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16,545回処刑され続けた魔人ですが、別世界で気ままなグルメ旅を始めます  作者: 雉子鳥幸太郎


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2/14

女神降臨

目を開けると、見慣れた石の天井があった。


何度目だ、と思いかけて、やめた。数えることに意味はない。

冷たい床の感触。湿った空気。どこかで水が滴る音。


全部、知っている。もうどうでもいい。

起き上がろうとして――気づいた。


明るい……?

地下牢にしては、おかしいほど明るかった。


石壁に染み込むような、柔らかい光。


松明でも、魔術灯でもない。

どんどん増していく光の中に、誰かが立っていた。


「……また来たのか」

俺は床に座ったまま言った。


あいつだ。いつもの女神、とかいう存在。

白に近い色の衣をまとい、困ったような、申し訳なさそうな顔をして、そこに立っている。


だが、いつもと少し様子が違った。

今日は「困った顔」に、別の何かが混じっている。


「……話があります」

静かな声だった。


「邪魔をしに来たんじゃないのか?」

「違います」

「ハハッ、珍しいな……」


投げやりに答えると、女神は俺の正面に来て目線を合わせるように膝をついた。

それだけで、なんとなく察した。

本当にいつもと違う。


「……ずっと、謝りたかった」


俺は何も言わなかった。


「あなたが閉じ込められるたび、助けようとした。何度も。でも、できなかった」

「知ってるよ」


「え? 知って……?」

「あんたが怒りで動く奴じゃないのは見てればわかるさ。腹いせで俺を地下に戻してたわけじゃないんだろ? そんな顔、してなかったもんな」


女神は少し、目を見開いた。

俺は壁に背を預ける。


「なにか理由があって邪魔をしている。そう思っていた。……まあ、だからといって許す気にもなれなかったが」


女神は噛みしめるようにうなずき、

「条件はふたつ、ありました――」と話を始めた。


一つは外側の話で、別の世界への「道」は数百年に一度しか開かない。

女神にも操れない、世界の理そのものだ。


もう一つは俺自身の話で、怒りや憎しみを抱えたまま転送すると、行き先の世界を不安定にしてしまう。

俺の魂は、どうやら神でも扱いに困るほど強大らしい。


「あなたの魂が静かになるのを待つ必要がありました。本当に怒りの火が消えるまで……」

「……我ながら長くかかったもんだ」

と、苦笑した。


「ええ、でも、16,545回目――」

女神は俺をまっすぐ見た。

「あなたは初めて演技や諦念ではなく、ただ『どこか遠い場所でうまいものを食いたい』と心から願った。あの瞬間、ふたつの条件が揃いました」


「……」


なんとも締まらない話だ。

何万回か死んで、処刑台で「はいはい」と思った瞬間が、条件達成の瞬間か……。


「それで――俺はどうなる?」


「別の世界に行きたいですか?」

女神が少しほほ笑んだように見えた。


「別の世界?」

「ええ、この世界と同じ理で動いている世界です。魔術もある。人もいる。魔物も。ただ――あなたのことを、誰も知らない」


俺は少し考えた。

「この世界じゃ、だめなのか?」


「あなたはもう、この世界の構造に組み込まれています。どの国も、どの権力者も、あなたを放置できない。私が解放しても、また捕まるか戦争に使われる。残念だけれど……それを止める力が私にはありません」

女神は小さく首を振った。


「……そういうもんか」

「そういうものなのです」


俺はしばらく、天井を見た。

冷たい石。湿った空気。水の音。

飽き飽きした景色。


「自由に生きられるのか?」

「保証はできません。ですが、あなたを知る者は誰もいない。ゼロから始められる」


「うまいものは食えるか?」

「それは……たぶん食べられます」

「たぶん、ね……」


俺が苦笑いを浮かべると、女神は困ったような顔をした。

それは何度も見たいつもの顔だった。


俺は立ち上がった。

膝の汚れを払って、女神を見下ろした。


「一つだけ聞く」

「なんでしょう?」


「あんたは向こうの世界でも邪魔をしに来るか?」


女神は少し間を置いてから、答えた。


「……時々、様子を見に行くかもしれません」

「そうか」


俺は小さくため息をついた。


「まあ、いいさ、行くよ。願ってもない話だしな」

「わかりました。では、ウェイトリー・ブラムスよ……女神ラケシスの名において、あなたを新しい世界へ送ります」


全身が光に包まれる。


「よき生を――」



心地よい風が通り過ぎていく。

何年かぶりに、湿った土と草の匂いがした。


ゆっくりと目を開けると、俺は草原に立っていた。

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