笑いは、呪いの力の発露にはならぬ。それに、夫婦にはしっかりと伝わったようだ」
守護霊の狙いは、夫婦に「お菊がただの人形ではない」と悟らせることだった。呪いの力を派手に使えば、人食い人形のトラップが暴走する危険がある。そこで提案されたのが、「間抜けな行動」をとること。せいぜい体を動かすことくらいなら、まだ安全な範囲だったのだ。そして思惑は上手くいっていた。
だが、ブラックホールに対する恐怖と、そこから逃れる為とは言え、耐え難いほどの酷い恥辱で、お菊はもはや限界だった。一刻も早く、ここから出たかった。寺に預けられる日が来ることを、本心から願っていた。