猫少年
魔法遣い。
ウェルフがそう呼んだ人物は、日ののぼりきった昼下がりに屋敷にやって来た。
「うりゃ」
……重い学生鞄をぶん投げて。
充分な助走と遠心力をつけてまっすぐ飛んできたそれは、ものの見事にウェルフの頭部めがけて突っ込んでいった。
ウェルフは慌てず騒がず、鉄柵の門扉を閉める。
門に阻まれた鞄は、すさまじい音を立ててノートや教科書をぶちまけた。
「……危ないだろう」
「うっせ、人を毎度毎度使いっぱのよーに呼び出しやがって! おれはてめぇの使用人じゃねーんだよ! 丘を越えてタムバートからはるばるやって来るおれの身にもなれっつーのっ!」
びしりと指先を突き付け、『魔法遣い』はわめいた。
くせっ毛の金髪をピンで無茶苦茶に留めている。背は低く体格は小柄なため、背の高いウェルフと向かい合うとどうしても喧嘩腰に見上げる形になってしまう。
緩めたネクタイ、腰パンのズボン、前を開けたブレザーは見まごうことなき学生服であった。
『魔法遣い』は、未だ驚きの冷めやらぬローへと視線を移し、おうと手を上げた。
「なんだよ、黒いの。まだここにいたの?」
「君は……」
なんと、ステーションから屋敷まで案内してくれた少年、その人だった。
ローは何の冗談かと二人の顔を見比べる。
「なんだ、知り合いだったのかね」
「まーな。ちょいと行きがかりに助けられたんだよ。いや、意外だわー。お化け屋敷から逃げ出さなかった客、こいつが初めてじゃねーの?」
金髪をかき、少年は皮肉っぽく言った。
改めてウェルフは門を開き、少年は地面に落ちた鞄を拾い上げる。
分厚い教科書やノート、そしてスケッチブックを中に放り込み、ぱんぱんと土を払っただけで肩に引っかけた。愛着も何もない。
さて、と少年はウェルフに向かってあごを突き出す。
「で。何の用だよ、若旦那。どーせおたくのことだから、ロクな用件じゃねーんだろうけどよ」
「なんてことはない、簡単な用だ」
ぽんと横のローの肩を叩き、ウェルフはさらりと用件を述べた。
「うちの客をもてなしてもらいたい。預かり物だから大切に扱うように」
「えぇっ!」
初耳だったローは目を剥いた。
スカイブルーの瞳で、少年はウェルフを探るように見る。
「それだけ?」
「あぁ、それだけだ」
「報酬は」
「確か君は柑橘系の果物が好きだったな」
「おいおい、まさかその辺の市場に並んでるヤツでおれをこき使おうってんじゃ……」
「〈ショーンズ・カフェ〉の数量限定、特大ルマレモンパルフェでどうだ」
うぐっと詰まった。
腕を組み、ウェルフはとどめの一撃を放つ。
「今なら人気一番のウルナッツスコーンも付けよう。あれはルマレモンによく合うね」
「おま、それぜってー奢れよっ! 反故すんじゃねーぞっ!?」
交渉成立。
「そういうことだから、グロウディア君。今日は彼について行って色々教えてもらうといい。とはいえ、喋る言葉の四割は嘘だから真に受けないように」
「はあ」
割と格安で売られてしまったローは、いまいちピンとこないまま了解する。
かさこそ、と聞き慣れた音が背後で聞こえた。
「あ、ダメだよ。外に出ちゃ」
ぴぎーっと鳴きながら、二匹の人面花が植木から顔を覗かせる。門扉が開いているのを見て、興味津々で近付いて来たのだ。
ローはしゃがみ込んで、ステディとマリアンヌを諭す。
「外は危ないんです。お屋敷の中とは違うんですよ」
ぴぎっ、ぴぎーっ。
「ダメです。留守番しててください。ちゃんと帰ってきますから」
ぴぎーっ?
「本当です。嘘はつきません」
ぴっぎーっ。ぴぎっ、ぴぎーっ。
「分かりました」
物欲しげに離れようとしない人面花たち。
仕方なくローは自分のポケットの中から紙包みにくるんだ木の実を二個、取り出す。
「これで我慢してください。ちゃんとお利口で待ってるんですよ?」
ぴぎーっ!
口の中をもごもごと動かしながら、ステディとマリアンヌは機嫌よく植木の中に帰って行った。
「また厨房に入りこまなければいいんですけど……」
そう言って振り返ったローは、信じられないものを見たといった顔でこちらを見つめるウェルフに気が付く。
「今のは何だ」
「な、何って、ホシクルミですよ。マルチナさんに分けていただいたんです」
殻から出した中の実を、ただ単純にこんがり焼いただけのお菓子だ。火を通すことでやわらかくなり、香ばしい味になる。
「そういうことじゃない。なぜ人面花たちが君の言うことを聞く」
「なぜって……。昨日、ベティちゃんにこっそり教えてもらったんです。ステディとマリアンヌはホシクルミが好きだって。帰ってからためしにあげてみたら、あんなことに」
「なついたのか、あの二匹が!?」
ベティ以外の人間には絶対に近付かないと思われていた人面花たちが、あろうことか出会って数日のよそ者にあっさり心を開いてしまったのである。
やはり『魔法』使用者の心情変化によるものなのか、と難しいことを呟くウェルフをよそに、魔法遣いは肩をすくめて評した。
「いやー。たぶん、しつけの問題だろ」
ペットに言うことを聞かせる時は、まずご褒美を用意すればいい。「これをすればご褒美をもらえる」と覚えると、すすんで動物は言うことを聞くようになる。
少年はローの前に立ち、手を差し出す。
「おれ、ニコル・ロスキーっての。ニコルって呼んでくれ」
よろしくな、と先に挨拶され、ローもまごついて答える。
「ロー・グロウディアといいます。その……今日はよろしくお願いします」
握手をする時、ローはいつも緊張する。自分の手が消えてしまわないか、気になってしまうから。
『姿が消える』という『魔法』。
結局原因は分からずじまいだ。誰のどんな願いによる『魔法』なのか、今でも得体の知れない不安にかられそうになる。
しかしそんなことなど露知らず、ニコルはぶんぶんとローの手を振り回してにかっと笑った。
「よしっ。じゃあ行くか!」
「へっ?」
握った手をそのままに、ニコルはローを引きずって歩き出す。
「えっ。いや、ちょっと! どこへっ」
「猫探し」
「また逃げたんですか!?」
足早に丘を下りていく二人の背中に、ウェルフが思い出したかのように声をかけた。
「昼からドッグランだ。あまり遠くへ行くなよ」
「おう」
ドッグラン…?
ローは何が何だかよく分からないまま、なんだか賑やかな『魔法遣い』に連行されていった。
今日は上着が手放せない、北風の強い日。
次回は27日の23時に投稿します。




