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訂正:人名を変更しました。
ミケ→ハイル
「ふーん。じゃあおたくの『姿が消える』ってヤツは誰の『魔法』か分からないんだ?」
「ええ……」
一体どんな魔法を使われたのか。
道すがらでローは大体の事情をニコルに話す羽目になっていた。
おおよその内容はウェルフに話したものと同じであり、青年からも事情を聞いているであろうと思われるからこそではあるが、それにしてもニコルの話術は実に巧みであった。
「いや、それが若旦那からは全然何も聞いてないんだよな」
そんな思いもニコルの一言により音を立てて崩れ落ちてしまったが。
「そうなんですか!?」
「さっぱりだ」
両手を広げて、ニコルは嘘でない事をアピールした。
「大体、あの面倒くさがりの若旦那に事情説明させるってのが無理な相談だぞ」
「えぇぇ…」
今、二人は丘を越え、タムバートを目指す馬車道を辿って歩いている。
ぶどう畑の合間を抜け、更に降ったところにあるのがタムバートだ。ここからでも大陸横断鉄道の線路が地平を走っているのが見える。
鉄道の往来で人の賑わっているだろうタムバート村に対し、少し外れたこの辺りの馬車道は人気がなくとても静かだ。
「まあ、今の話で、なんで若旦那がおれを呼んだのかは分かった」
こりゃ手を焼くわ、と何度も頷くニコル。
ローは突然不安になる。
「ぼく……どうなるんでしょうか」
問うても仕方がないのは分かっている。
それでも聞かずにはいられなかった。
なぜローの『魔法』が発現したのか、原因が分からない。原因が分からなければ解く事すらできない。あのウェルフであってもだ。
『魔法』を解くことができるのは、『魔法』を使った本人だけなのだから。
「おたくはさ。自分の『魔法』についてどう思ってるわけ?」
「どうって」
「解きたいのか?」
ローは言葉に詰まった。
解きたいか?
そりゃあ解きたい。早くふつうに戻りたい。みんなと同じようにふつうの生活に帰りたい。
だけど、ニコルの質問の意図が分からなかった。
じっとローを見つめていたニコルは、少し考え込んだ後質問を変えた。
「『魔法』ってヤツがどういうものかは知ってるよな?」
「人の願いが叶う現象、ですよね」
「そう。それを奇跡と呼ぶヤツもいれば、災害だと呼ぶ奴もいる。
じゃあ、『魔法』が何から生まれるのかは知ってるか?」
「えっ……願い事、じゃないんですか?」
「あのなぁ。水が欲しいって言って水が湧き出る訳がないだろうが。水飲むためには井戸か川から汲んでこなきゃだろ」
ローの顔を見て、ニコルは「あの若旦那。色々端折りすぎだろ」と呆れた。
「まー見た方が早いわ」
「?」
「手、出してみ」
二人は道の真ん中で立ち止まった。
恐る恐る手を差し出すと、ニコルはその手をとった。
「驚くなよ?」
そう言ってニコルは目を閉じた。
次の瞬間、ローは背筋がゾワリとささくれ立つのを感じた。
「え……っ」
ニコルの姿が、揺らいだ。
輪郭がぼやけ、背景へと溶けていく。ゆっくりとその姿は霞へと化す。
そんな、まさか。
これはぼくの『魔法』じゃないか。
「……こりゃきっついな」
完全に消え去る前に、ニコルはパッと手を離した。
同時に、彼に輪郭が戻る。
「今のは……」
「おたくの『魔法』をちょいと借りたのさ」
にやっとニコルは笑った。
「おれの『魔法』は、他人の『魔法』に干渉できる。若旦那が『魔法遣い』って呼ぶ理由だ」
「干渉…!?そんなことが!?」
「おれの事情はかなり特殊でね。若旦那曰く、他人の『魔法』の影響下にいすぎたせいで、そいつに対抗する『魔法』が出ちまったんだとよ」
『魔法』から身を守る為の『魔法』。
ニコルは他人の『魔法』の制御権を一時的に奪い取ることができる。
「これが結構使い勝手がよくてさ。若旦那じゃ対処しきれない『魔法』があったら、時々手を貸してやることにしてるのさ」
なるほど、『魔法遣い』と呼ばれる訳である。
ニコルは再び歩き出し、謎かけのように指を回した。
「さて。今のはおれの『魔法』でおたくの『魔法』を使った訳だけど。今のはどっちの願いだろうな?」
「え」
「おたくの『魔法』のもとになった願い。おたくを『消したい』だったか?だけど、おれはおれもおたくも消したいとは思わねー。
じゃあおれの願いか?言っとくが、おれのこれは自衛だ。『てめぇが助かりたい』って願いでしかない。『助かりたい』、だから『消えたい』ってのは矛盾しねぇか?」
「あ……」
「『魔法』にとって、願い事はきっかけでしかない。『魔法』の大本は別にある。そういう事だよ」
「大本、って」
「若旦那がそう言ったのさ。それは奇跡と呼ばれ、あらゆる可能性の限界としてこの世界に生み落とされた」
一息つき、ニコルは告げた。
「命、だよ」
◇
タムバートの村に入るや、若者達の集団に出くわした。
皆、一様に木の棒や鉄の農具、スポーツ用と思われるステッキを担いでいた。
若者の一人がニコルに気が付いた。
「あれ?ニコル、ドッグランに行かないのか?」
「あー。ちょっと猫を捕まえてから行くわ。先に行っててくれ」
「そりゃあいいがよ……」
ちらりとニコルの隣のローに目をやる。
「そっちのあんたは良いのかい?賞金をとり逃がすかも知れないぞ?」
「し、賞金…?」
瞬くローの代わりにニコルがローの肩を叩いた。
「こいつ、猫探しのプロなんだよ。ちょっと付き合ってもらってんの」
「はぁ?猫探しにプロっていんのか?」
「おいおい、馬鹿にすんなよ!こいつの手つき見たら素人じゃねぇって一発で分かるからな!」
「ははは!そりゃあいいな!じゃあ俺は行くから後でな」
「おう」
手を振って去って行ったニコルの友達の後ろから、別の若者達がニコルに声をかける。
「遅れてくれてもいいからな」
「そうそう。むしろ来なくていい」
「賞金は俺たちが代わりに取ってやるんだから」
「つか、今年ぐらいゆっくり休めよ、な?」
「お前らなぁ…」
ニコルは呆れた。
好き勝手な事をあらかた言うと、一団はぞろぞろと村の外へと出て行った。
「ニコル君……人気ですね」
「ん?そうか?そうでもないぞ。ほら」
ニコルが指をさした先から、ニコルと同じ制服の男子学生がこちらを睨みながら大股に近づいてくるところだった。
「おい劣等生!」
「おう、ハイル。どったの、機嫌悪そうだけど」
努めてあっけらかんと返事したニコルに、ハイルと呼ばれた彼は顔を真っ赤にした。
「どうした、だと!?貴様また授業をサボって学校を抜け出しただろう!」
「だって丘の上の若旦那がさぁ」
「下賤な言い訳など聞きたくない!」
怒声が降ってくる。
ローは首をすくめた。
「だいたい貴様のような劣等生とこのぼくが机を並べているというのが忌々しいんだ!生まれも頭の出来も高貴たるこのぼくが、どうして下賤で0点頭の貴様と平等の扱いなのだ!」
「おいおい、0点はないぜ」
ニコルは大真面目に訂正した。
「マイナス10点だ。先生のハゲの似顔絵描いたら減点された」
「貴様はからっぽのその頭の中に小鳥でも飼っているのか!?」
不覚にもローは吹き出した。
賑やかなニコルの頭で小鳥が懸命に鳴いているのを想像して、なんだか可笑しくなったのだ。
肩を震わせるローを見て頭が冷えたのか、彼はふんと鼻を鳴らして立ち去りかけた。
「あ、ハイル!今日の担当ってどこだっけ?」
その背中にニコルが問いかけると、彼は一瞬ぽかんとした。
みるみる怒気に染まっていく。
「ジラークの畑だっ!」
それだけ言い捨てると、来た時と同じように足早に去って行く。
ローは呆気にとられてその背中を見つめる。
「なんだか……すごい剣幕でしたね」
「あいつ、なんかいつもおれに絡んでくるんだよな」
ちゃんと質問に答えてくれるあたり、悪い人ではないのだろうが。
ローがしげしげとニコルを見つめていると、ニコルは「どうしたよ?」と怪訝そうに眉をひそめた。
「いえ……。ニコル君ってふつうだなって」
「は?」
「あ、いや!忘れてください!」
慌てて首を振って、歩き出す。ニコルも首を傾げながらついてきた。
そう、ニコルは「ふつう」だ。
普通に学校へ通い、普通に友達がいて、普通に言い合いして。
そこに『魔法遣い』はいない。
ただの一人の少年がいるだけだ。
先ほどの話を思い出す。
『魔法』の正体は、命。
強い願いをきっかけに、命という奇跡を捻じ曲げ理想を現実へと変える現象なのだ、と。
怖くはないのか、とローは尋ねた。
ニコルは『魔法遣い』だ。それだけ多くの『魔法』を行使してきたはずで。
誰よりもそのリスクを負っているはずで。
「ちょっと長生きするより、自分の願いが叶うのを選んだだけだよ。おれはな、あの時の選択を後悔してない」
そう言ってニコルはからりと笑った。
ローは自分の手を見下ろす。
「ふつう」を願っていたはずだ。「ふつう」に生きる為には、『魔法』を解かなくてはならないのだと。
違うのか?
『魔法』なんてものがある以上、「ふつう」になど生きられないと思っていた。
自分は間違っていたのか?
『魔法』さえなければ、自分は「ロー・グロウディア」として生きられるのではなかったのか。
「………っ!」
突然の頭痛に、ローは頭を押さえた。
ニコルが突然叫ぶ。
「おい!」
「!」
ニコルがローの腕を掴むと、すぐさまブレていたローの身体が輪郭を取り戻した。
消えていた?
いつの間に?
ローは喘いだ。
「今……」
ニコルは周囲へ鋭く視線を走らせた。
今までの楽天家が嘘のように警戒をあらわにする。
「誰かに見られたかも知れない。場所変えるぞ」
一変した、厳しい声。
ニコルに手を引かれ、ローはタムバートの細い路地へと引きずられていった。
次回は27日の23時に投稿します。
→間違えました。29日の23時に投稿します。




