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16,545回処刑され続けた魔人ですが、別世界で気ままなグルメ旅を始めます  作者: 雉子鳥幸太郎


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8/12

契約成立

門をくぐった瞬間、鼻に入ってきたのは干し草と乳の匂いだ。

リスボルンとはまるで違う。


潮気はなく、代わりにどこか甘くて重たい空気が漂っている。


「……いい街だな」


通りには荷車が行き交い、籠いっぱいの乳製品が並んでいる。

白い塊、黄色い塊、丸いのに四角いの、見たことのない形のものまである。


チーズの街、か。

腹が鳴った。


「よし、まずは……」


宿を探し、チスパを預ける。

その足で適当な店に入り、席に着いた。


「チーズの盛り合わせとエールを頼む」

店主は一瞬だけこちらを見て、なぜか言いにくそうに口を開いた。


「……銀貨三枚になります」

「は?」


銀貨三枚?

高級店でもないし、昼間の一杯で出る値段じゃない。


「ずいぶん強気だな」

「すみません……事情がありまして」


店主は頭をかきながら、周囲をちらりと見た。

近くの客も、同じ話題をしているらしい。

ちらほらと「高ぇな……」「仕方ねぇよ」といった声が聞こえる。


「何があった?」

俺が訊ねると、店主は少しだけ声を落とした。


「ゴブリンです」

「……ほう」


「最近やたらと牛が襲われてるんです。そのせいで乳の量が減っていまして……今ある在庫も、いつ尽きるかわかりません」


「そんなに酷いのか?」

「ある程度なら、まあ……在庫で回せますが、今回は被害が大きすぎるんです」


店主が苦笑した。


「それに、ウチは売りませんが……貴族様は相場無視で積んできますからね。困ったもんです」

「……」


筋は通っている。気に食わないが。


「冒険者に討伐を頼めばいいだろう」


「それが……」

店主がさらに顔をしかめる。


「いま、この街の冒険者はいません。アラマ山にレッドドラゴンが出たせいで、そっちに駆り出されてるそうなんです」


「ドラゴンか……」

それなら、大規模討伐だろうな。


「残ってるのは新人ばかりで……依頼は出していますが、減ってる気配は……」

と店主が首を振る。


「……」

俺は椅子に背を預けた。


討伐はしている。

だが数は減らない……それでいて、被害は増えている。


「……妙だな」

ぽつりと漏れた言葉に、店主が首を傾げる。


「何がです?」

「いや、少し気になっただけだ」


俺は席を立った。


「あ、あの、どちらへ?」

「悪いな、出直すよ」


店主が何か言いかけたが、俺は軽く手を振って店を出た。


チーズとエールは後回しだ。

どうせなら、まともな値段で飲みたい。


    *  *  *


冒険者ギルドは、街の中心から少し外れた場所にあった。

扉を押し開ける。


「やけに静かだな……」


普通なら酒の匂いと怒号と笑い声が混ざり合っているはずの場所だろう。

だが今は、空席ばかりが目につく。


掲示板もまばらで、貼られている依頼書の数が少ない。


カウンターの奥で職員の女が何やら書類仕事をしていた。


「すまない、ちょっといいか?」

「あ、はーい。お伺いします」


手をとめ、いそいそとカウンターにやってきた。

まだ顔に幼さの残る若い女だった。目尻がきゅっと上がっていて、どこか猫っぽい印象を受ける。


「お待たせしました、受付のミアです。今日はどういったご用件で?」

「ああ、ゴブリン退治の状況が知りたくてな」


ミアは一瞬だけ目を見開き、目線を泳がせた。


「あ、ええと……正直に申し上げますと……うまくいっていませんね、あはは」

「冒険者は? 誰もいないようだが?」と、俺はガラガラのギルド内に目を向けた。

「いまは、この周辺で活動している冒険者の殆どがアラマ山へ遠征しています。残っている新人たちが連日のように対応してくれていますが……」


「減らない?」

「はい、それどころか……」


ミアは少し迷うように視線を落とした。


「あ、でも、討伐数自体は、いつもより多いんです!」

まるで言い訳でもするように答えた。


「……」

俺は軽く顎に手を当てた。


討伐数はいつもより多い。

だが数が減らない……。


「……いや、違うな」


ミアが顔を上げる。


「ち、違う、とは?」

「地図を見せてくれ」


「は、はい!」


ミアは慌てて奥から地図を持ってきた。

カウンターに広げる。


「いま確認されているゴブリンの拠点は?」

「えっと、こことここですね」


女が指し示したのは、西の森の洞窟と、その少し南、川の河口付近。

俺はその二点を見て、それから地図全体を眺めた。


大きな川がある。

街の西側を縦に走っており、大きな森と街との境界線になっていた。


「なるほどな」

「何かわかったんですか?」


「討伐されているのは、川の手前側だろう?」

「え、ええ……そうなります」


「なら簡単だ」

俺は指で川をなぞった。


「――川の向こうに砦か集落がある」

「……っ⁉」


ミアの顔が一気に強張る。


「あいつらが好みそうな地形だ。川を背に縄張りを広げているんだろう。おそらく、新人たちが倒しているのは、流れてきた個体だな」


「そ、それって……」

「ああ」


俺は淡々と続けた。


「……ただの群れじゃない」


女は一瞬固まった後、はっとして駆け出した。


「――しょ、少々お待ちを!」



ほどなくして、奥から大柄の男が出てきた。

強面だが、知性を感じる目の奥に焦りが見えた。


「ファルデンギルドのゴルダだ。悪いが、話を聞かせてくれ」



    *  *  *


俺はギルドの応接室に通された。

テーブルの上にはさっき見た地図より大きいものが広げられている。


ギルド長のゴルダは、無言で三角錐型の目印を置いていった。


「現時点で届いている報告地点だ」


川沿いに等間隔で五つ。


「このうち二つは討伐済みだ」と言って、二つの目印を倒す。


「橋はあるのか?」

「ああ、ここだ」


二カ所に目印を置く。


「この川は深くて肉食の魔魚がいる。奴らも橋を使うはずだ」

「……」


俺は腕を組んだ。


「向こう側の森は?」

「最後に調査したのは、半年ほど前だな。手強い魔獣も多く、中級以上の冒険者でなければ入れん」


「なるほどね。で、その連中はアラマ山ってわけか……」

「ああ。戻りは早くて二ヶ月後だ」


長いな。


「調査するにも、新人には荷が重い」

「だろうな」


ゴルダはじっとこちらを見た。


「……あんた、見かけない顔だな?」

「ああ、旅をしているんだ」


「先日、リスボルンのギルドから連絡があった。凄腕の魔術師が向かったとな。あんたと背格好が一致する」

「……期待させて悪いが、俺はごく普通の魔術師だぞ?」


「それでもいい!」


ゴルダは身を乗り出した。


「わかるだろ? ゴブリン絡みは初動を誤れば取り返しがつかん、いまは猫の手も借りたい! 報酬は弾む、協力してくれ!」


深々と頭を下げるゴルダ。


確かに、手練れ不在のこの状況で、ゴブリンの群れが暴走すれば……最悪、この街は飲み込まれる。

そうなれば、ファルデンチーズは永遠に味わえない。


「金はどうでもいい」


ゴルダが顔を上げる。


「それよりも――チーズとエールだな」


「「……は?」」


ゴルダとミアがぽかーんと口を開けている。


「このファルデンで『最高のチーズ』と『最高のエール』それを所望する」


「え……いや……」

ゴルダが口を開きかけ、隣でミアが固まっている。


「無理ならいいさ。街を出るだけだ」


踵を返そうとすると、ゴルダが慌てて叫んだ。


「ま、待ってくれ、用意する! さ、最高の物だ! このゴルダの名にかけて誓おう!」

「そうか」


俺は軽く頷いた。


「なら、契約成立だ」

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