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16,545回処刑され続けた魔人ですが、別世界で気ままなグルメ旅を始めます  作者: 雉子鳥幸太郎


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異世界到着

「おぉ……手枷がない」


自分の両手を眺めた。

本当に俺は別の世界に来たのか。


両手を大きく開き、全身で陽の光と風を受け止める。


……悪くない。

もう、あの薄暗い地下牢の中、ただ処刑を待つ日々は終わったのだ。


見下ろせば、濃緑のローブに革のブーツ。腰には見慣れた短い魔術杖があった。


「ほぉ、さすが女神、気が利くねぇ」


念のため、魔術格納(ストレージ)が使えるか確認をする。


「中は空っぽか……まあ、ちょうどいい」


どうせ大半は戦闘用の呪具や魔導書だ。

あんな物騒なもん、俺にはもう必要ない。


「さて、どうしたもんかね……」


周囲をぐるっと見渡してみる。


どこまでも続く緑と、やけに高い空。

大草原という言葉がふさわしい。


風が草の絨毯を撫でていく。

自然がこれほど素晴らしいと感じたことはなかった。


少し先に、土を踏み固めた街道が見えた。

あれを進めば、どこかの街に着くかもな。


道に向かって歩き始めた。


あの道を東へ行くか、西へ行くか。


疲れたら休めばいいし、歩きたければ歩けばいい。


決めるのは全て、俺なのだ――。


草を抜き、その青い匂いを嗅ぐ。

一度くらいは、あの女神に感謝してやってもいいなと思った。


    *  *  *


結局、俺は東に向かって歩き始めた。

こうやって、のんびり歩くのも悪くない。


ただ、単調な景色にそろそろ飽きてきた。

さっきまであんなに感動してたくせに、人間ってのは本当に贅沢にできてるよ。


「お?」


先の方に荷馬車が止まっている。

街まで乗せていってもらえるかもしれない。


早足になり、馬車へ近づいていくと様子がおかしいことに気づいた。


――襲われている。


十数人の野盗が荷馬車の周りを囲んでいた。

対して、荷馬車の方には、護衛らしき剣士二人と商人風の男が三人。

幸い、まだ襲われたばかりなのか、けが人はいないようだった。


『ピュィイッ!』

俺は指笛を吹き、野盗たちの注意を引いた。


「なんだ⁉」

「誰かいるぞ!」


荷馬車を取り囲むうちの三人が俺の方へ向かってきた。


「おい、とまれ!」


野盗が声を荒げた。

俺は両手を向け、そのまま近づいていく。


「聞こえねぇのか! とまれ!」


「どうもどうも」

俺は気にせず近づいていく。


「捕まえろ!」

野盗の一人が言うと、一人が俺の顔に剣先を突き付け、もう一人は俺の背後に回った。


「へっへ……おかしな真似すんじゃねぇぞ?」

「おらっ、おとなしく歩け!」


「……」


剣先を突き付けられたまま、荷馬車へ近づいていく。

野盗の頭らしき男が俺をにらみつけてきた。


「なんだお前は? こいつらの仲間か?」と、商人たちを剣先で指し示した。

「いや、違うね」


「あぁ?」


十五人か。

位置は把握した。


まあ、雑魚だな。

さっさと焼きころ……。

待てよ?


もしかして、あの女神が見てるんじゃないか?


こいつらを殺すのは簡単だが、別れ際に『怒りや憎しみは世界を不安定にする』とか言っていたよな……。


ここで手当たり次第に殺して「やっぱりまだ怒りが収まっていない」と判断されでもしたら厄介だ。


また、あの薄暗い地下牢に戻されるのだけは、絶対に御免だからな。


なら――。


「おい! てめぇ耳ついてんのかコラァッ!」


『――疾雷(ライジング)


「「ぐがあぁあっ⁉」」

「「うぐっ……!」」


紫の閃光が迸り、遅れて破裂音が追いつく。

野盗たちが同時に倒れた。


よし、これでしばらくは起きない。

俺はそのまま商人たちのもとへ行く。


「と、とまれ!」


護衛の剣士が剣を構えた。


「あー、大丈夫大丈夫、敵じゃない」


そう言って両手を挙げると、彼らは顔を見合わせ、剣を鞘に収めた。


「助かった、礼を言う。私は護衛のラオスだ」

「ウェイトリーだ」

俺はラオスと握手をした。

優男風だが、その手はしっかりと剣士の手をしていた。


「同じくフォーゲン」と、体格の良い隣の男も手を差し出す。

その岩のような手を軽く握り、「災難だったな」と、軽く笑みを返した。


「それにしても……魔術か?」

ラオスは倒れた野盗たちを一瞥する。


「いやぁ、ヒヤヒヤしたよ」

「……」

うそをつけという顔でフォーゲンが俺を見た。


「まあいい。こいつらはギルドへ引き渡す。報奨金がでるぞ」

「なら、その報奨金をやるから、街まで乗せてってくれないか?」


ラオスとフォーゲンが顔を見合わせる。

まあ、こんな得体のしれない男、警戒して当然か……。


それより、この二人、意外と手練れだな。

案外、俺が助けなくてもどうにかなったんじゃないか?


すると、離れていた商人たちが恐る恐るといった感じで近づいてきた。


「ラオス、その方は……」

「ああ、ウェイトリーさん、こちら私たちの依頼人のハモンドさんだ」


「どうもハモンド商会のハモンドといいます」


つばの無い帽子をかぶった小太りの男だ。

人の好さそうな顔をしているせいで、髭が嘘くさく見えた。


「いやぁ、本当に助かりました。今回の荷は高価なものが多かったので……」

「そうですか。ところで、街まで乗せてもらえないですかね? ラオスさんたちに相談していたのですがどうでしょう?」


「そりゃあもう……お安い御用です! お礼もさせていただきますよ」


「では、ウェイトリーさんは私の前に乗ってもらおう」

フォーゲンが自分の馬を親指でさした。


なるほど、俺をハモンド達と一緒にさせないようにする配慮か。

ま、護衛なら当然だな。


「ああ、もちろん。よろしく頼むよ」


二つ返事で了承し、俺はラオスたちが野盗を縛り、荷馬車に乗せるのを手伝った。


「では、出発しましょう」とラオスが声をかけた。


ゆっくりと荷馬車が動き始める。


「では、我々も」

フォーゲンの言葉に頷き、俺は彼の前に乗った。


俺は後ろのフォーゲンに訊ねた。


「何て街に向かっているんだ?」

「……リスボルンだ、魚がうまい」と、つぶやくように答える。


「へぇ、そりゃあ楽しみだ」


魚なんて何年振りだ?

白ワインなんてあったら最高なんだが……。


「さすがに白ワインなんて……」

「あるぞ。リスボルンワインはこの辺が産地だからな」


「それはそれは」


いやぁ、幸先が良い。

長い地下牢生活で運を貯めてたか。

街へ着いたら、腹いっぱい飯を食うぞ。


俺は馬のたて髪をなでながら、まだ見ぬ魚料理に想いを馳せた。

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