異世界到着
「おぉ……手枷がない」
自分の両手を眺めた。
本当に俺は別の世界に来たのか。
両手を大きく開き、全身で陽の光と風を受け止める。
……悪くない。
もう、あの薄暗い地下牢の中、ただ処刑を待つ日々は終わったのだ。
見下ろせば、濃緑のローブに革のブーツ。腰には見慣れた短い魔術杖があった。
「ほぉ、さすが女神、気が利くねぇ」
念のため、魔術格納が使えるか確認をする。
「中は空っぽか……まあ、ちょうどいい」
どうせ大半は戦闘用の呪具や魔導書だ。
あんな物騒なもん、俺にはもう必要ない。
「さて、どうしたもんかね……」
周囲をぐるっと見渡してみる。
どこまでも続く緑と、やけに高い空。
大草原という言葉がふさわしい。
風が草の絨毯を撫でていく。
自然がこれほど素晴らしいと感じたことはなかった。
少し先に、土を踏み固めた街道が見えた。
あれを進めば、どこかの街に着くかもな。
道に向かって歩き始めた。
あの道を東へ行くか、西へ行くか。
疲れたら休めばいいし、歩きたければ歩けばいい。
決めるのは全て、俺なのだ――。
草を抜き、その青い匂いを嗅ぐ。
一度くらいは、あの女神に感謝してやってもいいなと思った。
* * *
結局、俺は東に向かって歩き始めた。
こうやって、のんびり歩くのも悪くない。
ただ、単調な景色にそろそろ飽きてきた。
さっきまであんなに感動してたくせに、人間ってのは本当に贅沢にできてるよ。
「お?」
先の方に荷馬車が止まっている。
街まで乗せていってもらえるかもしれない。
早足になり、馬車へ近づいていくと様子がおかしいことに気づいた。
――襲われている。
十数人の野盗が荷馬車の周りを囲んでいた。
対して、荷馬車の方には、護衛らしき剣士二人と商人風の男が三人。
幸い、まだ襲われたばかりなのか、けが人はいないようだった。
『ピュィイッ!』
俺は指笛を吹き、野盗たちの注意を引いた。
「なんだ⁉」
「誰かいるぞ!」
荷馬車を取り囲むうちの三人が俺の方へ向かってきた。
「おい、とまれ!」
野盗が声を荒げた。
俺は両手を向け、そのまま近づいていく。
「聞こえねぇのか! とまれ!」
「どうもどうも」
俺は気にせず近づいていく。
「捕まえろ!」
野盗の一人が言うと、一人が俺の顔に剣先を突き付け、もう一人は俺の背後に回った。
「へっへ……おかしな真似すんじゃねぇぞ?」
「おらっ、おとなしく歩け!」
「……」
剣先を突き付けられたまま、荷馬車へ近づいていく。
野盗の頭らしき男が俺をにらみつけてきた。
「なんだお前は? こいつらの仲間か?」と、商人たちを剣先で指し示した。
「いや、違うね」
「あぁ?」
十五人か。
位置は把握した。
まあ、雑魚だな。
さっさと焼きころ……。
待てよ?
もしかして、あの女神が見てるんじゃないか?
こいつらを殺すのは簡単だが、別れ際に『怒りや憎しみは世界を不安定にする』とか言っていたよな……。
ここで手当たり次第に殺して「やっぱりまだ怒りが収まっていない」と判断されでもしたら厄介だ。
また、あの薄暗い地下牢に戻されるのだけは、絶対に御免だからな。
なら――。
「おい! てめぇ耳ついてんのかコラァッ!」
『――疾雷』
「「ぐがあぁあっ⁉」」
「「うぐっ……!」」
紫の閃光が迸り、遅れて破裂音が追いつく。
野盗たちが同時に倒れた。
よし、これでしばらくは起きない。
俺はそのまま商人たちのもとへ行く。
「と、とまれ!」
護衛の剣士が剣を構えた。
「あー、大丈夫大丈夫、敵じゃない」
そう言って両手を挙げると、彼らは顔を見合わせ、剣を鞘に収めた。
「助かった、礼を言う。私は護衛のラオスだ」
「ウェイトリーだ」
俺はラオスと握手をした。
優男風だが、その手はしっかりと剣士の手をしていた。
「同じくフォーゲン」と、体格の良い隣の男も手を差し出す。
その岩のような手を軽く握り、「災難だったな」と、軽く笑みを返した。
「それにしても……魔術か?」
ラオスは倒れた野盗たちを一瞥する。
「いやぁ、ヒヤヒヤしたよ」
「……」
うそをつけという顔でフォーゲンが俺を見た。
「まあいい。こいつらはギルドへ引き渡す。報奨金がでるぞ」
「なら、その報奨金をやるから、街まで乗せてってくれないか?」
ラオスとフォーゲンが顔を見合わせる。
まあ、こんな得体のしれない男、警戒して当然か……。
それより、この二人、意外と手練れだな。
案外、俺が助けなくてもどうにかなったんじゃないか?
すると、離れていた商人たちが恐る恐るといった感じで近づいてきた。
「ラオス、その方は……」
「ああ、ウェイトリーさん、こちら私たちの依頼人のハモンドさんだ」
「どうもハモンド商会のハモンドといいます」
つばの無い帽子をかぶった小太りの男だ。
人の好さそうな顔をしているせいで、髭が嘘くさく見えた。
「いやぁ、本当に助かりました。今回の荷は高価なものが多かったので……」
「そうですか。ところで、街まで乗せてもらえないですかね? ラオスさんたちに相談していたのですがどうでしょう?」
「そりゃあもう……お安い御用です! お礼もさせていただきますよ」
「では、ウェイトリーさんは私の前に乗ってもらおう」
フォーゲンが自分の馬を親指でさした。
なるほど、俺をハモンド達と一緒にさせないようにする配慮か。
ま、護衛なら当然だな。
「ああ、もちろん。よろしく頼むよ」
二つ返事で了承し、俺はラオスたちが野盗を縛り、荷馬車に乗せるのを手伝った。
「では、出発しましょう」とラオスが声をかけた。
ゆっくりと荷馬車が動き始める。
「では、我々も」
フォーゲンの言葉に頷き、俺は彼の前に乗った。
俺は後ろのフォーゲンに訊ねた。
「何て街に向かっているんだ?」
「……リスボルンだ、魚がうまい」と、つぶやくように答える。
「へぇ、そりゃあ楽しみだ」
魚なんて何年振りだ?
白ワインなんてあったら最高なんだが……。
「さすがに白ワインなんて……」
「あるぞ。リスボルンワインはこの辺が産地だからな」
「それはそれは」
いやぁ、幸先が良い。
長い地下牢生活で運を貯めてたか。
街へ着いたら、腹いっぱい飯を食うぞ。
俺は馬のたて髪をなでながら、まだ見ぬ魚料理に想いを馳せた。




