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魔法殺し  作者: 駄文職人
青年と花
13/35

『魔法』のもう一つの解き方

 なんとかベティを寝かしつけ、カイは深々と息を吐いて病室を出た。


 待合室へ向かうと、並んだ長椅子で顔を突き合わせているウェルフとローがいた。二人ともなにやら葬式の時のような顔で沈黙している。

 カイは吐いた息をもう一度吸い込み、陽気な声を張り上げた。


「いやー、待たせてごめんよ! もしかしてもう話終わっちゃった?」


 ローは弱弱しく笑い、かぶりを振った。ウェルフに至っては一瞥しただけで、とくに反応を示さない。


 やれやれ。


 カイは内心で肩をすくめた。掃除用の桶を椅子代わりに引っ張ってきて、レフェリーの位置を陣取る。

 何かきっかけがいるだろうと、まずはカイから口を開いた。


「僕はウェルフみたいに何にも聞かないなんてできないから、率直に聞かせてな。君の『魔法』は『姿が消える』で合ってるのかな?」


 ローは逡巡の後、観念したように「……はい」と首肯した。


「やっぱり……カップを落とした時ですか?」

「うん。僕の間違いじゃなかったら、あの時カップを落とす寸前、君の姿が揺らいだように見えた」


 無意識の行為だっただろう。

 両手でしっかり持っていたはずのカップが、手をするりとすり抜けた。


『姿が消える』

 ローの『魔法』は、物質さえ透過する。


「ぼくのこれが『魔法』なのだと知ったのはロトトアに来てからです。それまでは何かの錯覚か、幻覚のようなものだと思っていたんです。……お医者様が、そう仰ったから」

「医者?」

「はい。ぼくを心配した両親が、あちこち連れて行ってくれたんです。でも、どこに行ってもはっきりした原因もろくな治療法も見つからなかった」


 父は旅先で評判の医者がいると聞けばすぐにローをそこへ連れて行った。

 だが、どの医者も口をそろえて自分の手に余ると告げた。こんな症例は初めて見る。手の施しようがない、と。

 ローは膝の上で震える手を握りこむ。


「精神病院へ入れられそうになったこともあります。泣きながら頼みこんで、やっと両親は諦めてくれました。でも……あの時の恐怖は忘れません」


 自分がまともでないと認めるのが怖かった。

でも、なによりショックだったのは、ローの入所もやむを得ないと家族が判断したことだ。

 みんな、ローがおかしいと思っている。

 そんなはずない。自分は、ふつうなのに。


「『魔法』なんて、一般的にはお伽噺だと思われてるもんな。でも、やっと分かったよ。君が医者を嫌がってた理由」


 つらかっただろ、と声をかけると、ローはぎゅっと目を閉じた。


「家族には、感謝しています。ぼくのことを心配してくれているのは分かるし、決して裕福でないのにロトトアへ訪問する資金まで出してくれました。

だけど……その病院の一件があってから、ぼくは家族を心から信じられないんです。分かっています。恩知らずですよね。頭では分かっていても、でも、心がついて行かなくて……」

「グロウディア君……」

「『魔法』はいつから現れたんだ」


 黙って話を聞いていたウェルフが口をはさんだ。

 おい、とカイがにらむも、ローは良いんですといさめた。


「よく、分からないんです」

「分からない?」

「気が付いたら使えるようになっていた、という感じなんです。

この間、ウェルフさんとカイさんに『魔法』のことを教えていただいてから、ずっと考えていました。ぼくのこれが『魔法』なら、原因は一体何だろうって。

でも、さっぱり分からないんです。『魔法』を発現させるほどの強い願いも何かのきっかけも、ぼくにはないんです」


 願いなくして『魔法』は存在しえない。

 もしそれが本当なら、自分の願いとは何なのだろう。


「何も願わないでも『魔法』って使えるものなのか?」


 カイの質問に、ウェルフは難しい顔を作った。


「あり得ない。『魔法』は必ず誰かの願いによって発現するはずだ」

「だけど実際グロウディアくんは」

「考えられる可能性は二つ。

一つ目は、グロウディア君が『魔法』を使うにいたった事情を、何らかの事情で忘れてしまっている場合。

そして二つ目は、『魔法』を引き起こしたのが実はグロウディア君ではないという場合だ」


 ウェルフは足を組み直した。頬をなでながら、ローの目をじっと見つめる。


「最も危惧すべきは『魔法』の中身だ。『姿が消える』? それはつまり自身であれ他者であれ、誰かがグロウディア君を『消してしまいたい』と願ったのだ。執念深いほどの悪意だよ。放置しておくには危険すぎる」


 悪意、という言葉にローは身震いした。


「本当に心当たりはないのだね? 自分が『魔法』を発現させたのではないかという可能性に」

「……一つだけ」


 ウェルフが言った可能性の前者、ローが『魔法』を使うことになった経緯をロー自身が忘れてしまっていると仮定した時。

 たった一つだけ、ローには心当たりがあった。

 心の奥で引っかかって来たわだかまりが。


「イェニ」

「なんだって?」

「妹の名前です。幼い頃、いつもぼくについて一緒にいたそうです」


 はっきりしない物言いに、ウェルフもカイも怪訝な顔をする。

 ローは自分の言葉足らずに気が付き、付け加えた。


「覚えてないんですよ。自分にそんな妹がいたなんて、記憶にないんです」


 何かの冗談だと思っていた。

 お前にはイェニという名の妹がいたのだと繰り返し両親に教えられても、そんなのはみんなが自分をからかっているだけだと信じてきた。まともに取りあってさえいなかった。


「みんなが言うんです。どうして覚えていないんだって。でも、ぼくからしてみれば、何を根拠にみんながそんなことを言うのか分からなくて。

 うちにはカメラがないから、写真もないし。家を見回してもイェニという名の妹はいません。でも」


 ローは言い淀んだ。

 ウェルフに視線で促され、ゆっくり確かめるように続ける。


「ロトトアに、来てから変な夢を見るんです。ずっと昔の夢を」


 誰かの手をとり、毎日のように港を歩いている夢。

 夢だから声も姿もはっきりせず、今思い出せと言われても思い出すことはできない。


 しかし、確かにいたのだ。


 古い記憶の中に、ローはその存在を認識していた。両親がしきりにローに思い出させようとしていた、イェニという人物。


「何度も繰り返し言われたから、いもしない誰かを勝手に頭の中で作り出してしまったんじゃないかとさえ思います。

 結局何が本当で何が嘘なのか、自分でもよく分からないんです」


 自分はふつうだ、そう思ってきた。

 だけど、もし違うとしたら?


「ねえ、ウェルフさん。間違っているのは……ぼくの方なんですか?」


 おかしいのは自分で、みんなの方が正しいのだとしたら。


「今は何も言えない」


 ウェルフは険しい顔をした。

 青年のポケットからしゃりんっと音がして、あの懐中時計が出てくる。

 ローの前にそれを差し出し、ウェルフは静かに言った。


「逆行催眠、というものがある。意識を辿り、忘れていた記憶や無意識を再現できる。逆行催眠なら君の記憶の真偽が簡単に分かるだろう。だが、できれば私はそれをしたくない。なぜか分かるかい?」

「…………」

「答えは、君が見つけろ」


 ウェルフはそう突き放した。


「君の引き起こした『魔法』なら、君自身が解決するしかない。そして君でない誰かが『魔法』を起こしたのだとしても、君は自分で気が付かなければ。

 誰かに何とかしてもらえると思ってどうにかなるほど、『魔法』は甘くはない」

「……怖いんです」


 か細い声でロー。


「たとえ本当に存在していたとしても、妹は、今はもういないんです。それだけは確かなんです。

 妹が本当にいたとしたら、ぼくは……ぼくはもしかしたら……」


 それ以上は言えなかった。


 喉に鈍い痛みを覚え、ローは手で顔を覆う。本当のことを知るのが恐ろしくて仕方がない。

 気のせいだという可能性もあるのに、むしろそちらの方が自然なのに、ローはどうしても嫌な考えを振り払えなかった。自分はとんでもないことをしでかしてしまったのではないか。

 何か、とても大切なことを忘れてしまっているのではないだろうか。


 ローは数秒息を止め、勢いよくそれを吐き出す。

 顔を上げた。

 ローの目に涙はなかった。


「不思議ですね。あんなに言葉にするのをためらっていたのに。いざ口にすると、少しだけほっとした気がするんです」


 何かが解決したわけではない。

 だが、ローの胸は軽くなっていた。ちくちくとした痛みはまだ消えなくても、ずっと抱えていたわだかまりに陽が差したように思えた。


「ありがとうな。僕たちなんかに教えてくれて」

「いえ。こちらこそ、聞いていただいてありがとうございます。これからどうなるか分からないけれど……」


 ふいにローは言葉を止めた。

 その視線の先をウェルフとカイもたどる。廊下の床にわずかに真っ白なワンピースのすそが見えた。

 三人は顔を見合わせ、くすりと笑う。


「どうやら、グロウディア君に用があるみたいだね」

「ぼくですか? カイさんでは?」

「先程の礼を言いに来たんだろう。行ってやったらどうだ」


 音を立てないようローは席を立ち、壁沿いにベティに近付いた。

 ベティは瓶を胸に床に座り込んでいた。こちらを窺おうと、壁から顔を覗かせようとする。

 ぴょこんとベティの鼻先に、手が現れた。

 きゃっと小さな悲鳴をあげる。

 ベティの目の前で、手は人差し指と小指を立てておどけてみせた。


「わんわん。こんにちはベティちゃん」


 壁の影から、手の動きに合わせてローがしゃべる。

 よく弟たちの面倒をみる時に使っていたあやし方。

 他の三本の指を口の代わりにぱくぱくと動かし、ベティに話しかける。


「ベティちゃんは他の町から来たんだよね? 実はぼくもそうなんだ。来たばかりだから、全然友だちがいないんだ。さみしいなぁ。どこかにお友だちになってくれる人はいないかなぁ」


 ぐるりと手首を回し、動物の顔に見立てた手が悲しむようにうなだれる。

 ベティは食い入るようにそれを見つめていた。

 そうだ、と手はベティの方に向き直る。


「ねえ、ベティちゃん。ぼくとお友だちになってよ!」

「おとも、だち」


 初めてベティが言葉を発した。

 明るい声でローは肯定した。


「ベティちゃんのこと、もっと教えてほしいなぁ。ベティちゃんのことを、もっともっと好きになりたいんだよ。いっしょに遊ぼうよ。だめかなぁ?」


 目を大きく開いて、ベティはローの手を見ていた。

 やがて、そろそろと小さな手がローへ伸びる。

 ローの真似をして動物の顔を作り、そっと浅黒い手に寄り添った。


「なろ」


 壁のこちら側で、ローがウェルフとカイに振り返りピースをした。


「『魔法』の解き方は一つじゃない。グロウディア君はちゃんと分かってるみたいだね」


 カイは横のウェルフにこっそり耳打ちする。

 ベティは『友だちが欲しい』と願った。確かにその願いを奪うことはできない。


 だけど、願いは叶えることができる。


『魔法』なしに願いが叶うことができなたら。もう『友だちが欲しい』なんて願う必要もないほど友だちがたくさんできたなら。

 そうすれば、きっとおのずと『魔法』は消えるだろう。


 ウェルフは何もコメントしなかった。

 その代わり、


「ここは診療所だから、電話があったはずだな」

「? ああ、あるよ」

「今から教える所にかけてくれ。あれに頼るのは癪だが、それしか思いつかん」

「あれ……?」

「南で雨もなく、ここ数日で気温が徐々に下がっている。ちょうど明日くらいにロトトアに顔を出してくるだろう。

 グロウディア君の『魔法』を解くことができない以上、私に手出しはできない。あれがグロウディア君を気に入れば我々よりもあの子の力になるはずだ」

「おい、まさか」


 顔を引きつらせるカイに、ウェルフは嫌そうな顔で言った。




「『魔法遣い』を呼ぶ。……それしか方法はあるまい」


次回は26日の23時に投稿します。

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